数学の作り方 How to make Mathematics

第3章 解の存在と一意性

「解を書けない」方程式でも、解は存在するのか

前2章で解けたのは、ごく特別な形の方程式だけでした。ほとんどの微分方程式は、初等関数で解を書き下せません。 すると根本的な問いが立ちます——そもそも解は存在するのか? 存在するなら、一意なのか?

初期値 y(x0)=y0y(x_0)=y_0 を与えたとき、そこから出発する解曲線がちょうど一本ある——これが保証されなければ、 微分方程式で「未来を予測する」ことに意味がありません(解が無ければ予測不能、複数あれば未来が定まらない)。 この保証を与えるのがピカール–リンデレフの定理です。証明は美しく、集合と位相のバナッハの不動点定理を 使います——微分方程式を積分方程式に書き換え、「解=ある写像の不動点」とみなし、その写像が縮小写像だと示す。 第1章の方向場で「初期点から道が一本決まる」と直感したことの、厳密な裏づけです。

ピカール–リンデレフ:ff がリプシッツ連続なら、初期値問題の解が一意に存在する。証明は縮小写像の不動点。

リプシッツ条件

解の一意性には、ff の“急すぎない”変化が要ります。それを測るのがリプシッツ条件です。

定義 リプシッツ条件

f(x,y)f(x,y)yy についてリプシッツ連続とは、定数 LLリプシッツ定数)で f(x,y1)f(x,y2)Ly1y2(y1,y2)|f(x,y_1)-f(x,y_2)|\le L\,|y_1-y_2|\qquad(\forall y_1,y_2) が成り立つこと(集合と位相第6章の一般化)。ffyy について C1C^1yfL|\partial_y f|\le L なら、平均値定理よりリプシッツ。

リプシッツ条件は「yy が動くとき ff の変化率が LL で頭打ち」という制約。これが無いと一意性が壊れます (後述の反例)。連続性だけでは弱く、リプシッツが一意性の適切な条件です。

積分方程式への書き換え

証明の第一歩は、微分方程式を積分方程式に書き換えることです。これが不動点の舞台を用意します。

命題 同値な積分方程式

初期値問題 y=f(x,y), y(x0)=y0y'=f(x,y),\ y(x_0)=y_0 は、積分方程式 y(x)=y0+x0xf(t,y(t))dty(x)=y_0+\int_{x_0}^x f(t,y(t))\,dt と同値(連続な yy について)。

証明

y=f(x,y)y'=f(x,y)x0x_0 から xx まで積分すれば右辺(微積分の基本定理、微積分第7章)。逆に積分方程式を微分すれば y=f(x,y)y'=f(x,y)y(x0)=y0y(x_0)=y_0。∎

積分方程式の右辺を「関数 yy を受け取って新しい関数を返す写像 TT」とみます:(Ty)(x)=y0+x0xf(t,y(t))dt(Ty)(x)=y_0+\int_{x_0}^xf(t,y(t))\,dt。 すると解 = Ty=yTy=y となる不動点。あとは TT が縮小写像だと示せば、バナッハの不動点定理が 一意な不動点を保証します。

ピカール–リンデレフの定理

定理 ピカール–リンデレフの定理

f(x,y)f(x,y) が長方形 D={xx0a, yy0b}D=\{|x-x_0|\le a,\ |y-y_0|\le b\} で連続、yy についてリプシッツ連続(定数 LL)、fM|f|\le M とする。 h=min(a,b/M)h=\min(a,b/M) とおくと、区間 xx0h|x-x_0|\le h で初期値問題 y=f(x,y), y(x0)=y0y'=f(x,y),\ y(x_0)=y_0 の解が一意に存在する。

証明

区間 I=[x0h,x0+h]I=[x_0-h,x_0+h] 上の連続関数で yy0b\|y-y_0\|_\infty\le b を満たすもの全体 XX を、上限ノルムで考える。XX は完備 (集合と位相第4章:連続関数の閉集合)。写像 (Ty)(x)=y0+x0xf(t,y(t))dt(Ty)(x)=y_0+\int_{x_0}^xf(t,y(t))\,dt を考える。

TTXXXX に写す(Ty)(x)y0x0xfdtMxx0Mhb|(Ty)(x)-y_0|\le\int_{x_0}^x|f|\,dt\le M|x-x_0|\le Mh\le b

TT は縮小写像Lh<1Lh<1 となるよう hh をさらに小さくとる): (Ty1)(x)(Ty2)(x)x0xf(t,y1)f(t,y2)dtLx0xy1y2dtLhy1y2.|(Ty_1)(x)-(Ty_2)(x)|\le\int_{x_0}^x|f(t,y_1)-f(t,y_2)|\,dt\le L\int_{x_0}^x|y_1-y_2|\,dt\le Lh\,\|y_1-y_2\|_\infty. 上限をとって Ty1Ty2Lhy1y2\|Ty_1-Ty_2\|_\infty\le Lh\,\|y_1-y_2\|_\inftyLh<1Lh<1 ゆえ縮小。

完備空間上の縮小写像なのでバナッハの不動点定理より不動点 y=Tyy^*=Ty^*一意に存在。これが 積分方程式の解=初期値問題の解。∎

証明の骨格は「微分方程式 → 積分方程式 → 不動点 → 縮小写像 → バナッハ」。集合と位相で証明した抽象的な 不動点定理が、ここで微分方程式の解の存在という具体的な結論を生む。抽象論のご利益が最も鮮やかに 現れる場面です。しかも不動点定理の証明は反復列の収束でしたから、解を近似的に構成する方法も同時に得られます。

定義 ピカールの逐次近似

y0(x)=y0y_0(x)=y_0(定数)から始め、yn+1(x)=y0+x0xf(t,yn(t))dty_{n+1}(x)=y_0+\int_{x_0}^x f(t,y_n(t))\,dt で反復すると、ynyy_n\to y^*(真の解)に一様収束する (ピカールの逐次近似)。バナッハの不動点定理の反復列そのもの。

逐次近似で e^x を作る

y=y, y(0)=1y'=y,\ y(0)=1y0=1y_0=1y1=1+0x1dt=1+xy_1=1+\int_0^x1\,dt=1+xy2=1+0x(1+t)dt=1+x+x22y_2=1+\int_0^x(1+t)dt=1+x+\frac{x^2}2、… yn=k=0nxkk!exy_n=\sum_{k=0}^n\frac{x^k}{k!}\to e^x。逐次近似が指数関数のテイラー級数を組み上げる。

一意性の必要性・解の延長・比較

注意 リプシッツが無いと一意性が壊れる

y=y, y(0)=0y'=\sqrt{|y|},\ y(0)=0f=yf=\sqrt{|y|}y=0y=0 でリプシッツでない(yf\partial_y f が発散)。解は y0y\equiv0y=x24y=\frac{x^2}4x0x\ge0)の 両方があり、一意でない。リプシッツ条件が一意性に本質的だと分かる。

定理 解の延長

ピカールの定理が保証するのは局所的な解(区間 xx0h|x-x_0|\le h)。この解は、(x,y)(x,y) が定義域の境界に近づくまで延長できる。 線形方程式など ff が全域でリプシッツなら大域解(全区間で存在)になるが、y=y2y'=y^2 のように有限時間で発散する (爆発y=1Cxy=\frac1{C-x})方程式もある。

定理 比較定理

y=f(x,y)y'=f(x,y)z=g(x,z)z'=g(x,z)fgf\le gy(x0)z(x0)y(x_0)\le z(x_0) なら(適当な条件下で)xx0x\ge x_0y(x)z(x)y(x)\le z(x)。 「大きい傾きの解は上に来る」——解を求めずに大小・有界性を評価できる、定性理論の基本道具。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 存在には連続、一意にはリプシッツ。 連続だけでは解は存在するが一意とは限らない(ペアノの定理は存在のみ)。y=yy'=\sqrt{|y|} が非一意の例。
  • 解は局所的(爆発しうる)。 ピカールは初期点近傍での存在。y=y2y'=y^2 は有限時間で \infty。大域存在は追加条件(線形性など)が要る。
  • 証明の心は「微分方程式=不動点」。 積分方程式に直し、縮小写像+バナッハ。逐次近似が構成的な近似解を与える。
  • リプシッツ ⇐ C1C^1(有界導関数)。 実用上は「ffyy について C1C^1」で十分。yf\partial_y f が発散する点で一意性が危うい。

この章のまとめ

  • 初期値問題を積分方程式 y=y0+fdty=y_0+\int f\,dt に書き換え、その右辺を写像 TT とみると解=不動点
  • ピカール–リンデレフの定理ff が連続かつ yy についてリプシッツなら、解が局所的に一意存在。証明はバナッハの不動点定理TT が縮小写像)。ピカールの逐次近似が構成的な近似解を与える。
  • リプシッツが無いと一意性が壊れる(y=yy'=\sqrt{|y|})。解は延長できるが爆発もありうる(y=y2y'=y^2)。比較定理で解を求めずに大小評価。

存在と一意性の基礎が固まりました。次章から線形微分方程式の系統的な解法——定数係数と特性方程式に入ります。