第1章 表現とは
抽象的な群を、行列に翻訳する
群論で、群は対称性の骨格だと学びました。でも「 生成元 関係 」のように 抽象的に与えられた群は、そのままでは計算しにくい。そこで発想を変えます——群の各元を、具体的な行列に 対応させる。群の掛け算が、行列の掛け算になるように翻訳するのです。
この翻訳が「表現」です。抽象的な対称性を、線形代数という計算可能な世界へ写し取る。 行列なら、トレース・行列式・固有値が計算でき、対角化もできる。「群を線形代数で調べる」——それが表現論の 出発点です。物理(素粒子・結晶)から数論まで、対称性のあるところ表現論あり、と言える強力な道具です。
表現=群を行列に翻訳する準同型 。抽象的な対称性を、計算可能な線形代数へ写し取る。
表現の定義
定義 表現
群 の(体 上の)表現とは、ベクトル空間 と群準同型
(各元 に可逆線形変換 を、 を保って対応)の組。 を表現の次数 (次元)という。 を表現空間という。基底を選べば は行列。
核心は「」——群の掛け算が行列の掛け算に翻訳されること。これで群の構造が行列の 世界に忠実に映ります。以下、断らない限り は有限群、(複素数)とします。この設定が、 最も美しく完全な理論(指標理論、第5章以降)を生みます。
例 表現の例(易→難)
- 自明表現:すべての を ( 単位行列)へ。次数 。どんな群にもある。
- 符号表現(対称群 ): を符号 へ。次数 。
- 置換表現: が集合 に作用するとき、 を基底とする空間 上で、 が基底を置換する ( 行列)。
- 標準表現:二面体群 が正 角形を動かす への作用(次の実演)。次数 。
二面体群を行列で見る
抽象的な定義を、具体的な図形で体感しましょう。正 角形の対称性(回転と鏡映)のなす二面体群 は、 平面 に自然に作用します——各対称性が 行列になる。下で確かめてください。
回転 (角 )は回転行列、鏡映 は行列式 の鏡映行列になります。群の元が 行列に翻訳され、群の掛け算が行列の掛け算に対応する——これが表現です。しかも、行列のトレース (対角成分の和)を見ると、回転は 、鏡映はつねに 。このトレースが第5章の「指標」—— 元の“種類”を一つの数で捉える、表現論の主役——の芽です。
同値な表現と忠実表現
同じ群の表現でも、基底を取り替えれば行列は変わります。基底の違いを除いて「同じ」表現を同値といいます。
定義 同値・忠実
二つの表現 が同値とは、可逆線形写像 で ()となるもの(絡作用素)が存在すること。 ——基底の取り替え。 が単射()のとき忠実という。
同値な表現は「本質的に同じ翻訳」——基底の取り替え で移り合う(線形代数の相似)。 だから表現論は、表現を同値を除いて分類します。忠実表現は「群の情報を余さず映す」翻訳()。 一方、自明表現は忠実でない(全部 に潰れる)——群を捨てる翻訳です。表現論の目標は、あらゆる表現を、 これ以上分解できない部品(既約表現、次章)の組み合わせとして、同値を除いて理解することです。
注意 なぜ複素数・有限群なのか
(代数閉・標数 )と有限群の組み合わせが、表現論を最もきれいにする。複素数だと固有値が必ず あり、有限群だと「群全体で平均する」(次章マシュケ)が使えて、すべての表現が既約の直和にきれいに分解する。 リー群第10・11章で見たコンパクト群の表現論(ハール測度で平均)は、有限群の を積分に置き換えた連続版——同じ精神。標数が を割る体(正標数)では平均ができず理論が 崩れる(モジュラー表現論という別世界)。本分野はこの“良い”設定を扱う。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 表現=準同型 。 「群を行列に」だが、掛け算 を保つのが命。ただの 対応でなく準同型。
- 同値な表現は基底違い。 で移り合う。表現は同値を除いて分類する。
- 忠実 ≠ 全表現。 忠実は単射(群を余さず映す)。自明表現は忠実でない。表現には群を潰すものもある。
- 指標(トレース)が元の種類を捉える。 同値な表現・共役な元でトレースは不変(次章以降)。表現論の主役。
この章のまとめ
- 表現=群準同型 (群を行列に翻訳、掛け算を保つ)。抽象的な対称性を計算可能な線形代数へ写す。例:自明・符号・置換・標準表現。
- 二面体群 の標準表現では、回転・鏡映が 行列に。トレース(指標の芽)が元の種類を一つの数で捉える。
- 同値(基底違い )を除いて表現を分類。忠実表現は群を余さず映す。舞台は複素数・有限群(平均化がきく最も良い設定)。
- 次章では、表現を「これ以上分解できない部品」=既約表現に分け、有限群では必ず既約の直和になること(マシュケの定理)を見ます。
次章では、部分表現・既約表現を定義し、有限群の複素表現がつねに既約表現の直和に分解すること(マシュケの定理・完全可約性)を証明します。