第9章 対称群と交代群の単純性
すべての群の“母体”を、詳しく調べる
ケイリーの定理(第6章)は「どんな群も置換群に埋め込める」と言いました。だから対称群 Sn は、ある意味
すべての群を含む母体です。その内部を詳しく調べることは、群論全体を理解することに直結します。
そしてこの章のクライマックスは、n≥5 で交代群 An が単純(自明でない正規部分群をもたない)という定理です。
一見地味なこの事実が、数学史上の大問題に決着をつけます——5次以上の一般方程式には、べき根による解の公式が
存在しない(アーベル–ルフィニ、ガロア理論)。A5 の単純性が、S5 が可解群でないこと
(第11章)を通じて、解の公式の不存在を導くのです。抽象代数の最も美しい応用の一つに向けた、決定的な一章です。
n≥5 で交代群 An は単純。これが Sn の非可解性を生み、5次方程式に解の公式が無いことの核心になる。
巡回置換・互換・符号
定義 巡回置換と互換
Sn の元(置換)は、共通の文字を含まない巡回置換の積に一意に分解できる。
長さ2の巡回置換 (ab)(a,b を入れ替え他は固定)を互換という。任意の置換は互換の積で表せる
((a1a2⋯ak)=(a1ak)(a1ak−1)⋯(a1a2))。
互換の積での表し方は一通りではありませんが、使う互換の個数の偶奇は不変です。これが符号を定めます。
定理 符号の well-defined 性
置換 σ を互換の積で表すとき、互換の個数の偶奇は表し方によらない。偶数個で表せる置換を偶置換、
奇数個を奇置換とし、符号 sgn(σ)=(−1)(互換の個数)∈{±1} が定まる。
sgn:Sn→{±1} は準同型。
証明
多項式 Δ=∏i<j(xi−xj) を考え、σ を変数の添字に作用させる:σ⋅Δ=∏i<j(xσ(i)−xσ(j))=±Δ。
この符号 ϵ(σ)∈{±1} は σ から一意に定まり(Δ の各因子が符号込みで並べ替わる)、
ϵ(στ)=ϵ(σ)ϵ(τ)(準同型)。互換 (ab) は Δ の符号をちょうど1回反転させ ϵ=−1。
よって σ が k 個の互換の積なら ϵ(σ)=(−1)k。左辺は表し方によらないので、(−1)k すなわち偶奇も表し方によらない。
sgn=ϵ。∎
∎
多項式 Δ(線形代数の行列式にも現れる交代式)を使うことで、偶奇の不変性という
組合せ的にはやや面倒な事実が、一発で証明できます。符号が準同型なので、その核が次の交代群です。
交代群
定義 交代群
偶置換全体 An=ker(sgn) を交代群という。sgn:Sn→{±1} は
n≥2 で全射なので、第一同型定理より Sn/An≅Z2、ゆえに An⊴Sn かつ ∣An∣=2n!。
An は指数 2 ゆえ正規(第4章)。An は3-巡回置換 (abc) で生成されます(n≥3)。実際、偶置換は
偶数個の互換の積で、隣り合う2つの互換の積は 3-巡回置換の積に書き換えられる:(ab)(ac)=(acb)、
(ab)(cd)=(acb)(acd)。この事実が単純性の証明で効きます。
An の単純性(n ≥ 5)
定理 交代群の単純性
n≥5 のとき、An は単純(正規部分群は {e} と An のみ)。
まず n=5 を、共役類のサイズを数えて証明します(前章までの道具が総動員されます)。
補題 A₅ の共役類
∣A5∣=60。その元は型ごとに:恒等 e(1 個)、3-巡回置換 (abc)(20 個)、(2,2) 型 (ab)(cd)(15 個)、
5-巡回置換(24 個、A5 内では 2 つの共役類 12+12 に分かれる)。共役類のサイズは 1,20,15,12,12。
証明
(単純性、n=5。)N⊴A5、N={e} とする。N は共役類の合併で、e を含み、∣N∣ は
∣A5∣=60 を割る(ラグランジュ)。可能な ∣N∣ は 1,20,15,12,12 の一部を 1(恒等)と合わせて足した数で、
かつ 60 の約数。1 に {20,15,12,12} の部分和を足して 60 の約数になるのは、1 単独(∣N∣=1)か
全部足した 1+20+15+12+12=60(∣N∣=60)のみ(例:1+15=16∤60、1+20=21∤60、1+12=13∤60、
1+12+12=25∤60、1+15+20=36∤60、…どれも 60 を割らない)。ゆえに N={e} か N=A5。A5 は単純。∎
∎
証明は純粋な割り算パズルです。共役類のサイズ(1,20,15,12,12)を、恒等の 1 を必ず含めつつ足して
60 の約数を作ろうとすると、自明な 1 と全体 60 しか作れない——だから正規部分群は自明なものだけ。
一般の n≥5 は、A5 の単純性を足がかりに帰納法で示せます。
証明
(n≥6 への帰納、要点。)N⊴An、N={e} とする。N が非自明な σ を含むとき、うまく共役を取って
σ が 3-巡回置換を1つ含むよう変形でき、N は少なくとも1つの 3-巡回置換をもつことが示せる。An の
3-巡回置換はすべて互いに共役(n≥5)なので、N は全ての 3-巡回置換を含み、それらが An を生成するから N=An。
(各 n 点のうち 5 点への制限で A5 の単純性に帰着する議論を組み合わせる。)∎
∎
単純性が意味すること
系 An は n≥5 で非可解、S₅ も非可解
n≥5 で An は非可換な単純群。ゆえに An は可解群でなく(第11章)、Sn も非可解。
特に S5 は可解でない。
これが決定打です。ガロア理論(ガロア理論)は「方程式がべき根で解ける ⟺ そのガロア群が可解群」
と教えます。一般 5 次方程式のガロア群は S5。S5 が可解でない以上、一般 5 次方程式にはべき根による解の公式が
存在しない(アーベル–ルフィニの定理)。A5 が単純である——たった 60 個の偶置換の世界の性質——が、
300 年探された解の公式が原理的に存在しないことの、数学的な理由なのです。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 符号は互換の個数の偶奇(表し方によらない)。 互換の積の表し方自体は一意でないが、偶奇は不変。Δ を使う証明が明快。
- An が単純なのは n≥5。 A3≅Z3 は単純(素数位数)だが可換。A4 は単純でない(位数 4 の正規部分群 V4 をもつ)。n≥5 で初めて「非可換単純」。
- 単純性と非可解性は別概念だが繋がる。 非可換単純群は可解でない(組成因子に自分自身が現れる、第11章)。A5 が最小の非可換単純群。
この章のまとめ
- 置換は巡回置換・互換の積に分解でき、符号 sgn(互換の個数の偶奇、Δ で well-defined)は準同型。その核が交代群 An(指数 2 で正規、3-巡回置換で生成)。
- n≥5 で An は単純。A5 は共役類サイズ 1,20,15,12,12 の割り算パズルで単純性が出る(最小の非可換単純群)。
- 帰結:An, Sn(n≥5)は非可解。S5 の非可解性が、ガロア理論を通じて5次方程式の解の公式の不存在を導く。
具体群を離れ、次章は有限アーベル群を完全に分類する——アーベル群の基本定理へ進みます。