第9章 随伴と極限の保存
随伴がもたらす“保存則”
前章で随伴 を定義しました。この関係から、驚くほど広く効く一つの定理が出ます——右随伴は極限を 保存し、左随伴は余極限を保存する(頭文字で「RAPL / LAPC」とも)。この一言が、個別に証明すると面倒な事実を 一挙に片づけます。テンソル積が直和を保つこと、忘却関手が積を保つこと、自由関手が余積を保つこと——すべて この定理の系です。
なぜ随伴が保存を生むのか。直感はこうです。極限は「 で見た普遍性」(第6章)でした。 右随伴 は Hom を通して左随伴に化けるので、 が になり、 極限と交換する——という仕組みです。
右随伴は極限を保存、左随伴は余極限を保存。Hom の自然同型が極限と交換することの帰結。
保存定理
定理 随伴は極限・余極限を保存する
( 左随伴、 右随伴)とする。
- (右随伴)は に存在する極限を保存する:。
- (左随伴)は に存在する余極限を保存する:。
証明
右随伴 が極限を保存することを、 が極限を保つ(第6章)ことに帰着させる。任意の で
一つ目と三つ目は随伴(Hom 同型)、二つ目は「 が極限を保つ」。この自然同型が全 で 成り立つので、米田の補題(第7章)より 。余極限と左随伴は 双対。∎
証明は、随伴(Hom 同型)と「Hom は極限を保つ」と米田を組み合わせるだけ。これまでの道具——第6章の Hom、第7章の米田、第8章の随伴——が一本に編まれて、強力な保存則が出ます。証明の短さと結論の広さの 落差こそ、圏論の抽象化の御利益です。
系——バラバラの事実が一挙に説明される
保存定理を各随伴に当てると、分野を横断する事実が芋づる式に出ます。
例 保存定理の帰結
一つの定理が、群・環・加群・位相のあちこちで「なぜこの構成はあの構成を保つのか」を説明する。個別に 証明していた事実が、「左随伴か右随伴か」を確かめるだけで判定できる——これが「同じ形を見抜く」圏論の 実利です。
注意 随伴が“存在する”ことの意味
逆に「ある関手が余極限を保存しないなら、左随伴をもたない」という否定にも使える。さらに、随伴関手定理 (フレイド)は「極限を保存し、ある小ささの条件をみたす関手は右随伴をもつ」と、保存から随伴の存在を導く。 「保存」と「随伴の存在」はほぼ表裏——構成の存在問題が、保存という検証しやすい条件に翻訳される。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 右随伴=極限、左随伴=余極限。 取り違えやすい。「右(right)は極限(limit)、左(left)は余極限(colimit)」。 Hom の中で右引数に立つ が右随伴で極限を保つ、と結びつける。
- 左随伴は極限を保つとは限らない。 テンソルは核(極限)を保たない=左完全でない(第11章)。だから が要る。保存するのは自分の側(左なら余極限)だけ。
- 保存は「存在すれば同型」。 極限が存在しない圏では主張は空。存在を仮定した上での保存。
- 証明は米田に依存。 「全 で Hom が同型 ⇒ 対象が同型」は米田埋め込みの忠実充満性(第7章)。圏論の 道具が連結して効く。
この章のまとめ
- 右随伴は極限を、左随伴は余極限を保存する。証明は随伴(Hom 同型)+「Hom は極限を保つ」+米田の三点を編むだけ。
- 系として、忘却関手は積・核を保ち、自由関手・テンソルは余積・直和を保つ(テンソルの右完全性、 の左完全性)——分野横断の事実が一挙に説明される。
- 「保存するか」を「左随伴か右随伴か」で判定でき、随伴の存在(フレイドの随伴関手定理)とも表裏。
- 随伴(Part III)はここまで。次章からアーベル圏——核・余核・完全系列をもつ「ホモロジー代数の舞台」を圏論的に整備し、導来関手(Ext・Tor)へ向かいます。
次章では、加法圏・アーベル圏を定義し、核・余核・完全系列を圏論の言葉で整備します。