第10章 比較定理I — ボンネ–マイヤー
局所の曲率が、空間の大きさを縛る
いよいよ比較幾何の本丸です。「曲率という局所の情報が、空間の直径・体積・位相という大域の性質を 決める」——これが比較定理の精神です。第一の定理はボンネ–マイヤー:リッチ曲率に正の下界があると、空間は それ以上大きくなれず、有限に閉じてコンパクトになる。
直感は第8章のヤコビ場です。正曲率は測地線を引き戻し、共役点で交わらせる(第8章)。共役点の先では測地線が 最短でなくなる。だから、正曲率が十分強ければ、測地線は「ある長さより先へは最短として伸びられない」—— それが空間の直径の上限を与えるのです。局所の曲がりが、大域の“大きさの天井”を作る。
ボンネ–マイヤー:リッチ曲率が正の下界 をもつ完備多様体は、直径 で有界・コンパクト。
ボンネ–マイヤーの定理
定理 ボンネ–マイヤーの定理
完備な 次元リーマン多様体 のリッチ曲率が
をみたすなら、 は
(直径が有界)で、したがってコンパクト。さらに基本群 は有限。
証明
背理法+ヤコビ場(第二変分)。 なる二点があると仮定し、最短測地線 (ホップ–リノウ、 第9章)を長さ でとる。 に沿う適当なヤコビ場的な変分ベクトル場 ( は平行な正規直交枠)で長さの第二変分を計算すると、その総和が
( より )。第二変分が負= の近くにより短い道がある。これは が 最短であることに矛盾。よって 。有界閉+完備でコンパクト(ホップ–リノウ)。∎
証明の心臓は「長さの第二変分が負になる」こと。第一変分がゼロ(測地線)でも、二階微分(第二変分)が負なら、 その測地線は最短でない——山の峠のように、ずらせば短くなる。リッチ曲率の正の下界が、 が大きいとこの第二 変分を負に追い込む。第8章の共役点(測地線が最短でなくなる)を、リッチ曲率の平均で定量化したのがこの証明です。
例 球面とその御利益
半径 の球面 はリッチ曲率 ()で、直径 ——ボンネ–マイヤーの 等号を達成。定理は「球面と同じかそれ以上に曲がっていれば、球面と同じかそれ以下の大きさ」と読める。 応用として、リッチ曲率が正の一様下界をもつ空間は、決して無限に広がれない——たとえ計量が複雑でも、 正曲率が一定以上なら宇宙は閉じている。
曲率から位相へ
ボンネ–マイヤーの真価は、幾何(曲率・直径)を超えて位相(コンパクト性・基本群)を縛る点にあります。
注意 基本群が有限になる仕組み
たとえば、トーラス ( で無限)には、リッチ曲率が正で一様下界をもつ計量は入らない。 どんなに計量を工夫しても、無限の基本群がボンネ–マイヤーと矛盾するからです。曲率の正定値性が、位相によって 禁じられる——幾何と位相の深い緊張関係が、この一点に凝縮されています。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 必要なのはリッチ曲率の下界(断面曲率でなく)。 ボンネ–マイヤーは平均的な曲率(リッチ)が正で十分。より弱い 条件で強い結論。
- 正の“下界”が命。 リッチ だけでは足りず、一様な正の下界 が要る( 定数)。 でも 下界が に近づくと無限に広がりうる(放物面など)。
- 証明は第二変分が負=最短でない。 共役点(第8章)の定量版。長すぎる測地線は第二変分が負になり最短性を失う。
- 結論はコンパクト+基本群有限。 幾何(直径有界)だけでなく位相まで縛る。トーラスに正リッチ計量は入らない。
この章のまとめ
- ボンネ–マイヤーの定理:リッチ曲率が正の下界 をもつ完備多様体は、直径 で有界・コンパクト、基本群 は有限。
- 証明の核は長さの第二変分が負(長すぎる測地線は最短でない)——第8章の共役点をリッチ曲率で定量化。球面が等号を達成。
- 帰結:正のリッチ下界をもつ空間は無限に広がれず、位相まで縛られる(トーラスに正リッチ計量は入らない)。局所の曲がりが大域の大きさと位相を決める。
- 正曲率は空間を閉じ込めた。次章は逆——非正曲率が空間を単純に開かせるカルタン–アダマールの定理と、体積比較を見ます。
次章では、非正曲率の完備単連結多様体が ℝⁿ に微分同相になること(カルタン–アダマール)と、体積比較定理の概観を扱います。