第3章 曲線論の基本定理と平面曲線
曲率と捩率は、曲線の「遺伝子」
前章で曲率 と捩率 を手に入れました。ここで自然な問いが立ちます——この二つの関数を決めたら、 曲線は一本に決まるのか? 直感的には「各点でどれだけ曲がり()、どれだけ捻れる()かを指定すれば、 あとは組み立てるだけで形が決まりそう」。この直感は正しく、しかも証明できます。曲率と捩率は、曲線の形を 完全に符号化する遺伝子なのです(位置と向きの違いを除いて)。
を与えれば、曲線は合同(回転・平行移動)を除いて一意に決まる。曲がりと捻れが形の全情報。
曲線論の基本定理
定理 曲線論の基本定理
なめらかな関数 と が与えられると、それを曲率・捩率にもつ弧長パラメータ表示の空間曲線が 存在し、それは剛体運動(回転+平行移動)を除いて一意である。
証明の心臓は、フルネ–セレの公式が線形常微分方程式だという事実です。微分方程式の存在と一意性 (ピカール–リンデレフ)が、そのまま曲線の存在と一意性に翻訳されます。
証明
フルネ–セレの公式
を、初期条件「 で 標準正規直交基底」のもとで解く。 は連続なので、線形ODEの 存在一意性定理より解 が一意に存在する。
正規直交性の保存: を行ベクトル を並べた行列とすると 。 が反対称なので 。 (初期条件)はこの方程式の解で、一意性より ——つまり は常に正規直交。 (ここで の反対称性が本質的に効く。)
曲線の復元: とすれば 、 で弧長パラメータ、 より曲率 、 より捩率 をもつ曲線が得られる。
一意性:別の初期標構は、正規直交基底どうしなので回転行列 で移り合う。線形性から解全体も で移り、 の始点の差は平行移動。ゆえに剛体運動を除いて一意。∎
この定理は、前章で「 が反対称行列を作る」と強調した理由を回収します。反対称性こそが、標構の 正規直交性を保ち、 を“正しい”不変量にしている。 を指定する→ODEを解く→曲線が出る、 という流れは、曲率捩率が曲線の完全な設計図であることの証明そのものです。
例 定曲率・定捩率=らせん
をともに定数にすると、基本定理の曲線は円柱らせんになる。 定数なら円、 なら直線。「一定の曲がりと一定の捻れ」で走り続ける唯一の曲線がらせん——DNA の二重らせんが まさにこれ。 を関数にすれば、あらゆる曲線が作れる。
平面曲線:符号つき曲率
平面()の曲線に話を絞ると、捩率は消え()、代わりに曲率に符号を付けられます。 向きを決めておけば「左に曲がる」か「右に曲がる」かを区別できるからです。
定義 符号つき曲率
平面の弧長曲線で、 を 回した単位法線を とする。 で定まる (符号つき)を 符号つき曲率という。左に曲がるとき 、右で 。 が通常の曲率。
と接線の角度 で書くと、。符号つき曲率は 接線の向く角度の変化率そのもの。この見方が、次の大域的な話につながります。
全曲率と回転数——曲率の“積分”が語る大域
各点の曲率(局所的な量)を曲線全体で積分すると、意外にも位相的・大域的な量が現れます。これは微分幾何の 大きなテーマ「局所を積分すると大域が見える」(ガウス–ボンネ、第9章)の最初の芽です。
定理 閉平面曲線の回転数定理(ホップの定理)
なめらかで単純(自分と交わらない)な閉平面曲線の符号つき曲率を一周ぶん積分すると
すなわち接線ベクトルは一周でちょうど1回転する。この整数を回転数という。
接線の角度 の総変化 が「接線が何回転したか」。単純閉曲線なら回転数は (向きで符号)というのがホップの定理です。円でも複雑なアメーバ形でも、自己交差しない一周なら接線はきっちり 回転——曲線をどう歪めても変わらない不変量。連続変形で保たれる整数、という点で位相的です。
注意 局所の積分が大域の整数を生む
は各点の「曲がり具合」という純粋に局所的・幾何的な量。ところがそれを一周積分すると、整数 という**位相的な量(回転数)**になる。「なめらかな幾何(曲率)」と「かたい位相(整数)」の橋渡し——この構図は 第9章のガウス–ボンネ で頂点に達する。いまはその予告編。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 基本定理の一意性は「合同を除いて」。 同じ をもつ曲線は無数にある(平行移動・回転した分だけ)。 でも形は同じ。「一意」とは「形が一つに決まる」の意味。
- 反対称性は飾りではない。 フルネ係数行列の反対称性が、標構の正規直交性を保存し、基本定理を成立させる。 ここが崩れると が直交でなくなり理論が壊れる。
- 符号つき曲率は平面曲線だけ。 空間曲線の曲率は 。平面では法線の向きを固定できるから符号が付く。
- 回転数は「大域」量。 一点の曲率ではなく、一周の積分で初めて現れる。単純閉曲線で必ず になるのは 自己交差しないから(交差すると回転数は他の整数になりうる)。
この章のまとめ
- 曲線論の基本定理: を与えれば曲線は剛体運動を除いて一意に決まる。証明はフルネ–セレ(線形ODE)の存在一意性+反対称性による正規直交性の保存。定曲率・定捩率はらせん。
- 平面曲線では捩率が消え、符号つき曲率 (接線角の変化率)が使える。
- 曲率を一周積分すると位相的な回転数(単純閉曲線で 、ホップの定理)が現れる——「局所の積分が大域の整数を生む」第一歩、ガウス–ボンネの予告編。
- 曲線論はここで一区切り。次章から曲面へ。まず曲面の上で長さや角度を測る物差し——第一基本形式(計量)を導入します。
次章では、曲面を正則にパラメータ表示し、接平面を張り、面上で長さ・角度・面積を測る第一基本形式を作ります。