第9章 ベールのカテゴリーと一様有界性原理
完備性の隠れた威力
第2章で完備性は「コーシー列が収束する」性質でした。実はそれ以上の“魔法”が隠れています。完備な空間は 「やせた集合(内点をもたない閉集合)の可算個の寄せ集めでは埋め尽くせない」——これがベールのカテゴリー定理です。 一見地味ですが、関数解析の三大定理(一様有界性原理・開写像定理・閉グラフ定理)はすべてここから出ます。
まず「やせている」を定義します。直感は「スカスカで、いくら集めても空間を覆えない」集合です。
定義 疎集合・やせた集合
距離空間で、閉包が内点をもたない集合を疎集合(nowhere dense)という。疎集合の可算和で書ける集合を 第一類(やせた集合)という。そうでない集合を第二類という。
定理 ベールのカテゴリー定理
完備距離空間 は第二類である。すなわち、 と可算個の閉集合で書けたら、 少なくとも一つの は内点をもつ。同値に、稠密開集合の可算個の共通部分は稠密。
証明
稠密開集合 の共通部分が稠密であることを示す(同値な形)。任意の開球 をとる。 が稠密開なので は空でない開集合、その中に閉球 (半径 )が入る。 で 内に (半径 )……と入れ子の閉球列を作る。半径 で、完備性より中心はコーシー列で 一点 に収束。(全 )かつ 。よって 。∎
証明の心臓は「半径が縮む入れ子の閉球の共通部分が空でない」——完備性そのもの。 が第一類 (可算個の一点=疎集合の和)なのは、 が完備でないから。「完備な空間は、やせた集合では覆えないほど “分厚い”」という定性的事実が、次の強力な定理を生みます。
ベールのカテゴリー定理:完備空間はやせた集合の可算和では覆えない。三大定理すべての源。
一様有界性原理(バナッハ–シュタインハウス)
三大定理の一つ目。「作用素の族が各点ごとに有界なら、実は一様に(作用素ノルムが一斉に)有界」という、 直感を裏切る強さの定理です。各点の情報から全体の情報が出る。
定理 一様有界性原理
をバナッハ空間、 をノルム空間、 を有界作用素の族とする。もし
ならば、(一様に有界)。
証明
とおく。各 は連続なので は閉集合。各点有界の仮定より 。ベールのカテゴリー定理( 完備)から、ある が内点をもつ:ある閉球 。この球上で (全 )。任意の に対し ゆえ 、よって 。 すなわち (全 で一様)。∎
「各点で抑えられる → どこかの球全体で一斉に抑えられる(ベール)→ 平行移動と斉次性で全空間へ」という流れ。 完備性がなければ成り立ちません( が不完備だと反例あり)。各点という局所情報が、ベールを経由して 作用素ノルムという大域情報に化ける——完備性の魔法の典型です。
帰結:収束と共鳴
一様有界性原理は、実解析・フーリエ解析で頻繁に使われます。代表的な帰結を挙げます。
定理 点列収束する作用素の極限
バナッハ空間の間の作用素列 が各点で収束(())するなら、極限 も 有界作用素で、。
証明
各 で が収束=有界なので、一様有界性原理より 。 で とすれば 。線形性は極限で保たれる。∎
注意 共鳴定理としての顔——フーリエ級数の発散
一様有界性原理は「作用素ノルムが非有界なら、それを露呈させる一点 が存在する」(共鳴)とも読める。この形で、 連続関数なのにフーリエ級数が一点で発散するものが存在することが証明できる(部分和作用素のノルム=ディリクレ核の ノルムが で発散するため)。第5章の「 収束はするが各点収束は繊細」の、負の側の裏付け。 抽象定理が具体的な病理を予言する好例。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 一様有界性原理は完備性が必須。 がバナッハでないと偽。ベールのカテゴリー定理を使うため。「各点有界⇒一様 有界」は完備空間の特権。
- 各点有界 → 一様有界は直感に反する。 「点ごとにバラバラに抑えられるだけ」なのに、作用素ノルムが一斉に 抑えられる。ベールが局所情報を大域へ変換する。
- やせた集合(第一類)=“無視できるほど小さい”の位相版。 測度ゼロ(測度論)とは別概念だが 「小さい集合」という気分は近い。完備空間は第二類=“大きい”。
- ベールは可算和にしか効かない。 非可算和なら空間を疎集合で覆える(一点集合は疎、)。 「可算」が本質。
この章のまとめ
- ベールのカテゴリー定理:完備距離空間はやせた集合(疎集合の可算和)では覆えない(第二類)。証明は入れ子の縮む閉球+完備性。三大定理すべての源。
- 一様有界性原理(バナッハ–シュタインハウス):バナッハ空間上で作用素族が各点有界なら一様有界()。局所情報がベール経由で大域情報に化ける。
- 帰結:各点収束する作用素列の極限も有界。共鳴定理として、連続関数でフーリエ級数が発散する例の存在を予言。
- 次章では、同じくベールから出る残り二つの三大定理——開写像定理と閉グラフ定理——を証明します。
次章では、全射有界作用素が開写像であること(開写像定理)と、その帰結の逆写像定理・閉グラフ定理を扱います。