第4章 複素積分とコーシーの積分定理
複素解析のすべてが、この一つの定理から流れ出す
複素解析の心臓は、たった一つの定理です——コーシーの積分定理:正則関数を単連結領域内の閉曲線に沿って 積分すると、必ず になる。
一見地味なこの等式から、次章以降のすべて——積分公式、無限回微分可能性、リウヴィルの定理、留数定理——が 芋づる式に流れ出します。「正則関数は一度微分できれば無限回微分でき、べき級数に展開でき、値は境界だけで決まる」 という複素解析の奇跡は、根源をたどればこの積分定理に行き着きます。この章では複素積分を定義し、コーシーの定理を、 の連続性すら仮定しない最も強い形(グルサの定理)で証明します。三角形を無限に分割していく、美しい証明です。
コーシーの積分定理:正則関数の閉曲線積分は 。複素解析のすべての奇跡の源泉。
複素積分
定義 経路に沿う複素積分
滑らかな曲線 と、その上の連続関数 に対し (微積分第12章の線積分の複素版。区分的に滑らかな曲線には各区間の和で定める。)
命題 基本評価(ML 不等式)
。
この単純な評価(積分の大きさ 最大値 × 経路長)が、後の証明で繰り返し効きます。まず、原始関数がある場合は 積分が「端点だけ」で決まります——微積分の基本定理の複素版です。
定理 原始関数がある場合
が領域 で原始関数 ()をもつなら、 内の曲線 (始点 ・終点 )について 特に が閉曲線なら 。
証明
(連鎖律と基本定理)。∎
だから「原始関数さえあれば閉曲線積分は 」。問題は、正則関数がいつも原始関数をもつとは限らないこと ( は原点を囲む閉曲線で ! 単連結でないため)。単連結領域では常に原始関数がある—— それを保証するのがコーシーの定理です。
グルサの定理(三角形での消滅)
コーシーの定理の核心は「三角形に沿う積分が 」です。しかもこれを、 の連続性を仮定せずに証明できます (グルサの貢献)。証明の道具は、三角形の四分割を無限に繰り返す縮小法です。
定理 グルサの定理
が領域 で正則、 を三角形(周を )とすると
証明
とおく。 を各辺の中点で結んで4つの小三角形 に分ける。内部の辺は 互いに逆向きに2度通り打ち消すので 。ゆえ、ある で 。 その三角形を とする。同様に を四分割して 、…と続けると、入れ子の三角形列 で 区間縮小法(三角形は閉で縮む)より一点 がある。 は で複素微分可能ゆえ は原始関数( 次式)をもつので で消える。残るのは誤差項: これと を比べると 。 で ゆえ 。∎
証明の美しさを味わってください。「積分が大きい小三角形を選び続ける( 以上を保つ)」と「三角形は一点に縮む」を 区間縮小法で噛み合わせる。その一点で複素微分可能性を使うと、 次式部分は原始関数で消え、誤差項は 評価で 消える。 の増大と の減衰がちょうど釣り合い、 が絞り出される——微積分の -評価と 集合位相の縮小法の合わせ技です。
コーシーの積分定理
三角形での消滅から、一般の単連結領域へ広げます。
定理 コーシーの積分定理
が単連結領域 で正則なら、 内の任意の閉曲線 について 。 同値: は 上で原始関数をもつ。
証明
(要点。)グルサの定理より、三角形(ゆえ多角形、細分して)で積分が消える。単連結領域では、固定点 から への 積分 が経路によらず定まり(2経路の差が囲む領域を三角形分割すればグルサで )、 は正則で (原始関数)。原始関数があるので、前述より閉曲線積分は 。∎
単連結性が本質です。 が正則な領域 は単連結でなく(原点に穴)、原点を囲む円で 。この「穴を囲むと積分が残る」現象こそ、次章のコーシーの積分公式、そして 第8章の留数定理の源です。逆に言えば、**積分定理は「穴が無ければ積分は消える」、 留数定理は「穴があるとどれだけ残るか」**を述べる、表裏一体の理論なのです。
注意 ホモトピー不変性
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- コーシーの定理は単連結領域で。 穴のある領域では成り立たない()。単連結性=「囲む穴が無い」。
- グルサの定理は の連続性を仮定しない。 複素微分可能だけから閉三角形積分の消滅を導く。これが「正則なら 」(次章)を可能にする出発点。
- 原始関数の存在 ⇔ 閉曲線積分が常に 0。 単連結ならコーシーで保証。 は で原始関数(一価の )をもたない。
- 証明は区間縮小法+ 評価。 の増大と縮小の釣り合いが核心。
この章のまとめ
- 複素積分 。原始関数 があれば端点だけで決まり()、閉曲線で 。ML 不等式が基本評価。
- グルサの定理:正則関数の閉三角形積分は ( の連続性不要)。証明は四分割の区間縮小法+ 評価。
- コーシーの積分定理:単連結領域で (=原始関数が存在)。単連結性が本質で、穴があると積分が残る()——留数理論の源。ホモトピー不変。
次章は、この定理から流れ出す第一の奇跡——コーシーの積分公式と、正則関数が無限回微分可能であることを示します。