第8章 双対空間・反射性・弱位相
双対の双対へ
前章のハーン–バナッハで、双対空間 (有界線形汎関数の全体)が豊かだと分かりました。 自身も バナッハ空間なので、そのまた双対 が考えられます。ここで自然な写像が現れます——元の空間 の 点 を、「 を代入する」という 上の汎関数とみなすのです。
定義 標準埋め込みと反射性
に対し、 は の元。写像 を 標準埋め込みという。ハーン–バナッハより は等長()。 が全射 ()のとき、 は反射的という。
が等長なのは前章の帰結 そのもの。つまり は の中に、そっくり そのまま(部分空間として)住んでいます。問題は「 が を埋め尽くすか」。埋め尽くすのが反射的空間で、 とても良い性質をもちます。
例 反射的かどうか
- ヒルベルト空間は反射的( より )。
- は反射的(、、測度論)。
- は反射的でない( だが )。 も非反射的。
反射的空間: が二重双対 を埋め尽くす。ヒルベルトや の が反射的。 は非反射的。
弱位相——収束の意味を弱める
第1章の宿題に戻ります。無限次元では有界列から収束部分列が取れない(単位球が非コンパクト)。この困難を、 収束の定義を弱めることで乗り越えます。「すべての汎関数の値が収束すれば、弱く収束したとみなす」。ノルムで ぴったり近づく必要をなくすのです。
定義 弱収束・弱*収束
- の点列が弱収束 とは、すべての で 。 「あらゆる汎関数(=あらゆる観測)で見て近づく」。
- の点列が弱*収束 とは、すべての で (各点収束)。
ノルム収束(強収束) は弱収束を導きますが、逆は無限次元では成り立ちません。第1章の (正規直交系)がまさにそれ——
例 弱収束するが強収束しない
で (第 成分だけ )は、任意の に対し ( のしっぽ)。よって (弱収束)。だが で強収束はしない。「弱く に 近づくが、長さは のまま」。弱と強の差が、第1章で見た非コンパクト性の裏返し。
バナッハ–アラオグル:弱*コンパクト性
弱い収束を導入した御利益がこれ。ノルムでは非コンパクトだった単位球が、弱*位相ではコンパクトになる。 失われたコンパクト性が、弱い形で復活します。
定理 バナッハ–アラオグルの定理
ノルム空間 の双対 の閉単位球 は、弱*位相でコンパクトである。
証明
各 に対し は より閉区間 に入る。 は 単位球を積空間 へ埋め込む。チコノフの定理(集合と位相:コンパクト空間の積は コンパクト)より はコンパクト。単位球の像は、線形性・有界性で定まる閉集合なので、コンパクト集合の 閉部分集合としてコンパクト。弱*位相はこの積位相の制限だから、単位球は弱*コンパクト。∎
定理 反射的空間での帰結
が反射的なら、 の閉単位球は弱コンパクト。ゆえに有界列は弱収束する部分列をもつ。
これが第1章で予告した「弱位相でコンパクト性を取り戻す」の完成形。反射的空間(ヒルベルトや の )では、有界列から弱収束部分列が取れる。有限次元の黄金パターン「有界列→収束部分列」が、弱い形で蘇る。 これは変分法・偏微分方程式で解の存在を示す標準手段(最小化列→弱収束部分列→極限が解)になります。 変分法の直接法の理論的核心がここです。
注意 弱収束の“弱さ”の代償
弱収束は便利だが、ノルムは下半連続にしか振る舞わない: なら (等号でない、 が例: だが弱極限 の長さは )。だから「弱収束部分列を取る」戦略では、 極限で汎関数値がジャンプしないよう凸性・下半連続性を別途使う。弱位相は“ゆるい”ぶん、扱いに繊細さが要る。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 反射性は ではなく「標準埋め込み が全射」。 たまたま同型なだけでは足りず、 そのものが 全射である必要がある(ジェームズ空間という反例あり)。
- 強収束 ⇒ 弱収束、逆は偽(無限次元)。 だが 。弱は「全汎関数で近い」、 強は「ノルムで近い」。
- バナッハ–アラオグルは弱*(双対上)。 元の空間の単位球が弱コンパクトになるには反射性が要る。 弱*コンパクトはつねに成り立つが、弱コンパクトは反射的空間だけ。
- ノルムは弱収束で下半連続。 弱極限で長さは増えない方向にしか保証されない。等号を期待しない。
この章のまとめ
- 標準埋め込み ()は等長。 が全射なら反射的。ヒルベルト・ は反射的、 は非反射的。
- 弱収束 (全汎関数で )は強収束より弱い( だが )。収束の意味を弱めてコンパクト性を取り戻す。
- バナッハ–アラオグル:双対の単位球は弱*コンパクト(チコノフの定理)。反射的空間なら単位球が弱コンパクト=有界列は弱収束部分列をもつ。変分法・PDE の解の存在の核心。
- Part III の双対理論はここまで。次章から三大定理へ。まず完備性の“魔法”ベールのカテゴリー定理と、そこから出る一様有界性原理を扱います。
次章では、ベールのカテゴリー定理と、そこから導かれる一様有界性原理(バナッハ–シュタインハウス)を証明します。