数学の作り方 How to make Mathematics

第9章 指標表を作る

道具を実践に移す

前章までで、指標表を扱う道具がすべて揃いました。この章では、それを使って実際に指標表を手で構成します。 戦略は決まっています——いくつか簡単に作れる表現(自明・符号・置換)の指標を書き込み、次元の二乗和で 足りない既約を見つけ、直交関係で未知の行を埋める。表現論が「パズルを解く」実践になります。

具体例で手順を体で覚えるのが、この章の目的です。S3S_3 で流れを掴み、S4S_4 で本格的に、Q8Q_8 で「D4D_4 と 同じ表になる」という繊細さを見ます。

指標表の構成:簡単な表現を書き込み、di2=G\sum d_i^2=|G| で欠けた既約を見つけ、直交関係で穴を埋める。

S₃ の指標表

S3S_3(位数 66)で流れを掴みます。共役類は ee11 個)、互換 (12)(12) 型(33 個)、33-サイクル (123)(123) 型 (22 個)の**33 個**——だから既約表現も 33 個(第7章)。

S₃ の指標表の構成

手順1(次元)6=di26=\sum d_i^2di6d_i\mid611 を含む(自明)。33 個の既約なので 6=12+12+226=1^2+1^2+2^2——次元は 1,1,21,1,2手順2(1次表現):自明 χ1=(1,1,1)\chi_1=(1,1,1)、符号 χ2=(1,1,1)\chi_2=(1,-1,1)(互換で 1-1)。手順3(残りを直交で)22 次の χ3=(2,a,b)\chi_3=(2,a,b)χ3(e)=2\chi_3(e)=2。第一直交 χ3,χ1=0\langle\chi_3,\chi_1\rangle=016(2+3a+2b)=0\frac16(2+3a+2b)=0χ3,χ2=0\langle\chi_3,\chi_2\rangle=016(23a+2b)=0\frac16(2-3a+2b)=0。解いて a=0,b=1a=0,b=-1χ3=(2,0,1)\chi_3=(2,0,-1)

ee (1)(12)(12) (3)(123)(123) (2)
χ1\chi_1 (triv)111
χ2\chi_2 (sgn)1−11
χ3\chi_3 (std)20−1

χ3,χ3=16(4+0+2)=1\langle\chi_3,\chi_3\rangle=\frac16(4+0+2)=1 で既約性も確認。(χ3\chi_3 は標準表現=置換表現から自明を除いたもの。)

三段階——次元を二乗和で決め、11 次表現を書き、残りを直交で解く——で S3S_3 の指標表が完成しました。 直交関係が連立方程式になり、未知の指標値が一意に決まる。これが構成の基本パターンです。

S₄ の指標表

S4S_4(位数 2424)で本格的に。共役類は元の型(サイクル型)で決まり、e, (12), (12)(34), (123), (1234)e,\ (12),\ (12)(34),\ (123),\ (1234)55——既約表現も 55 個。

S₄ の指標表

次元24=di224=\sum d_i^255 個、di24d_i\mid2424=12+12+22+32+3224=1^2+1^2+2^2+3^2+3^2——次元 1,1,2,3,31,1,2,3,3既知の表現:自明 (1,1,1,1,1)(1,1,1,1,1)、符号 (1,1,1,1,1)(1,-1,1,1,-1)、標準表現(置換表現 - 自明、41=34-1=3 次) (3,1,1,0,1)(3,1,-1,0,-1)、標準 \otimes 符号(33 次)(3,1,1,0,1)(3,-1,-1,0,1)残りの 22は、S4S3S_4\twoheadrightarrow S_3( クラインの四元群で割る)の標準表現の引き戻し (2,0,2,1,0)(2,0,2,-1,0)、または直交関係で決定。

ee (1)(12)(12) (6)(12)(34)(12)(34) (3)(123)(123) (8)(1234)(1234) (6)
triv11111
sgn1−111−1
χ2\chi_2 (2次)202−10
std (3次)31−10−1
std⊗sgn3−1−101

各行のノルムが 11(既約)、行どうしが直交、di2=1+1+4+9+9=24\sum d_i^2=1+1+4+9+9=24——すべて整合。

S4S_4 では、置換表現(S4S_444 点に作用)から標準表現(33 次)が取れ、符号とのテンソルでもう一つの 33 次が できます。22 次は S4S_4S3S_3 に落とす準同型(正規部分群 V4V_4 で割る)から。既知の構成+直交+二乗和で、 55 個の既約がすべて埋まります。実際の指標表は、前章のインタラクティブでも 確認できます。

同じ指標表、違う群——Q₈ と D₄

最後に、第7章で触れた繊細な例。位数 88 の非可換群 Q8Q_8(四元数群)と D4D_4(正方形の 対称群)は、指標表が完全に同じなのに同型でない

定理 Q₈ と D₄ の指標表は一致

Q8Q_8D4D_4 はともに位数 88、共役類 55 個、既約次元 1,1,1,1,21,1,1,1,28=41+48=4\cdot1+4)。両者の指標表は

11222χ111111χ211111χ311111χ411111χ522000\begin{array}{c|ccccc} & 1 & 1 & 2 & 2 & 2\\\hline \chi_1&1&1&1&1&1\\ \chi_2&1&1&1&-1&-1\\ \chi_3&1&1&-1&1&-1\\ \chi_4&1&1&-1&-1&1\\ \chi_5&2&-2&0&0&0\end{array}

完全に一致する。だが Q8≇D4Q_8\not\cong D_4Q8Q_8 は位数 22 の元が一つ、D4D_4 は五つ——群として別物)。

これは重要な教訓です。指標表は表現論の全情報を持つが、群を完全には決めないQ8Q_8D4D_4 は、行列表現の “形”(指標)としては区別できないが、群の内部構造(元の位数の分布)が違う。指標表は強力だが万能ではない—— 表現論と群論は、深く結びつきつつも一致はしない、という繊細な関係を示す好例です。

注意 構成の技法まとめ

指標表を作る標準手順——

  1. 共役類を数える(=既約表現の個数、表の大きさ)。
  2. di2=G\sum d_i^2=|G|diGd_i\mid|G| で次元を決める(11 次は自明を必ず含む)。
  3. 簡単な表現(自明・符号・置換・部分群からの誘導)で行を埋める。
  4. 残りを直交関係の連立方程式で解く(未知の指標値が一意に決まる)。
  5. 各行のノルム =1=1(既約性)と行・列の直交で検算。 この手順は任意の有限群に効く。表現論が「計算で解けるパズル」になっているのが、指標理論の到達点。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 構成は「二乗和で次元→既知の表現→直交で穴埋め」。 手探りでなく、制約(di2=G\sum d_i^2=|G|、直交)が値を一意に 決める。
  • 標準表現=置換表現 − 自明。 SnS_n44 点置換なら 41=34-1=3 次。既約。符号とのテンソルで別の既約も作れる。
  • 指標表は群を決めない。 Q8Q_8D4D_4 は同じ表だが非同型。表現論の限界。
  • 既約性はノルムで検算。 χ,χ=1\langle\chi,\chi\rangle=1。構成した行が本当に既約かを確かめる。

この章のまとめ

  • 指標表の構成手順:共役類を数える → di2=G, diG\sum d_i^2=|G|,\ d_i\mid|G| で次元 → 既知の表現(自明・符号・置換)→ 直交関係の連立で残りを解く → ノルム・直交で検算
  • S3S_3(次元 1,1,21,1,2)・S4S_41,1,2,3,31,1,2,3,3)を実際に構成。置換表現から標準表現、符号とのテンソルで既約が得られる。
  • Q8Q_8D4D_4 は同じ指標表だが非同型——指標表は表現論の全情報を持つが群を完全には決めない
  • 有限群の指標理論はここで実践に達した。次章では、部分群と全体群の表現をつなぐ——制限と誘導、フロベニウスの相互律へ進みます。

次章では、部分群への制限と部分群からの誘導表現を導入し、両者を結ぶフロベニウスの相互律を見ます。