数学の作り方 How to make Mathematics

第8章 ハミルトンの原理とネーターの定理

変分法の最も深い応用は、物理そのものです。ニュートンの運動方程式 F=maF=ma は、実は 「ある量(作用)を最小にする」というたった一つの変分原理から導かれます。しかもこの見方をとると、 第3章で垣間見た「対称性 → 保存則」が、完全に一般的な形——ネーターの定理——で 結晶化します。エネルギー保存も運動量保存も角運動量保存も、すべて空間や時間の対称性の現れだった。変分法が 物理の骨格になる章です。

ハミルトンの原理:自然は作用を停留にする

質点の運動を考えます。運動エネルギー T=12mq˙2T=\frac12 m\dot q^2、ポテンシャルエネルギー V(q)V(q) の差 L=TV=12mq˙2V(q)\mathcal L=T-V=\tfrac12 m\dot q^2-V(q)ラグランジアン(力学の)といいます(ここでは時間 tt が独立変数、位置 q(t)q(t) が未知関数)。 その時間積分 S[q]=t0t1LdtS[q]=\int_{t_0}^{t_1}\mathcal L\,dt作用と呼びます。

定理 ハミルトンの原理(最小作用の原理)

質点の実際の運動 q(t)q(t) は、作用 S[q]=t0t1(TV)dtS[q]=\int_{t_0}^{t_1}(T-V)\,dt停留にする。すなわち端点(始点・終点の 位置)を固定した変分で δS=0\delta S=0

この原理に E–L 方程式を適用してみましょう。L=12mq˙2V(q)\mathcal L=\frac12 m\dot q^2-V(q) に対し Lq=V(q)\frac{\partial\mathcal L}{\partial q}=-V'(q)Lq˙=mq˙\frac{\partial\mathcal L}{\partial\dot q}=m\dot q なので、E–L 方程式は V(q)ddt(mq˙)=0  mq¨=V(q)=F.-V'(q)-\frac{d}{dt}(m\dot q)=0\ \Longrightarrow\ m\ddot q=-V'(q)=F. ニュートンの運動方程式 ma=Fma=F が出ました。 力学の基本法則が「作用を停留にする」という変分原理と同値 だったのです。この見方の威力は絶大です。座標を自由に選べる(極座標でも回転座標でも L\mathcal L を書けば E–L が正しい運動方程式を吐く)、拘束や多体系も統一的に扱える——これがラグランジュ力学です。

ルジャンドル変換:ハミルトン力学へ

ラグランジュ力学は速度 q˙\dot q を基本変数にしますが、視点を「位置 qq と運動量 pp」に移すと、また違った美しい 構造が現れます。橋渡しをするのがルジャンドル変換です。共役運動量を p=Lq˙p=\frac{\partial\mathcal L}{\partial\dot q}(= mq˙m\dot q)で定め、ハミルトニアンを H(q,p)=pq˙LH(q,p)=p\dot q-\mathcal L で定義します(q˙\dot qpp で書き直す)。前章までの H=LyLyH=L-y'\frac{\partial L}{\partial y'} の符号違いで、 これはエネルギー T+VT+V に一致します。E–L 方程式は、HH を使うと対称的な一階の連立系になります。

定理 ハミルトンの正準方程式

q˙=Hp,p˙=Hq.\dot q=\frac{\partial H}{\partial p},\qquad \dot p=-\frac{\partial H}{\partial q}. 二階の E–L 方程式が、位置と運動量についての一階の連立系に姿を変える。(q,p)(q,p) の空間を相空間 という。

ラグランジュ(q,q˙q,\dot q)とハミルトン(q,pq,p)は、同じ物理をルジャンドル変換で行き来する二つの言語です。 ハミルトン形式は相空間の幾何(シンプレクティック幾何)や量子力学への橋渡しになります。 変分原理という一つの源から、力学の二つの定式化が枝分かれするのです。

ネーターの定理:対称性が保存則を生む

いよいよこの章の頂点。第3章で「L\mathcal Lqq を含まなければ運動量保存、tt を含まなければエネルギー保存」と 見ました。エミー・ネーターは、これをあらゆる連続対称性について一般化しました。

定理 ネーターの定理

作用 SS が、ある連続変換(qq+εK(q)q\to q+\varepsilon\,K(q) のような一径数の変換)で不変なら、その対称性に対応する 保存量 Q=Lq˙K(q)=一定Q=\frac{\partial\mathcal L}{\partial\dot q}\,K(q)=\text{一定} が存在する(運動方程式の解に沿って時間によらない)。連続対称性があれば、必ず対応する保存則がある。

証明

変換 qε=q+εKq_\varepsilon=q+\varepsilon K で作用が不変なら ddε0S[qε]=0\frac{d}{d\varepsilon}\big|_0 S[q_\varepsilon]=0。この左辺は (第一変分の計算そのもので)(LqddtLq˙)Kdt+[Lq˙K]\int\big(\frac{\partial\mathcal L}{\partial q}-\frac{d}{dt}\frac{\partial\mathcal L}{\partial\dot q}\big)K\,dt +\big[\frac{\partial\mathcal L}{\partial\dot q}K\big]。解に沿えば括弧内(E–L)は 00 だから、境界項 [Lq˙K]\big[\frac{\partial\mathcal L}{\partial\dot q}K\big] が任意区間で 00、すなわち Q=Lq˙KQ=\frac{\partial\mathcal L}{\partial\dot q}K が 時間によらず一定。対称性(δS=0\delta S=0)と運動方程式(E–L =0=0)を組み合わせると、境界項=保存量が残る。

この一本の定理が、物理の保存則をすべて統一します。

対称性と保存則の対応

  • 空間並進対称性qq+εq\to q+\varepsilonL\mathcal L が位置に依らない)→ 運動量保存
  • 時間並進対称性L\mathcal L が時間に陽に依らない)→ エネルギー保存
  • 回転対称性L\mathcal L が向きに依らない)→ 角運動量保存。 どれも「その方向にずらしても物理が変わらない」という対称性が、対応する量の保存を生む。

「なぜ運動量は保存するのか?」——空間が一様(どこでも同じ)だから。「なぜエネルギーは保存するのか?」—— 時間が一様(いつでも同じ)だから。保存則は偶然の産物ではなく、宇宙の対称性の必然的な帰結だった。この 深い洞察が、変分原理(作用の停留)を土台にして初めて言語化できるのです。リー群の連続対称性の 理論と合流し、現代物理(場の理論・標準模型)の設計原理になります。

注意 つまずきポイント

  • 最小作用の「最小」は正確には「停留」。実際の運動が作用を最小にするとは限らず、停留(δS=0\delta S=0)に するのが正しい。鞍点の場合もある(第9章の第二変分の話につながる)。
  • ラグランジュとハミルトンは同じ物理。ルジャンドル変換で行き来する二つの言語で、優劣ではなく使い分け。 変分(q,q˙q,\dot q)か相空間(q,pq,p)か。
  • ネーターは「連続」対称性に効く。鏡映のような離散対称性からは(この形の)保存量は出ない。一径数の 連続変換であることが証明で本質的(ε\varepsilon で微分するから)。

この章のまとめ

  • ハミルトンの原理:実際の運動は作用 S=(TV)dtS=\int(T-V)\,dt を停留にする。E–L 方程式がニュートンの mq¨=Fm\ddot q=F を与える(ラグランジュ力学)。
  • ルジャンドル変換 H=pq˙LH=p\dot q-\mathcal L(=エネルギー)で、二階 E–L が一階の正準方程式 q˙=H/p, p˙=H/q\dot q=\partial H/\partial p,\ \dot p=-\partial H/\partial q に(ハミルトン力学)。
  • ネーターの定理:連続対称性 → 保存量 Q=Lq˙KQ=\frac{\partial\mathcal L}{\partial\dot q}K。空間並進→運動量、 時間並進→エネルギー、回転→角運動量。保存則は対称性の必然。

物理を貫いたところで、後半は「本当に最小か・そもそも存在するか」という基礎へ戻ります。次章は第二変分—— 停留形が極小か鞍点かを判定するルジャンドル条件とヤコビ条件(共役点)を扱います。