数学の作り方 How to make Mathematics

第10章 偏角の原理とルーシェの定理

「囲んだ中に零点がいくつあるか」を積分で数える

方程式 f(z)=0f(z)=0 の根が、ある領域の中にいくつあるか——これを、根を実際に求めずに数えられたら便利です。 複素解析は、それを積分で実現します。ff\frac{f'}{f} を境界に沿って積分すると、囲まれた零点の個数(と極の個数)が 出てくる。これが偏角の原理です。

幾何的な意味も鮮やかです。zz が境界を一周するとき、値 f(z)f(z) が原点のまわりを何周するか(回転数)が、 そのまま零点の個数を数えている。この視点から、300300 年の難問だった代数学の基本定理が「一周すれば nn 周する」という 一目瞭然の事実になり、さらにルーシェの定理——「主要項が支配すれば零点の個数は同じ」——という、根の個数を 比較で数える強力な道具が得られます。留数定理(第8章)の、数え上げへの応用です。

偏角の原理:12πiffdz=ZP\frac1{2\pi i}\oint\frac{f'}{f}dz=Z-P(囲まれた零点数−極数)。幾何的には f(γ)f(\gamma) の原点まわりの回転数。

偏角の原理

定理 偏角の原理

ff が単純閉曲線 γ\gamma 上とその内部で、有限個の零点・極を除いて正則(γ\gamma 上に零点・極なし)とする。γ\gamma 内部の 零点の個数を ZZ、極の個数を PP(ともに位数を込めて数える)とすると 12πiγf(z)f(z)dz=ZP.\frac{1}{2\pi i}\oint_\gamma\frac{f'(z)}{f(z)}\,dz=Z-P.

証明

ff\frac{f'}{f} の特異点は ff の零点と極。z0z_0ffmm 位の零点なら f=(zz0)mgf=(z-z_0)^mgg(z0)0g(z_0)\ne0第6章)で ff=m(zz0)m1g+(zz0)mg(zz0)mg=mzz0+gg,\frac{f'}{f}=\frac{m(z-z_0)^{m-1}g+(z-z_0)^mg'}{(z-z_0)^mg}=\frac{m}{z-z_0}+\frac{g'}{g}, gg\frac{g'}{g}z0z_0 で正則なので Resz0ff=m\operatorname{Res}_{z_0}\frac{f'}f=mz0z_0mm 位の極なら同様に f=(zz0)mgf=(z-z_0)^{-m}gResz0ff=m\operatorname{Res}_{z_0}\frac{f'}f=-m留数定理より 12πiff=Res=ZP\frac1{2\pi i}\oint\frac{f'}f=\sum\operatorname{Res}=Z-P(零点は ++、極は -、位数込み)。∎

証明の核心は「ff\frac{f'}f の留数が、零点なら位数 +m+m、極なら m-m」。ff=(logf)\frac{f'}f=(\log f)' なので、積分は logf\log f の変化= argf\arg f の変化を測っています。ここに幾何的な意味が現れます。

幾何的意味(回転数)

12πiγffdz=12π[argf(z)]γ\dfrac1{2\pi i}\oint_\gamma\dfrac{f'}f\,dz=\dfrac1{2\pi}\big[\arg f(z)\big]_\gammaγ\gamma を一周したときの argf\arg f の総変化 ÷ 2π2\pi== 曲線 f(γ)f(\gamma) が原点のまわりを回る回転数。ゆえ ZP=Z-P=(像 f(γ)f(\gamma) の原点まわりの回転数)。

zz が境界を一周するあいだに、f(z)f(z) が原点を何周するか」=「中の零点マイナス極」。零点は ff を原点に近づけ、 一周ごとに f(γ)f(\gamma) を原点のまわりに一周させるのです。これで代数学の基本定理が“見える”ようになります。

代数学の基本定理、再び

nn 次多項式 p(z)=zn+p(z)=z^n+\cdots を、半径 RR(大)の円で見ると、p(z)znp(z)\approx z^n なので zz が一周する間に p(z)p(z) は原点を nnする。偏角の原理より円内の零点数 Z=nZ=n(極なし)。ゆえ nn 次多項式は(重複込みで)ちょうど nn 個の根をもつ。 第5章のリウヴィルによる証明とは別の、回転数による直観的な証明。

ルーシェの定理

零点の個数を「支配的な項」で数える、偏角の原理の実用版です。

定理 ルーシェの定理

f,gf,g が単純閉曲線 γ\gamma 上とその内部で正則で、γ\gamma g(z)<f(z)|g(z)|<|f(z)| を満たすなら、fff+gf+gγ\gamma 内部に(位数込みで)同じ個数の零点をもつ。

証明

γ\gammag<f|g|<|f| ゆえ f0f\ne0f+g=f(1+g/f)f+g=f(1+g/f)g/f<1|g/f|<1h=1+g/fh=1+g/fγ\gamma 上、値が右半平面 Re>0\operatorname{Re}>0g/f<1|g/f|<1 ゆえ 1+g/f1+g/fw1<1|w-1|<1 の円板内)にあるので、h(γ)h(\gamma) は原点を囲まず回転数 00。偏角の原理より hh の 零点数−極数 =0=0、内部で hh の零点・極が相殺。f+g=fhf+g=fh の零点数は ff の零点数+hh の零点数−hh の極数 =f=f の零点数。∎

「大きい方 ff が個数を決め、小さい摂動 gg を足しても個数は変わらない」。これで零点の個数を、扱いやすい ff で 数えられる

ルーシェの応用:零点の所在

p(z)=z5+3z2+1p(z)=z^5+3z^2+1 は単位円 z=1|z|=1 内にいくつ零点をもつか。z=1|z|=13z2=3|3z^2|=3z5+12<3|z^5+1|\le2<3f=3z2f=3z^2g=z5+1g=z^5+1 とすると g<f|g|<|f|f=3z2f=3z^2 は円内に零点 22 個(z=0z=022 位)。ルーシェより pp も円内に**22 個**の零点をもつ。根を求めずに個数が分かる。

ルーシェは、方程式の根の所在(どの領域にいくつあるか)を調べる標準手段です。安定性解析(制御理論で極が 左半平面にあるか)などにも使われます。

開写像定理

偏角の原理から、正則関数のもう一つの著しい性質が出ます。

定理 開写像定理

定数でない正則関数は開写像(開集合を開集合に写す)。ゆえ正則関数の像は開集合。

証明

(要点。)f(z0)=w0f(z_0)=w_0 で、f(z)w0f(z)-w_0z0z_0 で位数 mm の零点なら、偏角の原理より w0w_0 の十分近くの各 ww に対し f(z)=wf(z)=w の解が(近傍に)ちょうど mm 個ある。ゆえ ff の像は w0w_0 の近傍を含み、開。∎

「正則関数は像を開くように写す」。これは実関数と大きく違います(実の x2x^2R\mathbb R[0,)[0,\infty) に写し、 00 が境界になる=開でない)。この開写像定理から、次章の最大値原理が即座に従います。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 偏角の原理は位数を込めて数える。 mm 位の零点は mm 個、mm 位の極は m-m12πiff=ZP\frac1{2\pi i}\oint\frac{f'}f=Z-P
  • 回転数=像 f(γ)f(\gamma) が原点を回る数。 argf\arg f の総変化 ÷ 2π2\pi。零点があると像が原点を回る。
  • ルーシェは γ\gamma 上で g<f|g|<|f|(真の不等号)。 支配項 ff で零点数が決まる。どちらを ff(大)にするか選ぶのがコツ。
  • 開写像定理は定数でない正則関数。 定数は一点に写す(開でない)。像が開=最大値原理の源。

この章のまとめ

  • 偏角の原理 12πiff=ZP\frac1{2\pi i}\oint\frac{f'}f=Z-P(位数込みの零点数−極数)。幾何的には像 f(γ)f(\gamma)原点まわりの回転数。代数学の基本定理が「大円で nn 周」として見える。
  • ルーシェの定理γ\gamma 上で g<f|g|<|f| なら fff+gf+g の零点数が同じ。支配項で根の個数を数える。所在の判定に有効。
  • 開写像定理:定数でない正則関数は開集合を開集合に写す。次章の最大値原理の源。

次章は、これらの帰結——最大値原理・シュワルツの補題・等角写像、そしてリーマンの写像定理を扱います。