第14章 公理的集合論 ZFC
すべての数学を、集合の上に建てる
現代数学のほとんどは「集合」で書けます。自然数も、実数も、関数も、空間も、突き詰めれば集合。 だとすれば、集合そのもののルールを厳密に定めれば、数学全体に共通の土台が得られます。
ところが「集合とは、条件を満たすものの集まり」という素朴な定義は、破綻します。ラッセルが示した通り、 「自分自身を要素に含まない集合すべての集合」を考えると矛盾する。土台にひびが入っては元も子もない。 そこで、どんな集まりを集合として認めるかを公理で慎重に制限したのが ZFC(ツェルメロ–フレンケル+選択公理)です。 この章は ZFC の公理を動機とともに並べ、そこから順序数・基数という「無限の目盛り」を組み立てます。 これが第1章で触れた濃度論の、公理的な足場になります。
素朴集合論はラッセルのパラドックスで破綻する。ZFC は「認めてよい集合」を公理で制限した数学の土台。
ラッセルのパラドックス
定理 ラッセルのパラドックス
「任意の性質 に対し が集合である」(無制限内包)を認めると矛盾する。
証明
(自分自身を要素にもたない集合すべて)を考える。 か? なら定義より 。 なら定義より 。どちらでも矛盾。∎
またしても自己言及+否定(前2章と同型)です。教訓は「どんな集まりも集合、とはできない」。 ZFC の解決策は、既にある集合から新しい集合を作る操作だけを許すこと。 を無条件には作らず、 「既存の集合 の中で を満たすもの 」だけを許す(分出公理)。これでラッセルの は作れません。
ZFC の公理
言語は (帰属関係)ただ一つ。すべては「集合が集合を要素にもつ」だけで書きます。
定義 ZFC 公理系
(外延性)同じ要素をもつ集合は等しい。(空集合) が存在。(対) から 。 (和集合) が存在。(べき集合) が存在。 (無限) かつ なる無限集合 が存在。 (分出・図式) が存在。(置換・図式)関数的 による像 が集合。 (基礎・正則性)空でない集合は -極小元をもつ( の無限降下鎖・自己帰属を禁止)。 (選択)空でない集合の族に選択関数が存在。
各公理は「必要な集合を作る」ための道具です。外延性が集合の同一性を(要素だけで)決め、対・和・べき集合・置換が 新しい集合を生み、無限公理が を可能にし()、 基礎公理が のような病的な集合を排除して、集合の宇宙を階層 (累積階層)に整えます。 分出・置換は図式(各論理式 ごとに1つ)なので、ZFC は無限個の公理からなります——第13章の 「帰納的公理化」に収まり、だから ZFC も不完全性を免れません。
順序数
「無限番目」を数える目盛りが順序数です。ノイマンの定義は鮮やかで、順序数を自分より小さい順序数全体の集合とします。
定義 順序数
で整列され、かつ推移的(要素の要素も要素)な集合を順序数という。 、そして最初の無限順序数 。 その後 と続く。
順序数の要点は「」で、順序数全体が で整列されること(どの空でない集まりにも最小元)。 これが自然数の数学的帰納法を無限へ延長します。
定理 超限帰納法・超限再帰
順序数上の性質 について「すべての で なら 」が全 で成り立てば、 は全順序数で成り立つ (超限帰納法)。同様に、より小さい順序数での値から値を定める再帰で、順序数上の関数を定義できる(超限再帰)。
第13章のゲンツェンが使った「 までの超限帰納法」は、まさにこれの 版でした。 順序数は、後続順序数()と、極限順序数()に分かれ、それぞれで帰納法のステップが違います。
基数と濃度算術
順序数は「並べ方の型」を測りますが、第1章の濃度(大きさ)を測るには基数を使います。
定義 基数・アレフ
どの小さい順序数とも濃度が等しくない順序数を基数という(各集合の濃度=それと対等な最小の順序数、AC のもとで定まる)。 無限基数を と並べる。、 は最小の非可算基数。
定理 無限基数の算術
無限基数 (少なくとも一方が無限、)について 一方、べき乗は非自明で (カントール)。
無限では足し算・掛け算が大きい方に吸収されて潰れます(、—— 第1章の「可算×可算=可算」)。面白さはすべてべき乗 に集まります。(連続体濃度、 の濃度)が なのか なのか…——これが連続体仮説で、次章の主題です。ここで共終数 ( に届く最短の増加列の長さ)が効き、ケーニヒの定理 が 等を縛ります。
選択公理の帰結
集合と位相 第2章で見た選択公理(AC)は、集合論では基数論の前提として働きます。
定理 AC の主要帰結
AC は次と同値:整列可能定理(任意の集合は整列できる)、ツォルンの補題。帰結として—— 任意の集合に基数(濃度)が定まる(どの集合も適当な と対等)、任意の2集合の濃度は比較可能(三分律)、 ベクトル空間に基底が存在(線形代数)、体に代数閉包が存在、など。
AC なしでは「濃度で大小が付かない集合」がありえます。整列可能定理が「どんな集合も のどれかと対等」を保証して初めて、 基数の理論がきれいに回る。一方 AC は非構成的で、バナッハ–タルスキーの逆説のような直感に反する帰結も生む—— その光と影が、次章の独立性と、AC を否定する決定性公理(AD)への伏線になります。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- ZFC は「集合とは何か」を定義しない。 の振る舞いを公理で規定するだけ。「集合」は無定義語で、公理を満たすものが集合。
- 順序数と基数は別。 順序数は「並べ方の型」、基数は「大きさ」。 はすべて濃度 (順序型は違うが同じ大きさ)。
- 無限の足し算・掛け算は潰れる。 非自明なのはべき乗だけ。 だが 。
- ZFC も不完全。 分出・置換は無限個の公理図式だが帰納的公理化なので、第13章より ZFC は自分の無矛盾性を証明できず、決定不能命題をもつ。
この章のまとめ
- 素朴集合論はラッセルのパラドックス(自己言及+否定)で破綻。ZFC は「既存の集合から作る操作」だけを公理で許し、累積階層 を築く。
- 順序数( で整列・推移的な集合)が無限の番号を与え、超限帰納法・再帰を可能にする。**基数(アレフ)**が濃度を測り、無限では和・積は潰れ、べき乗 だけが非自明。
- 選択公理は整列可能定理・ツォルンと同値で、「任意の集合に濃度が定まる」を保証。基数論の前提だが非構成的な帰結ももつ。
次章は、ZFC でも決められない問題——連続体仮説の独立性を、構成可能集合 L と強制法で扱います。