第6章 畳み込みと近似単位元
フーリエ変換の相棒——畳み込み
フーリエ変換の演算規則で、いちばん美しく応用が広いのが畳み込み定理です。畳み込みという一見ややこしい
演算が、フーリエの世界ではただの掛け算に化ける。信号処理・確率・微分方程式のすべてで使われる、変換の
真骨頂です。まず畳み込みそのものを直感から導入します。
畳み込みは「ずらしながら重ねて足す」操作。g を「ぼかしフィルター」だと思うと、f∗g は f を g の形で
**ぼかした(平均した)**もの。カメラのボケ、残響、拡散——現実の「なまし」はたいてい畳み込みです。
定義 畳み込み
f,g∈L1(R) の畳み込みを
(f∗g)(x)=∫−∞∞f(x−t)g(t)dtで定める。f∗g=g∗f(可換)、f∗g∈L1 で ∥f∗g∥1≤∥f∥1∥g∥1。
第2・3章で見た「核との畳み込み」SNf=f∗DN、σNf=f∗FN は、まさにこの畳み込みでした。核でぼかす=
畳み込む。畳み込みは既に主役だったのです。
畳み込み f∗g=「ずらして重ねて足す」なまし操作。核でぼかすのは畳み込み。フーリエ変換はこれを積に変える。
畳み込み定理
定理 畳み込み定理
f,g∈L1 に対し
f∗g(ξ)=f^(ξ)g^(ξ).畳み込みが積に化ける。(逆に、積のフーリエ変換は畳み込み fg=2π1f^∗g^。)
証明
定義に代入しフビニの定理(測度論、L1 なので積分順序交換可):
f∗g(ξ)=∫∫f(x−t)g(t)dte−iξxdx=∫g(t)e−iξt(∫f(x−t)e−iξ(x−t)dx)dt=g^(ξ)f^(ξ).(y=x−t の置換で内側が f^(ξ)。)∎
∎
この定理の威力は絶大です。畳み込み(積分計算)を、フーリエ変換して掛け算にし、逆変換で戻す——という
迂回路で、難しい畳み込みが易しくなる。フィルタ設計、微分方程式の基本解(第12章)、確率変数の和の分布
(確率論)——応用は無数にあります。
近似単位元——「なまさない極限」
畳み込みには「単位元」がありません。f∗e=f となる関数 e(つまり掛けても変えない核)は、実は普通の関数では
存在しない(それは第10章のデルタ関数になる)。でも、単位元に限りなく近づく核の列は作れます。それが
近似単位元。第3章のフェイエール核が周期版の例でした。ここでは実直線上の版を作ります。
定義 近似単位元
L1 関数の族 {φε}ε>0 が次をみたすとき近似単位元という。
- ∫φε=1(総質量 1)。
- ∫∣φε∣≤C(L¹ ノルム一様有界。非負なら =1)。
- 各 δ>0 で ∫∣x∣≥δ∣φε∣→0(ε→0、原点外の質量が消える)。
典型は、一つの核 φ(∫φ=1)を縮めて背を高くした φε(x)=ε1φ(εx)。
ε→0 で原点に集中する尖った山になります。これで畳み込むと、なまし幅が 0 に縮み、元の関数が
戻ってきます。
定理 近似単位元の収束
{φε} を近似単位元とする。f が連続で有界なら (f∗φε)(x)→f(x)(各点、連続点で)。
f∈Lp (1≤p<∞) なら ∥f∗φε−f∥p→0(Lp で収束)。
証明
∫φε=1 より (f∗φε)(x)−f(x)=∫[f(x−t)−f(x)]φε(t)dt。連続性で
∣t∣<δ の寄与は小、条件 3 で ∣t∣≥δ の寄与も小。第3章フェイエールの定理とまったく同じ論法。∎
∎
例 ガウス近似単位元(熱核)
ガウス核 φε(x)=2πε1e−x2/(2ε2) は近似単位元。f∗φε は
f をガウスでぼかしたもので、ε→0 で f に戻る。これは実は熱方程式の解——時刻 t=ε2/2 で
初期分布 f がどう拡散したか(第9章)。「なまし」と「熱の拡散」が同じ畳み込みなのは、深いつながりの現れ。
φε を使えば、どんな Lp 関数も滑らかな関数で近似できる(軟化子)。
反転公式への布石
近似単位元は、反転公式(f^ から f を復元する f=f^ˇ)を証明する道具になります。f^∈/L1
(第5章)で逆変換積分が素直に収束しないとき、ガウスで軽く抑えて(正則化して)から極限をとる——という手が
使えるのです。
定理 ガウス正則化による反転(次章への橋)
f∈L1 かつ f^∈L1 なら、反転公式 f(x)=2π1∫f^(ξ)eiξxdξ が成り立つ。一般には、
逆変換積分にガウス因子 e−εξ2 を挿入して ε→0 とすると(アーベル総和の連続版)、近似単位元
との畳み込みに帰着して f が復元できる。
「悪い積分をガウスで抑えて、極限で外す」——第3章の総和法(発散を平均で飼いならす)と同じ精神が、ここでも
働きます。次章では、この道具立てで L2 理論(プランシュレル)を完成させます。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 畳み込みは「ずらして重ねて足す」。 単なる積ではない。f∗g は f を g でぼかしたもの。フーリエ変換で
積になる(f∗g=f^g^)。
- 畳み込みの単位元は普通の関数でない。 f∗e=f の e は存在せず、近似単位元で“近づく”しかない。極限は
デルタ関数(第10章)。
- 近似単位元は「縮めて背を高く」。 総質量 1 を保ったまま原点集中。フェイエール核・ガウス核が例。非負だと
L¹ ノルムが 1 で安定。
- ガウスでぼかす=熱で拡散。 軟化・平滑化・熱拡散はすべて同じ畳み込み。なましの幅が時間に対応。
この章のまとめ
- 畳み込み f∗g=∫f(x−t)g(t)dt=ずらして重ねるなまし。核でぼかすのは畳み込み(SNf=f∗DN 等)。
- 畳み込み定理 f∗g=f^g^:畳み込みが積に化ける(証明はフビニ)。難しい畳み込みを変換で易しくする戦略の核。
- 近似単位元(総質量 1・原点集中)との畳み込みは元の関数に収束(Lp で)。ガウス核=熱核が典型で、任意の Lp 関数を滑らかに近似(軟化子)。
- 近似単位元は反転公式(悪い積分をガウスで正則化)への道具。次章で L2 理論プランシュレルを完成させます。
次章では、反転公式を確立し、フーリエ変換が L2 上のユニタリ作用素になる——プランシュレルの定理を証明します。