⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

↑ ↓ 移動 Enter 開く Esc 閉じる

第8章 双対空間・反射性・弱位相

双対の双対へ

前章のハーン–バナッハで、双対空間 X∗X^*(有界線形汎関数の全体)が豊かだと分かりました。X∗X^* 自身も バナッハ空間なので、そのまた双対 X∗∗=(X∗)∗X^{**}=(X^*)^* が考えられます。ここで自然な写像が現れます——元の空間 XX の 点 xx を、「xx を代入する」という X∗X^* 上の汎関数とみなすのです。

定義 標準埋め込みと反射性

x∈Xx\in X に対し、x^:X∗→R, x^(F)=F(x)\hat x:X^*\to\mathbb R,\ \hat x(F)=F(x) は X∗∗X^{**} の元。写像 J:X→X∗∗, x↦x^J:X\to X^{**},\ x\mapsto\hat x を 標準埋め込みという。ハーン–バナッハより JJ は等長(∥x^∥=∥x∥\|\hat x\|=\|x\|)。JJ が全射 (X∗∗=J(X)X^{**}=J(X))のとき、XX は反射的という。

JJ が等長なのは前章の帰結 ∥x∥=sup⁡∥F∥≤1∣F(x)∣\|x\|=\sup_{\|F\|\le1}|F(x)| そのもの。つまり XX は X∗∗X^{**} の中に、そっくり そのまま(部分空間として)住んでいます。問題は「XX が X∗∗X^{**} を埋め尽くすか」。埋め尽くすのが反射的空間で、 とても良い性質をもちます。

例 反射的かどうか

  • ヒルベルト空間は反射的(H∗≅HH^*\cong H より H∗∗≅HH^{**}\cong H)。
  • Lp, ℓp (1<p<∞)L^p,\ \ell^p\ (1<p<\infty) は反射的((Lp)∗=Lq(L^p)^*=L^q、1p+1q=1\frac1p+\frac1q=1、測度論)。
  • L1, L∞, C[a,b]L^1,\ L^\infty,\ C[a,b] は反射的でない((L1)∗=L∞(L^1)^*=L^\infty だが (L∞)∗⊋L1(L^\infty)^*\supsetneq L^1)。c0, ℓ1c_0,\ \ell^1 も非反射的。

反射的空間:XX が二重双対 X∗∗X^{**} を埋め尽くす。ヒルベルトや 1<p<∞1<p<\infty の LpL^p が反射的。L1,L∞L^1,L^\infty は非反射的。

弱位相——収束の意味を弱める

第1章の宿題に戻ります。無限次元では有界列から収束部分列が取れない(単位球が非コンパクト)。この困難を、 収束の定義を弱めることで乗り越えます。「すべての汎関数の値が収束すれば、弱く収束したとみなす」。ノルムで ぴったり近づく必要をなくすのです。

定義 弱収束・弱*収束

  • XX の点列が弱収束 xn⇀xx_n\rightharpoonup x とは、すべての F∈X∗F\in X^* で F(xn)→F(x)F(x_n)\to F(x)。 「あらゆる汎関数(=あらゆる観測)で見て近づく」。
  • X∗X^* の点列が弱*収束 Fn⇀∗FF_n\overset{*}\rightharpoonup F とは、すべての x∈Xx\in X で Fn(x)→F(x)F_n(x)\to F(x) (各点収束)。

ノルム収束(強収束)∥xn−x∥→0\|x_n-x\|\to0 は弱収束を導きますが、逆は無限次元では成り立ちません。第1章の ene_n (正規直交系)がまさにそれ——

例 弱収束するが強収束しない

ℓ2\ell^2 で ene_n(第 nn 成分だけ 11)は、任意の y∈ℓ2y\in\ell^2 に対し ⟨en,y⟩=yn→0\langle e_n,y\rangle=y_n\to0(∑∣yn∣2<∞\sum|y_n|^2<\infty のしっぽ)。よって en⇀0e_n\rightharpoonup0(弱収束)。だが ∥en∥=1↛0\|e_n\|=1\not\to0 で強収束はしない。「弱く 00 に 近づくが、長さは 11 のまま」。弱と強の差が、第1章で見た非コンパクト性の裏返し。

バナッハ–アラオグル:弱*コンパクト性

弱い収束を導入した御利益がこれ。ノルムでは非コンパクトだった単位球が、弱*位相ではコンパクトになる。 失われたコンパクト性が、弱い形で復活します。

定理 バナッハ–アラオグルの定理

ノルム空間 XX の双対 X∗X^* の閉単位球 {F∈X∗:∥F∥≤1}\{F\in X^*:\|F\|\le1\} は、弱*位相でコンパクトである。

証明

各 x∈Xx\in X に対し F(x)F(x) は ∣F(x)∣≤∥x∥|F(x)|\le\|x\| より閉区間 Kx=[−∥x∥,∥x∥]K_x=[-\|x\|,\|x\|] に入る。F↦(F(x))x∈XF\mapsto(F(x))_{x\in X} は 単位球を積空間 ∏xKx\prod_x K_x へ埋め込む。チコノフの定理(集合と位相:コンパクト空間の積は コンパクト)より ∏xKx\prod_x K_x はコンパクト。単位球の像は、線形性・有界性で定まる閉集合なので、コンパクト集合の 閉部分集合としてコンパクト。弱*位相はこの積位相の制限だから、単位球は弱*コンパクト。∎

定理 反射的空間での帰結

XX が反射的なら、XX の閉単位球は弱コンパクト。ゆえに有界列は弱収束する部分列をもつ。

これが第1章で予告した「弱位相でコンパクト性を取り戻す」の完成形。反射的空間(ヒルベルトや 1<p<∞1<p<\infty の LpL^p)では、有界列から弱収束部分列が取れる。有限次元の黄金パターン「有界列→収束部分列」が、弱い形で蘇る。 これは変分法・偏微分方程式で解の存在を示す標準手段(最小化列→弱収束部分列→極限が解)になります。 変分法の直接法の理論的核心がここです。

注意 弱収束の“弱さ”の代償

弱収束は便利だが、ノルムは下半連続にしか振る舞わない:xn⇀xx_n\rightharpoonup x なら ∥x∥≤lim inf⁡∥xn∥\|x\|\le\liminf\|x_n\| (等号でない、ene_n が例:∥en∥=1\|e_n\|=1 だが弱極限 00 の長さは 00)。だから「弱収束部分列を取る」戦略では、 極限で汎関数値がジャンプしないよう凸性・下半連続性を別途使う。弱位相は“ゆるい”ぶん、扱いに繊細さが要る。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 反射性は X≅X∗∗X\cong X^{**} ではなく「標準埋め込み JJ が全射」。 たまたま同型なだけでは足りず、JJ そのものが 全射である必要がある(ジェームズ空間という反例あり)。
  • 強収束 ⇒ 弱収束、逆は偽(無限次元)。 en⇀0e_n\rightharpoonup0 だが ∥en∥=1\|e_n\|=1。弱は「全汎関数で近い」、 強は「ノルムで近い」。
  • バナッハ–アラオグルは弱*(双対上)。 元の空間の単位球が弱コンパクトになるには反射性が要る。 弱*コンパクトはつねに成り立つが、弱コンパクトは反射的空間だけ。
  • ノルムは弱収束で下半連続。 弱極限で長さは増えない方向にしか保証されない。等号を期待しない。

この章のまとめ

  • 標準埋め込み J:X→X∗∗J:X\to X^{**}(x^(F)=F(x)\hat x(F)=F(x))は等長。JJ が全射なら反射的。ヒルベルト・Lp(1<p<∞)L^p(1<p<\infty) は反射的、L1,L∞,C[a,b]L^1,L^\infty,C[a,b] は非反射的。
  • 弱収束 xn⇀xx_n\rightharpoonup x(全汎関数で F(xn)→F(x)F(x_n)\to F(x))は強収束より弱い(en⇀0e_n\rightharpoonup0 だが ∥en∥=1\|e_n\|=1)。収束の意味を弱めてコンパクト性を取り戻す。
  • バナッハ–アラオグル:双対の単位球は弱*コンパクト(チコノフの定理)。反射的空間なら単位球が弱コンパクト=有界列は弱収束部分列をもつ。変分法・PDE の解の存在の核心。
  • Part III の双対理論はここまで。次章から三大定理へ。まず完備性の“魔法”ベールのカテゴリー定理と、そこから出る一様有界性原理を扱います。

次章では、ベールのカテゴリー定理と、そこから導かれる一様有界性原理(バナッハ–シュタインハウス)を証明します。