数学の作り方 How to make Mathematics

第6章 特異ホモロジー

基本群の弱点を、ホモロジーが補う

基本群 π1\pi_1 は強力でしたが、弱点があります。第一に、11 次元の穴しか見えない(ループは 11 次元)。22 次元の穴 (球面の空洞)や高次元の穴を捉えられません。第二に、非可換で計算が難しい自由群・融合積)。

これらを補うのがホモロジー群 HnH_n です。各次元 nn の穴を捉え(H0H_0 は連結成分、H1H_111 次元の穴、H2H_2 は空洞…)、 しかもアーベル群なので計算しやすい。アイデアは「境界のない nn 次元の輪(サイクル)のうち、何かの境界になって いないもの=穴を囲む輪」を数えること。「境界の境界は無い」(2=0\partial^2=0)という一つの等式が、この理論全体を貫きます。 ホモロジーはホモロジー代数微分幾何のド・ラーム理論の原型でもあり、2=0\partial^2=0ベクトル解析の rotgrad=0\operatorname{rot}\operatorname{grad}=0 の抽象化です。この章で、その機械を組み立てます。

ホモロジー群 HnH_n =「境界のない nn 次元サイクル」÷「境界になっているもの」= nn 次元の穴。2=0\partial^2=0 が核心。アーベルで計算しやすい。

特異単体と鎖

空間を「三角形(単体)を貼って測る」道具を用意します。連続写像で標準単体を空間に写したものが特異単体です。

定義 特異単体・特異鎖

標準 nn 単体 Δn={(t0,,tn):ti0,ti=1}\Delta^n=\{(t_0,\dots,t_n):t_i\ge0,\sum t_i=1\}00 単体=点、11 単体=線分、22 単体=三角形…)。 連続写像 σ:ΔnX\sigma:\Delta^n\to X特異 nn 単体という。特異 nn 単体を基底とする自由アーベル群 Cn(X)C_n(X)nn 次特異鎖群、その元 niσi\sum n_i\sigma_iniZn_i\in\mathbb Z)を特異 nnという。

「単体を空間に連続に描き込んだもの」の形式的な整数結合が鎖。次に、単体の境界nn 単体の (n1)(n-1) 次元の縁)を とる作用素を定めます。

定義 境界作用素

特異 nn 単体 σ\sigma境界を、各面(第 ii 頂点を除いた (n1)(n-1) 単体 σ[i^]\sigma|_{[\dots\hat i\dots]})の符号つき和 nσ=i=0n(1)iσ[v0,,v^i,,vn]\partial_n\sigma=\sum_{i=0}^n(-1)^i\,\sigma|_{[v_0,\dots,\hat v_i,\dots,v_n]} で定め、線形に n:Cn(X)Cn1(X)\partial_n:C_n(X)\to C_{n-1}(X) へ拡張する。

三角形(22 単体)の境界は、33 本の辺を向きを合わせて足したもの(=[v1v2][v0v2]+[v0v1]\partial=[v_1v_2]-[v_0v_2]+[v_0v_1])。符号 (1)i(-1)^i が 「向き」を管理します。この境界作用素の決定的な性質が、次の一行です。

定理 ∂² = 0(境界の境界は無い)

n1n=0\partial_{n-1}\circ\partial_n=0(各 nn)。すなわち imn+1kern\operatorname{im}\partial_{n+1}\subseteq\ker\partial_n

証明

σ\partial\partial\sigma は、σ\sigma の各「面の面」(22 つの頂点を除いた (n2)(n-2) 単体)の和。各 (n2)(n-2) 面は、除く 22 頂点の順序を 入れ替えた 22 通りで現れ、符号 (1)i(1)j(-1)^i(-1)^j(1)j(1)i1(-1)^j(-1)^{i-1}(順序の差)がちょうど逆符号になり、打ち消し合う。 ゆえ 2=0\partial^2=0。∎

「三角形の境界(33 辺の輪)の境界は 00」——辺の端点が符号つきで打ち消す。この 2=0\partial^2=0 は、ベクトル解析の rot(gradf)=0, div(rotF)=0\operatorname{rot}(\operatorname{grad}f)=0,\ \operatorname{div}(\operatorname{rot}\mathbf F)=0(「境界の境界は無い」の微分版)の代数的な核心です。 これでホモロジーが定義できます。

ホモロジー群

定義 サイクル・境界・ホモロジー群

Zn=kernZ_n=\ker\partial_n(境界が 00 の鎖=サイクル)、Bn=imn+1B_n=\operatorname{im}\partial_{n+1}(何かの境界=境界輪)。2=0\partial^2=0 より BnZnB_n\subseteq Z_nHn(X)=Zn/Bn=kernimn+1H_n(X)=Z_n/B_n=\frac{\ker\partial_n}{\operatorname{im}\partial_{n+1}}nn 次ホモロジー群という(アーベル群)。

意味は明快です。サイクル(境界のない輪)のうち、「何かを塗りつぶした境界」になっているものは自明(穴を囲んで いない)。それで割った残り HnH_n が、本当に穴を囲む輪= nn 次元の穴11 サイクルなら「ループ」、それが 22 鎖の 境界(円板の境界)なら縮む(穴なし)、境界でなければ穴を囲む。前章の基本群と同じ「縮むループは自明」の発想が、 アーベルな形で実現されます。連鎖 Cn+1CnCn1\cdots\to C_{n+1}\xrightarrow{\partial}C_n\xrightarrow{\partial}C_{n-1}\to\cdots鎖複体といい、 ホモロジーは「2=0\partial^2=0imker\operatorname{im}\subseteq\ker となる、そのズレ」を測ります(ホモロジー代数の原型)。

H₀ と連結成分

最も低次のホモロジーは、連結成分を数えます。

定理 H₀ は連結成分

XX の弧状連結成分が kk 個なら H0(X)ZkH_0(X)\cong\mathbb Z^k(連結成分ごとに Z\mathbb Z の直和)。特に連結なら H0(X)=ZH_0(X)=\mathbb Z

証明

C0=C_0= 点の自由アーベル群、0=0\partial_0=0 ゆえ Z0=C0Z_0=C_0B0=im1B_0=\operatorname{im}\partial_1 は「同じ弧状連結成分内の 22 点の差 qp=[]q-p=\partial[\text{道}]」で生成される。ゆえ H0=C0/B0H_0=C_0/B_0 は、各成分の点を同一視した自由アーベル群 Zk\mathbb Z^k。∎

H0H_0 = 連結成分の数を測る」——第1章の π0\pi_0 のアーベル版です。そして H1H_1 は基本群と結びつきます。

H₁ と基本群

定理 フレヴィッツの定理(1 次元)

XX が弧状連結なら、H1(X)H_1(X) は基本群 π1(X)\pi_1(X)アーベル化H1(X)π1(X)ab=π1(X)/[π1(X),π1(X)].H_1(X)\cong\pi_1(X)^{\mathrm{ab}}=\pi_1(X)/[\pi_1(X),\pi_1(X)].

H1H_1 = 基本群を可換にしたもの」。ホモロジーはループの順序を無視(アーベル)するので、π1\pi_1 の非可換性 (交換子)を潰した分だけ情報が少ない代わりに、計算しやすい。例:8の字は π1=F2\pi_1=F_2(非可換自由群)だが H1=Z2H_1=\mathbb Z^2(アーベル化)。トーラスは π1=Z2\pi_1=\mathbb Z^2(既に可換)で H1=Z2H_1=\mathbb Z^2。**H1H_1 は「向きを無視した 11 次元の穴の数」**を 自由アーベル群の階数(ベッチ数)で数えます。

基本的なホモロジー

  • 一点・可縮空間:H0=ZH_0=\mathbb ZHn=0H_n=0n1n\ge1)。
  • 円周 S1S^1H0=ZH_0=\mathbb ZH1=ZH_1=\mathbb Z11 次元の穴 11 つ)、Hn=0H_n=0n2n\ge2)。
  • トーラス T2T^2H0=ZH_0=\mathbb ZH1=Z2H_1=\mathbb Z^2H2=ZH_2=\mathbb Z22 次元の空洞 11 つ)。 (球面など一般の計算は第8章のマイヤー–ヴィートリスで。)

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • HnH_n = サイクル ÷ 境界。 「境界のない輪」から「何かの境界(縮む輪)」を割る。残りが nn 次元の穴。2=0\partial^2=0BnZnB_n\subseteq Z_n を保証。
  • ホモロジーはアーベル、π1\pi_1 は一般に非可換。 H1=π1H_1=\pi_1 のアーベル化。情報は減るが計算しやすく、全次元を捉える。
  • H0=Z(連結成分数)H_0=\mathbb Z^{(\text{連結成分数})}Hn()=0 (n1)H_n(\text{点})=0\ (n\ge1) 低次の直感を押さえる。
  • 2=0\partial^2=0ベクトル解析rotgrad=0\operatorname{rot}\operatorname{grad}=0 の抽象化。 「境界の境界は無い」。ド・ラーム理論と双対。

この章のまとめ

  • 特異単体ΔnX\Delta^n\to X)の整数結合が CnC_n境界作用素 \partial は面の符号つき和で、2=0\partial^2=0(境界の境界は無い、ベクトル解析の抽象化)。
  • ホモロジー群 Hn=kern/imn+1H_n=\ker\partial_n/\operatorname{im}\partial_{n+1} =「穴を囲むサイクル」。アーベルで全次元を捉える。H0H_0 = 連結成分H1H_1π1\pi_1 のアーベル化(フレヴィッツ)。
  • S1S^1H1=ZH_1=\mathbb ZT2T^2H1=Z2,H2=ZH_1=\mathbb Z^2,H_2=\mathbb Z。鎖複体とホモロジーはホモロジー代数の原型。

次章は、ホモロジーの計算を可能にする基本性質——ホモトピー不変性と対の長完全系列を扱います。