⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

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第4章 正規部分群と剰余群

剰余類の集合を、それ自身群にしたい

前章で、部分群 HH が群 GG を剰余類 aHaH に分割することを見ました。ここで自然な欲が生まれます—— 剰余類そのものを“元”とみなして、新しい群を作れないか? 整数を  mod  n\bmod\,n で丸めて Zn\mathbb Z_n を作ったように、 GG を HH で「丸めた」群 G/HG/H が作れれば、大きな群を小さくして調べられます。

積を素直に (aH)(bH)=(ab)H(aH)(bH)=(ab)H と決めたい。ところがこれはうまく定義できないことがある。同じ剰余類でも 代表元の取り方を変えると答えが変わってしまうのです。これが破綻せず well-defined になる条件——それが 部分群 HH の正規性。正規部分群は「割り算ができる部分群」であり、群を分解して構造を理解する (第11章の組成列、ガロア理論)ための最重要概念です。

剰余類の積 (aH)(bH)=abH(aH)(bH)=abH が定義できる   ⟺  H\iff H が正規部分群。そのとき剰余群 G/HG/H が作れる。

正規部分群

定義 正規部分群

H≤GH\le G が正規部分群(H⊴GH\trianglelefteq G)とは、すべての g∈Gg\in G で gH=HggH=Hg(左剰余類=右剰余類)。 同値な言い換え:すべての gg で gHg−1=HgHg^{-1}=H、あるいは gHg−1⊆HgHg^{-1}\subseteq H。

gHg−1gHg^{-1} は「HH を gg で共役した集合」。正規性は「どの元で共役しても HH が自分自身に戻る」= HH が共役で不変、という意味です。前章の交流ツールで、D3D_3 の回転部分群 ⟨r⟩\langle r\rangle は正規(左右の剰余類が一致)、 鏡映 ⟨s⟩\langle s\rangle は正規でない(食い違う)ことを確かめられました。

命題 正規性の十分条件

(a)アーベル群のすべての部分群は正規。(b)指数 22 の部分群は正規([G:H]=2[G:H]=2)。 (c)準同型(後述)の核は正規。

証明

(a)gh=hggh=hg ゆえ gH=HggH=Hg。(b)[G:H]=2[G:H]=2 なら左剰余類は HH と G∖HG\setminus H の2つ、右剰余類も HH と G∖HG\setminus H の2つ。 g∈Hg\in H なら gH=H=HggH=H=Hg、g∉Hg\notin H なら gH=G∖H=HggH=G\setminus H=Hg。よって正規。∎

「指数2なら自動的に正規」は頻出の道具です(第9章で交代群に使います)。

剰余群

定理 剰余群

H⊴GH\trianglelefteq G のとき、剰余類の集合 G/H={aH:a∈G}G/H=\{aH:a\in G\} は積 (aH)(bH)=(ab)H(aH)(bH)=(ab)H で群になる (剰余群・商群)。単位元は H=eHH=eH、aHaH の逆元は a−1Ha^{-1}H。∣G/H∣=[G:H]|G/H|=[G:H]。

証明

まず積がwell-defined(代表元によらない)を示す。aH=a′H, bH=b′HaH=a'H,\ bH=b'H とすると a′=ah1, b′=bh2 (hi∈H)a'=ah_1,\ b'=bh_2\ (h_i\in H)。 a′b′=ah1bh2a'b'=ah_1bh_2。正規性より h1b=bh3 (h3∈H, ∵ Hb=bH)h_1b=bh_3\ (h_3\in H,\ \text{∵}\ Hb=bH) だから a′b′=abh3h2∈(ab)Ha'b'=abh_3h_2\in(ab)H、 よって (a′b′)H=(ab)H(a'b')H=(ab)H。積が定義できた。結合法則は GG から継承、単位元 HH、逆元 a−1Ha^{-1}H も直ちに確認できる。∎

証明で正規性がまさに well-defined 性のために使われているのが要点です(h1b=bh3h_1b=bh_3 の一歩)。正規でないと 代表元を変えたとき積の剰余類がずれ、群になりません。例:Z/nZ=Zn\mathbb Z/n\mathbb Z=\mathbb Z_n は Z\mathbb Z を正規部分群 nZn\mathbb Z で割った剰余群。

準同型・核・像

群どうしの「構造を保つ写像」を導入します。線形写像の群版です。

定義 準同型・核・像

写像 φ:G→G′\varphi:G\to G' が準同型とは φ(ab)=φ(a)φ(b)\varphi(ab)=\varphi(a)\varphi(b)(積を積へ移す)。 全単射な準同型を同型という。核 ker⁡φ={g∈G:φ(g)=e′}\ker\varphi=\{g\in G:\varphi(g)=e'\}、 像 im⁡φ={φ(g):g∈G}\operatorname{im}\varphi=\{\varphi(g):g\in G\}。

準同型は自動的に単位元を単位元へ、逆元を逆元へ移します(φ(e)=φ(ee)=φ(e)2\varphi(e)=\varphi(ee)=\varphi(e)^2 より φ(e)=e′\varphi(e)=e'、 φ(a−1)=φ(a)−1\varphi(a^{-1})=\varphi(a)^{-1})。核と像は、線形代数の核・像と同じく写像の性格を映します。

命題 核は正規部分群・単射判定

φ:G→G′\varphi:G\to G' を準同型とすると、im⁡φ≤G′\operatorname{im}\varphi\le G'、ker⁡φ⊴G\ker\varphi\trianglelefteq G。 そして φ\varphi が単射   ⟺  ker⁡φ={e}\iff\ker\varphi=\{e\}。

証明

im⁡φ\operatorname{im}\varphi が部分群:φ(a)φ(b)−1=φ(ab−1)∈im⁡φ\varphi(a)\varphi(b)^{-1}=\varphi(ab^{-1})\in\operatorname{im}\varphi。 ker⁡φ\ker\varphi が部分群:a,b∈ker⁡φa,b\in\ker\varphi なら φ(ab−1)=φ(a)φ(b)−1=e′e′=e′\varphi(ab^{-1})=\varphi(a)\varphi(b)^{-1}=e'e'=e'。 ker⁡φ\ker\varphi が正規:k∈ker⁡φ, g∈Gk\in\ker\varphi,\ g\in G で φ(gkg−1)=φ(g)e′φ(g)−1=e′\varphi(gkg^{-1})=\varphi(g)e'\varphi(g)^{-1}=e'、よって gkg−1∈ker⁡φgkg^{-1}\in\ker\varphi。 単射判定:単射なら φ(g)=e′=φ(e)⇒g=e\varphi(g)=e'=\varphi(e)\Rightarrow g=e。逆に ker⁡φ={e}\ker\varphi=\{e\} で φ(a)=φ(b)\varphi(a)=\varphi(b) なら φ(ab−1)=e′\varphi(ab^{-1})=e' ゆえ ab−1∈ker⁡φ={e}ab^{-1}\in\ker\varphi=\{e\}、a=ba=b。∎

「核は必ず正規部分群」——これは決定的です。逆も成り立ちます。

定理 正規部分群は核である(自然な全射)

H⊴GH\trianglelefteq G に対し、自然な全射 π:G→G/H, π(g)=gH\pi:G\to G/H,\ \pi(g)=gH は準同型で ker⁡π=H\ker\pi=H。

証明

π(ab)=(ab)H=(aH)(bH)=π(a)π(b)\pi(ab)=(ab)H=(aH)(bH)=\pi(a)\pi(b) で準同型、剰余類は全部像に現れるので全射。 ker⁡π={g:gH=H}={g:g∈H}=H\ker\pi=\{g:gH=H\}=\{g:g\in H\}=H。∎

これで**「正規部分群」と「準同型の核」は完全に同じ概念**だと分かりました:核はつねに正規で、 どの正規部分群も自然な全射の核。この対応が、次章の同型定理の土台になります。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 正規性は「元が可換」ではなく「集合として不変」。 gHg−1=HgHg^{-1}=H は「gh=hggh=hg(元ごと)」より弱く、ghg−1∈Hghg^{-1}\in H(別の HH の元でよい)を要求するだけ。
  • 剰余群 G/HG/H は HH が正規のときだけ。 正規でないと積が well-defined にならない。剰余類の集合 G/HG/H は常にあるが、群になるとは限らない。
  • 準同型は単位元・逆元を保つ(要求せずとも従う)。 積さえ保てば φ(e)=e′\varphi(e)=e' 等は自動。

この章のまとめ

  • 正規部分群 H⊴GH\trianglelefteq G(gHg−1=HgHg^{-1}=H、左右剰余類が一致)は「割れる部分群」。アーベル群の部分群・指数2の部分群・準同型の核は正規。
  • 正規のとき剰余群 G/HG/H が積 (aH)(bH)=abH(aH)(bH)=abH で作れる(well-defined 性に正規性が本質)。Zn=Z/nZ\mathbb Z_n=\mathbb Z/n\mathbb Z が原型。
  • 準同型は積を保つ写像。核は必ず正規部分群で、逆にどの正規部分群も自然な全射 π:G→G/H\pi:G\to G/H の核。正規部分群と核は同じもの。

次章は、この核・像・剰余群を結びつける群論の背骨——同型定理(第一〜第三)を証明します。