第9章 多項式環とガウスの補題
係数環の良さは、多項式環に受け継がれるか
K[x](体上の一変数多項式)はユークリッド整域で、一意分解できました(第7章)。では係数が体でない
Z[x] はどうか。これは PID ではありません(第7章:(2,x) が非単項)。それでも Z[x] で
素因数分解が一意にできる——つまり UFD である——ことを保証するのが、この章のガウスの補題です。
鍵は「係数の共通因子(内容)」を分離する操作です。Z[x] の多項式を「係数の gcd」と「係数が互いに素な部分(原始多項式)」に
分け、原始多項式の積がまた原始的だ(ガウスの補題)と示せば、Z[x] の一意分解が Z と Q[x] の一意分解に
帰着します。結論「UFD ⇒ UFD[x] も UFD」から、Z[x] も K[x1,…,xn](多変数)も UFD だと分かる——
代数幾何や次章の既約性判定の土台になる、実り多い定理です。
ガウスの補題:原始多項式の積は原始的。帰結としてUFD 上の多項式環は UFD。Z[x]、K[x1,…,xn] は UFD。
多項式環の基本
定義 多項式環と次数
可換環 R 上の多項式環 R[x]={anxn+⋯+a1x+a0:ai∈R}。最高次の係数が非零のときその次数を degf、
最高次係数を先頭係数という。R が整域なら R[x] も整域で deg(fg)=degf+degg、単元は R×(定数の単元)のみ。
命題 割り算(先頭係数が単元のとき)
R 可換環、g∈R[x] の先頭係数が単元なら、任意の f に対し f=qg+r(degr<degg)となる q,r が一意に存在。
特に g がモニック(先頭係数 1)なら常に割れる。
体 K 上なら全非零定数が単元なので、K[x] は常に割り算でき ED でした。係数が Z だと先頭係数が単元でないと割れず、
そのぶん理論が繊細になります。そこを乗り越える道具が「内容」です。
内容と原始多項式
定義 内容・原始多項式
UFD R の多項式 f=anxn+⋯+a0∈R[x] に対し、係数の最大公約数 c(f)=gcd(a0,…,an) を内容という
(同伴を除いて定まる)。c(f) が単元(係数が互いに素)のとき f を原始多項式という。
任意の f∈R[x] は f=c(f)⋅f0(f0 原始的)と分離できます。「係数の共通因子をくくり出す」操作です。
この分離のもとで、内容が積とどう振る舞うかが核心になります。
ガウスの補題
定理 ガウスの補題
UFD R において、原始多項式の積は原始多項式。したがって c(fg)=c(f)c(g)(内容は乗法的)。
証明
f,g 原始的とし、fg が原始的でないと仮定する。すると fg の全係数を割る素元 p がある。剰余環 R/(p) は整域
(p 素元ゆえ (p) 素イデアル)なので、(R/(p))[x] も整域。fˉ,gˉ を R/(p) 係数への還元とすると
fˉgˉ=fg=0。整域なので fˉ=0 または gˉ=0、つまり p が f の全係数か g の全係数を割る——
f,g が原始的であることに反する。ゆえ fg は原始的。c(fg)=c(f)c(g) は f=c(f)f0,g=c(g)g0 と分離して従う。∎
∎
証明の急所は「p で還元すると整域 (R/(p))[x] に落ち、fˉgˉ=0⇒fˉ=0 or gˉ=0」。
素イデアルで割ると整域になる(第4章)ことが、ここで効いています。この乗法性が、多項式環の一意分解を運びます。
UFD 上の多項式環は UFD
定理 ガウスの定理
R が UFD なら R[x] も UFD。したがって R が UFD なら R[x1,…,xn] も UFD。
証明
(要点。)R の商体を F とする。F[x] は体上の多項式環ゆえ UFD(ED)。R[x] の既約元は、R の素元(定数)か、
原始的で F[x] で既約な多項式に限る(ガウスの補題より、R[x] での既約性と F[x] での既約性が原始多項式について一致する)。
f∈R[x] を f=c(f)f0 と分け、c(f) を R で既約分解(R が UFD)、f0 を F[x] で既約分解して分母を払い原始化する。
内容の乗法性(ガウスの補題)が、この分解の一意性を保証する。∎
∎
系 重要な UFD
Z[x]、Z[x1,…,xn]、K[x1,…,xn](体上の多変数多項式環)はすべて UFD。
(ただし2変数以上・係数 Z では PID ではない。)
多変数多項式環が UFD であることは、代数幾何で「多項式(超曲面)の既約分解」を扱う基礎です。
K[x,y,z] で「既約多項式=既約な超曲面」という辞書が、この定理で保証されます。
ガウスの補題の系:既約性の橋
系 R[x] と F[x] の既約性
R を UFD、F をその商体とする。原始多項式 f∈R[x](degf≥1)について、
f が R[x] で既約 ⟺f が F[x] で既約.
これは実用上とても重要です。「Z[x] での既約性」と「Q[x] での既約性」が(原始多項式について)一致する——
だから次章の既約性判定(Z 係数で調べれば Q 上でも既約)が正当化されます。有理数係数の多項式の既約性を、
整数係数に還元して調べられるのです。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- R[x] が UFD でも PID とは限らない。 Z[x] は UFD だが非 PID。「UFD ⇒ UFD[x]」は保つが「PID ⇒ PID[x]」は偽(K[x] は PID だが K[x,y] は非 PID)。
- 内容は同伴を除いて定まる。 gcd が同伴を除いて一意なので、c(f) も。原始性は「係数が互いに素」。
- ガウスの補題の核心は素イデアルで還元して整域を使う点。 R/(p) が整域だから fˉgˉ=0 で片方が 0。
- 既約性の橋は原始多項式について。 2x∈Z[x] は Q[x] で既約(x と同伴)だが Z[x] では 2⋅x と分解(原始的でない)。
この章のまとめ
- 多項式の内容 c(f)(係数の gcd)で f=c(f)f0(原始的)と分離。ガウスの補題:原始多項式の積は原始的(c(fg)=c(f)c(g))、証明は素イデアルで還元して整域を使う。
- UFD ⇒ UFD[x] も UFD(ガウスの定理)。ゆえ Z[x]、K[x1,…,xn] は UFD(多変数でも一意分解、代数幾何の土台)。
- 系:原始多項式は R[x] で既約 ⟺F[x] で既約。有理係数の既約性を整数係数に還元して調べられる(次章の判定法の正当化)。
次章は、この橋を使って多項式の既約性を実際に判定する——有理根定理・mod p 還元・アイゼンシュタインの判定法を扱います。