第9章 指標表を作る
道具を実践に移す
前章までで、指標表を扱う道具がすべて揃いました。この章では、それを使って実際に指標表を手で構成します。 戦略は決まっています——いくつか簡単に作れる表現(自明・符号・置換)の指標を書き込み、次元の二乗和で 足りない既約を見つけ、直交関係で未知の行を埋める。表現論が「パズルを解く」実践になります。
具体例で手順を体で覚えるのが、この章の目的です。 で流れを掴み、 で本格的に、 で「 と 同じ表になる」という繊細さを見ます。
指標表の構成:簡単な表現を書き込み、 で欠けた既約を見つけ、直交関係で穴を埋める。
S₃ の指標表
(位数 )で流れを掴みます。共役類は ( 個)、互換 型( 個)、-サイクル 型 ( 個)の** 個**——だから既約表現も 個(第7章)。
例 S₃ の指標表の構成
手順1(次元):、、 を含む(自明)。 個の既約なので ——次元は 。手順2(1次表現):自明 、符号 (互換で )。手順3(残りを直交で): 次の は 。第一直交 :、 :。解いて 。。
| (1) | (3) | (2) | |
|---|---|---|---|
| (triv) | 1 | 1 | 1 |
| (sgn) | 1 | −1 | 1 |
| (std) | 2 | 0 | −1 |
で既約性も確認。( は標準表現=置換表現から自明を除いたもの。)
三段階——次元を二乗和で決め、 次表現を書き、残りを直交で解く——で の指標表が完成しました。 直交関係が連立方程式になり、未知の指標値が一意に決まる。これが構成の基本パターンです。
S₄ の指標表
(位数 )で本格的に。共役類は元の型(サイクル型)で決まり、 の 個——既約表現も 個。
例 S₄ の指標表
次元:、 個、。——次元 。 既知の表現:自明 、符号 、標準表現(置換表現 自明、 次) 、標準 符号( 次)。残りの 次は、( クラインの四元群で割る)の標準表現の引き戻し 、または直交関係で決定。
| (1) | (6) | (3) | (8) | (6) | |
|---|---|---|---|---|---|
| triv | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| sgn | 1 | −1 | 1 | 1 | −1 |
| (2次) | 2 | 0 | 2 | −1 | 0 |
| std (3次) | 3 | 1 | −1 | 0 | −1 |
| std⊗sgn | 3 | −1 | −1 | 0 | 1 |
各行のノルムが (既約)、行どうしが直交、——すべて整合。
では、置換表現( が 点に作用)から標準表現( 次)が取れ、符号とのテンソルでもう一つの 次が できます。 次は を に落とす準同型(正規部分群 で割る)から。既知の構成+直交+二乗和で、 個の既約がすべて埋まります。実際の指標表は、前章のインタラクティブでも 確認できます。
同じ指標表、違う群——Q₈ と D₄
最後に、第7章で触れた繊細な例。位数 の非可換群 (四元数群)と (正方形の 対称群)は、指標表が完全に同じなのに同型でない。
定理 Q₈ と D₄ の指標表は一致
と はともに位数 、共役類 個、既約次元 ()。両者の指標表は
で完全に一致する。だが ( は位数 の元が一つ、 は五つ——群として別物)。
これは重要な教訓です。指標表は表現論の全情報を持つが、群を完全には決めない。 と は、行列表現の “形”(指標)としては区別できないが、群の内部構造(元の位数の分布)が違う。指標表は強力だが万能ではない—— 表現論と群論は、深く結びつきつつも一致はしない、という繊細な関係を示す好例です。
注意 構成の技法まとめ
指標表を作る標準手順——
- 共役類を数える(=既約表現の個数、表の大きさ)。
- と で次元を決める( 次は自明を必ず含む)。
- 簡単な表現(自明・符号・置換・部分群からの誘導)で行を埋める。
- 残りを直交関係の連立方程式で解く(未知の指標値が一意に決まる)。
- 各行のノルム (既約性)と行・列の直交で検算。 この手順は任意の有限群に効く。表現論が「計算で解けるパズル」になっているのが、指標理論の到達点。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 構成は「二乗和で次元→既知の表現→直交で穴埋め」。 手探りでなく、制約(、直交)が値を一意に 決める。
- 標準表現=置換表現 − 自明。 の 点置換なら 次。既約。符号とのテンソルで別の既約も作れる。
- 指標表は群を決めない。 と は同じ表だが非同型。表現論の限界。
- 既約性はノルムで検算。 。構成した行が本当に既約かを確かめる。
この章のまとめ
- 指標表の構成手順:共役類を数える → で次元 → 既知の表現(自明・符号・置換)→ 直交関係の連立で残りを解く → ノルム・直交で検算。
- (次元 )・()を実際に構成。置換表現から標準表現、符号とのテンソルで既約が得られる。
- と は同じ指標表だが非同型——指標表は表現論の全情報を持つが群を完全には決めない。
- 有限群の指標理論はここで実践に達した。次章では、部分群と全体群の表現をつなぐ——制限と誘導、フロベニウスの相互律へ進みます。
次章では、部分群への制限と部分群からの誘導表現を導入し、両者を結ぶフロベニウスの相互律を見ます。