数学の作り方 How to make Mathematics

第3章 べき級数と初等関数

正則関数のいちばん豊かな供給源

正則関数はどこにあるのか。最も豊かな供給源がべき級数です。微積分第4章で実のべき級数を扱いましたが、 複素にすると理論がずっと綺麗になります。収束半径の内側で、べき級数は自動的に正則で、しかも何回でも項別微分できる。 実の e1/x2e^{-1/x^2} のような病的な例は、複素の世界には存在しません。

そしてべき級数を通じて、指数・三角・対数といった初等関数が複素数へ拡張されます。ここで有名なオイラーの公式 eiθ=cosθ+isinθe^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta が現れ、指数関数と三角関数が実は親戚だと明かされます。一方、対数とべき乗は 複素では多価になる——log\log が「一つの値」に決まらない。この多価性が、複素解析特有の「分岐」という 繊細で美しい現象を生みます。この章は、正則関数の在庫を一気に増やします。

べき級数は収束半径の内側で正則(項別微分自由)。ez,sinz,cosze^z,\sin z,\cos z が定義でき、オイラーの公式で結ばれる。log,zα\log,z^\alpha は多価。

べき級数と正則性

定理 べき級数の収束と正則性

べき級数 n=0cn(za)n\sum_{n=0}^\infty c_n(z-a)^n には収束半径 RR1R=lim supcnn\dfrac1R=\limsup\sqrt[n]{|c_n|}、コーシー–アダマール)が定まり、 za<R|z-a|<R で絶対収束、za>R|z-a|>R で発散する。しかも和 f(z)f(z) は円板 za<R|z-a|<R正則で、項別微分してよい: f(z)=n=1ncn(za)n1(収束半径は同じ R).f'(z)=\sum_{n=1}^\infty n\,c_n(z-a)^{n-1}\quad(\text{収束半径は同じ } R).

実の場合(微積分第4章)とまったく同じ形ですが、結論の「正則」がずっと強い。収束円板の内側では、 べき級数は多項式と同じ気軽さで複素微分でき、何回でも微分できます。後の第6章で、逆に 「正則関数は必ずべき級数に展開できる」ことを示し、**正則 = 解析的(べき級数で書ける)**が完全に一致します (実解析では一致しなかった!)。

指数・三角関数とオイラーの公式

実のマクローリン展開(微積分第6章)の xxzz に置き換えて、複素へ拡張します。

定義 複素指数・三角関数

ez=n=0znn!,cosz=n=0(1)nz2n(2n)!,sinz=n=0(1)nz2n+1(2n+1)!e^z=\sum_{n=0}^\infty\frac{z^n}{n!},\qquad \cos z=\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^nz^{2n}}{(2n)!},\qquad \sin z=\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^nz^{2n+1}}{(2n+1)!} はすべて収束半径 \infty(全平面で正則、整関数)。(ez)=ez(e^z)'=e^zez+w=ezewe^{z+w}=e^ze^w

定理 オイラーの公式

eiθ=cosθ+isinθ(θR).e^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta\qquad(\theta\in\mathbb R). したがって cosz=eiz+eiz2\cos z=\dfrac{e^{iz}+e^{-iz}}2sinz=eizeiz2i\sin z=\dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}、そして eiπ+1=0e^{i\pi}+1=0

証明

eiθ=(iθ)nn!e^{i\theta}=\sum\frac{(i\theta)^n}{n!} を実部・虚部に分けると、ini^n1,i,1,i1,i,-1,-i を周期 44 で巡るので、偶数項が cosθ\cos\theta の級数、 奇数項が isinθi\sin\theta の級数になる。∎

指数関数と三角関数が、複素の世界では同じものだった——実数だけ見ていては見えなかった深い統一が、 zz を複素に許した瞬間に現れます。eiθe^{i\theta} は単位円周上を回る点で、複素数の極形式 z=reiθz=re^{i\theta}eiθe^{i\theta} が まさにこれ。回転が指数関数で書ける、というのが複素解析の美しさの源です。指数関数は 2πi2\pi i 周期 (ez+2πi=eze^{z+2\pi i}=e^z)——この周期性が、逆関数である対数の多価性を生みます。

対数の多価性

実の log\logexe^x の逆関数で一価でした。複素では eze^z が周期的なので、逆関数 log\log一つに決まりません

定義 複素対数

w=logzw=\log z を「ew=ze^w=z」の解と定める。z=reiθz=re^{i\theta}r=z>0r=|z|>0)に対し logz=lnr+i(θ+2πk)(kZ),\log z=\ln r+i(\theta+2\pi k)\qquad(k\in\mathbb Z), 無限個の値をもつ多価関数k=0k=0 かつ π<θπ-\pi<\theta\le\pi(主値の偏角)をとったものを主値 Logz\operatorname{Log}z という。

log\log が多価なのは、argz\arg z2π2\pi の不定性をもつから(eiθe^{i\theta}2π2\pi 周期)。log1=0, 2πi, 2πi,\log 1=0,\ 2\pi i,\ -2\pi i,\dots と 無限個。「一つの値」を選ぶには、偏角の範囲を切って**枝(branch)**を決めます。

定義 分岐点・分岐切断・枝

logz\log z が一価に定まらない原因の点 z=0z=0分岐点という。平面から 00 を起点とする半直線(例:負の実軸)を 除く(分岐切断)と、その上で log\log の連続な一価がとれ、正則になる。

分岐切断を横切ると値が 2πi2\pi i 飛びます。「00 のまわりを一周すると log\log2πi2\pi i 増える」——この現象が、 第12章のモノドロミー(一周して値が変わる)の原型です。z=e12logz\sqrt z=e^{\frac12\log z} なら一周で符号が変わり、 22 価。多価性は複素解析特有で、これを制御する分岐の理論が、この分野の繊細さの源です。

べき乗の多価性

定義 複素べき乗

αC\alpha\in\mathbb C に対し zα=eαlogzz^\alpha=e^{\alpha\log z}log\log が多価ゆえ一般に多価)。

  • α=n\alpha=n(整数):一価。α=1/n\alpha=1/nnn 価(nn 乗根)。α\alpha 無理数・複素:無限多価。

多価性の実例

ii=eilogi=ei(iπ/2+2πik)=eπ/22πki^i=e^{i\log i}=e^{i(i\pi/2+2\pi ik)}=e^{-\pi/2-2\pi k}kZk\in\mathbb Z)——すべて実数で、主値は eπ/20.208e^{-\pi/2}\approx0.208。 「虚数の虚数乗が実数」という驚きは、多価対数から来る。1=e12log(1)=e12(iπ+2πik)=±i\sqrt{-1}=e^{\frac12\log(-1)}=e^{\frac12(i\pi+2\pi ik)}=\pm i22 価)。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • べき級数は収束円板内で正則。 収束半径 RR の内側で自動的に無限回微分可能。境界 za=R|z-a|=R 上は個別判定(微積分第4章)。
  • eze^z2πi2\pi i 周期。 ez+2πi=eze^{z+2\pi i}=e^z。だから逆関数 log\log が多価。実の指数関数と違い単射でない。
  • logz\log z は多価(+2πik+2\pi ik)。 一価にするには分岐切断で枝を選ぶ。log(zw)=logz+logw\log(zw)=\log z+\log w は枝を無視すると崩れる(主値では一般に不成立)。
  • zαz^\alpha は一般に多価。 z\sqrt z22 価、iii^i は無限多価だが全部実数。多価性は複素解析の本質。

この章のまとめ

  • べき級数は収束半径 RR(コーシー–アダマール)の内側で正則、項別微分自由。ez,sinz,cosze^z,\sin z,\cos z は全平面で正則な整関数。
  • オイラーの公式 eiθ=cosθ+isinθe^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta が指数と三角を統一。eze^z2πi2\pi i 周期。
  • 逆関数 logz=lnz+i(argz+2πk)\log z=\ln|z|+i(\arg z+2\pi k)多価(分岐点 00、分岐切断で枝をとる)。zα=eαlogzz^\alpha=e^{\alpha\log z} も一般に多価。多価性・分岐は複素解析特有の現象。

正則関数の道具が揃いました。次章から複素積分に入り、複素解析の心臓——コーシーの積分定理を扱います。