第1章 フーリエ級数 — 波への分解
複雑な波を、純粋な音に分ける
オーケストラの音を録音すると、複雑にうねる一本の波形になります。でも私たちの耳は、そこからバイオリンや フルートの音を聞き分けられる。つまり、複雑な波はいくつもの純粋な音(単一振動数のサイン波)の重ね合わせ だったのです。逆に問えば——どんな周期関数も、振動数の違うサイン波・コサイン波の和に分解できるのでは?
この直感を数学にしたのがフーリエ級数です。分解できると何が嬉しいか。後の章で見るように、微分方程式が 劇的に簡単になります(微分が「振動数を掛ける」ただの掛け算に化ける)。まずは「関数を波に分ける」その仕組みを、 関数解析で得た射影の言葉も借りながら、丁寧に組み立てましょう。
フーリエ級数:周期関数を、振動数の違う純粋な波 の重ね合わせに分解する。
フーリエ級数のかたち
周期 の関数 を、次の形に書きたい。 番目の波は「 周に 回振動する」成分です。
定義 フーリエ級数
周期 の関数 のフーリエ級数を
とし、係数(フーリエ係数)を
で定める。(複素形では 、。) 記号 は「これがフーリエ級数」の意味で、収束は第2〜4章で議論する。
問題は「なぜ係数がこの積分なのか」。天下りに見えますが、実は必然です。鍵は、波たちが互いに直交して いることにあります。
直交性——係数が積分で取り出せる理由
たちを、関数解析で見た「無限次元空間の直交する軸」とみなします。 内積を と定めると、次が成り立ちます。
定理 三角関数系の直交性
に対し
すなわち は互いに直交する。
証明
積和の公式 を使う。 なら の 上の積分は (整数回振動して打ち消す)。 なら第一項が で積分 。 も同様、 は奇関数で 。∎
直交性さえ分かれば、係数の公式は必然です。 の両辺に を 掛けて積分すると、直交性より右辺は の項だけが生き残る(他は ):
だから 。「 番目の軸との内積を取れば、 番目の成分が取り出せる」—— まさに関数解析のフーリエ係数 そのもの。フーリエ級数は、 三角関数という正規直交系への**成分分解(射影)**だったのです。
注意 正規化すると正規直交基底
とノルムを に揃えると、これらは の正規直交基底(関数解析第5章)。フーリエ級数論は、この基底での 展開の収束・近似を精密に調べる分野、と位置づけられる。抽象論(関数解析)を具体的な三角関数系で肉付けするのが フーリエ解析。
対称性で計算を減らす
実際の計算では、関数の偶奇を使うと係数の半分が消えて楽になります。
定理 偶関数・奇関数のフーリエ級数
- が偶関数()なら :コサインだけの級数。
- が奇関数()なら :サインだけの級数。
例 矩形波(奇関数)の分解
(奇関数)。、 。 偶で 、 奇で 。よって
奇数次のサイン波だけで角ばった矩形波ができる。係数が でゆっくり減る(角があるから)——この減り方の 遅さが、次章以降の収束の難しさ・ギブス現象につながる。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 係数の公式は天下りでない。 直交性から「 番目の軸との内積= 番目の成分」として必然的に出る。丸暗記 ではなく射影として理解する。
- は「=」ではない(まだ)。 フーリエ級数を作っただけで、それが に収束するかは別問題(第2〜4章)。 記号 はその慎重さの表れ。
- 係数の減り方が関数の滑らかさを映す。 角のある関数(矩形波)は 、折れのある関数は 、滑らかな 関数はもっと速く減る。「滑らかさ ⟷ 高振動数成分の小ささ」は本分野の通奏低音。
- 周期は とは限らない。 周期 なら 等に置き換える。本質は同じ(スケール変更)。
この章のまとめ
- フーリエ級数:周期関数を の重ね合わせに分解。係数 は積分で与えられる。
- 公式の根拠は三角関数系の直交性。「 番目の軸との内積で 番目の成分を取り出す」=関数解析の正規直交系への射影。正規化すれば の正規直交基底。
- 偶奇でコサイン/サインだけになる。矩形波は奇数次サインの和で、係数 の遅い減衰(角のせい)。
- 級数を作れたが、それが に収束するかは別問題。次章で各点収束(ディリクレの定理)と、その微妙さを調べます。
次章では、フーリエ部分和が各点で に収束するかを、ディリクレ核を通して精密に調べます。