第9章 実積分への応用
実数の積分を、複素平面へ回り道して解く
∫−∞∞1+x4dx を実の方法で計算しようとすると、部分分数分解が煩雑で骨が折れます。ところが
複素解析を使うと——実軸を含む閉曲線をとり、囲んだ極の留数を足すだけ——数行で答え 2π が出ます。
「実数の問題を、わざわざ複素平面へ回り道して解く」という一見遠回りが、実は最短経路なのです。
これが留数定理(前章)の最も華麗な応用です。コツは共通しています:実軸上の積分を、閉曲線の一部とみなし、
残りの部分(半円や大円)の寄与が消えることを示す。すると閉曲線積分=実積分+0=2πi∑Res となり、
実積分が留数で書ける。この章では、4つの典型パターンを、それぞれの“閉じ方”とともに整理します。実解析では
手に負えない積分が、機械的なレシピで解けるようになります。
実積分=閉曲線積分の一部。残りの寄与が消えるよう閉じれば、実積分=2πi∑Res で計算できる。
型1:三角関数の有理式(単位円)
∫02π の三角関数の積分は、z=eiθ とおいて単位円周上の複素積分に変換します。
定理 三角関数の有理式
∫02πR(cosθ,sinθ)dθ(R は有理式)は、z=eiθ、cosθ=2z+z−1、sinθ=2iz−z−1、dθ=izdz で
単位円 ∣z∣=1 上の積分になり、=2πi∑(単位円内の極の留数)。
例 計算例
∫02πa+cosθdθ(a>1)=∮∣z∣=1a+2z+z−11izdz=∮i(z2+2az+1)2dz。
分母の根 z±=−a±a2−1 のうち単位円内は z+ のみ。Resz+=i(2z++2a)2=ia2−11。
よって積分 =2πi⋅ia2−11=a2−12π。
θ∈[0,2π] が「単位円を一周」に化けるので、閉曲線が自動的に手に入る。あとは円内の極を拾うだけです。
型2:無限区間の有理関数(半円)
∫−∞∞q(x)p(x)dx は、実軸+上半平面の大半円で閉じます。半円の寄与が消えるのが鍵です。
定理 無限区間の有理関数
degq≥degp+2、q が実軸上に零点をもたないとき
∫−∞∞q(x)p(x)dx=2πi∑(上半平面の極の留数).
証明
実軸 [−R,R] と上半円 CR(∣z∣=R、Im≥0)で閉曲線を作る。留数定理より ∫−RR+∫CR=2πi∑Res。
CR 上、degq≥degp+2 ゆえ qp≤R2C、length(CR)=πR なので ∫CR≤R2CπR=RCπ→0。
R→∞ で実軸の積分だけが残る。∎
∎
例 計算例
∫−∞∞1+x4dx:z4=−1 の根のうち上半平面のものは eiπ/4,e3iπ/4。各留数は 4z31=4z4z=−4z。
和 −41(eiπ/4+e3iπ/4)=−41⋅i2⋅…を計算して 2πi 倍すると 2π。実の部分分数分解より遥かに速い。
「分母の次数が分子より 2 以上大きい」と半円が消える(1/R2×R→0)。ここが型2の生命線です。
型3:フーリエ型積分(ジョルダンの補題)
∫−∞∞f(x)eiaxdx(a>0)型は、eiaz が上半平面で減衰することを使います。eiaz=eia(x+iy)=eiaxe−ay で、
上半平面 y>0 では e−ay が減衰する——これが半円の寄与を消します。
補題 ジョルダンの補題
a>0、M(R)=maxCR∣f∣→0(上半円で)なら ∫CRf(z)eiazdz→0。
例 計算例
∫−∞∞1+x2cosxdx=Re∫−∞∞1+x2eixdx。1+z2eiz の上半平面の極は z=i、
Resi=2iei⋅i=2ie−1。ジョルダンの補題で半円が消えるので ∫=2πi⋅2ie−1=eπ。実部をとって eπ。
cosx を直接扱わず eix(複素)にして、上半平面の減衰を使うのがコツ。フーリエ変換(実解析・フーリエ解析)の
計算で多用されます。
型4:分岐点を含む積分(鍵穴経路)
∫0∞1+xxs−1dx のような、xs−1(多価、第3章)を含む積分には、**分岐切断を避ける鍵穴経路
(keyhole contour)**を使います。
注意 鍵穴経路の考え方
正の実軸に沿って分岐切断を入れ、切断のすぐ上と下、大円と原点近くの小円で「鍵穴」型の閉曲線を作る。切断の上下で
xs−1 の値が因子 e2πi(s−1) だけずれる(一周で偏角が 2π 増える多価性)ため、上下の積分が打ち消さず
一定倍の差を生む。これを留数と等値して積分を求める。例:∫0∞1+xxs−1dx=sinπsπ(0<s<1)。
多価性(分岐)が、むしろ計算の武器になる。
分岐点を含む積分は、多価性(第3章)と留数(第8章)が組み合わさる、複素解析の技巧の集大成です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 閉じ方はパターンごとに違う。 三角関数は単位円、無限区間は半円、フーリエ型はジョルダン、分岐は鍵穴。「残りの寄与が消える」向き・形を選ぶ。
- 半円が消える条件を確認。 型2は degq≥degp+2、型3はジョルダンの補題(eiaz の減衰、a>0 なら上半平面)。条件を満たさないと半円が残る。
- 上半平面か下半平面か。 eiaz(a>0)は上半平面で減衰なので上で閉じる。a<0 なら下半平面。囲む極が変わる。
- 実軸上に極があるときは主値・小半円で回避。 ∫xsinx 型は、原点の極を小半円で避ける(主値積分)。
この章のまとめ
- 実積分を閉曲線積分の一部とみなし、残りの寄与が消えるよう閉じて 2πi∑Res で計算する。
- 型1(三角関数):z=eiθ で単位円。型2(無限区間の有理関数):上半円、degq≥degp+2 で半円が消える。
- 型3(フーリエ型):eiaz の上半平面での減衰(ジョルダンの補題)。型4(分岐点):鍵穴経路で多価性を武器にする。実解析では困難な積分が機械的に解ける。
次章は、留数の応用のもう一つの柱——零点と極を数える偏角の原理とルーシェの定理を扱います。