数学の作り方 How to make Mathematics

第8章 一意分解の証明(PID ⇒ UFD)

「素因数分解できる」を、公理から証明する

Z\mathbb Z で素因数分解が一意なのは、小学校以来の“常識”です。でも本当は証明を要する定理でした(算術の基本定理)。 そして前章で見たように、Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] では成り立たない——だから「なぜ Z\mathbb Z では成り立つのか」を、その根拠まで 遡って理解する必要があります。

この章は、階層の要である PID ⇒ UFD を完全に証明します。一意分解の主張は2つの部分に分かれます—— 存在(各元が既約元の積に書ける)と一意性(その分解が本質的に一通り)。存在は「イデアルの昇鎖が止まる」 という有限性(ネーター性、第12章の主題)から、一意性は「PID では既約元=素元」という 第6章の橋から出ます。証明の構造を追うことで、Z\mathbb Z の一意分解が何に支えられていたのかが見えます。

PID ⇒ UFD。存在はイデアルの昇鎖条件(分解が止まる)、一意性は「既約=素」から。Z\mathbb Z の一意分解の根拠。

準備:PID では既約元は素元

一意性の鍵になる橋を、まず PID で確立します(第6章の「UFD で既約=素」を、UFD をまだ仮定せず PID で直接示す)。

補題 PID で既約 ⇒ 素

PID RR で、既約元 pp は素元。同値:(p)(p) は素イデアル(実は極大イデアル)。

証明

pp 既約とし、(p)IR(p)\subseteq I\subseteq R なるイデアル II をとる。RR は PID なので I=(a)I=(a)(p)(a)(p)\subseteq(a) より apa\mid pp=abp=abpp 既約ゆえ aa が単元(このとき (a)=R(a)=R)か bb が単元(このとき (a)=(p)(a)=(p))。よって (p)(p)RR の間にイデアルが無く (p)(p)極大イデアル第4章より極大 ⇒ 素、ゆえ (p)(p) は素イデアル、pp は素元。∎

「既約元が生成するイデアルは極大」——PID だからこそ、apa\mid p が「aa が単元か pp と同伴か」の二択に絞られる。 これで一意性の準備ができました。次は存在です。

存在:分解は必ず止まる

「各元が既約元の積に分解できる」を示します。素朴には「分解できなければ、無限に分解し続けられて矛盾」ですが、 それを厳密にするのがイデアルの昇鎖条件です。

補題 PID は昇鎖条件を満たす(ネーター的)

PID RR では、イデアルの昇鎖 (a1)(a2)(a3)(a_1)\subseteq(a_2)\subseteq(a_3)\subseteq\cdots は必ず有限で止まる (ある nn(an)=(an+1)=(a_n)=(a_{n+1})=\cdots)。

証明

I=k(ak)I=\bigcup_k(a_k) はイデアル(昇鎖の和)。RR は PID なので I=(d)I=(d)dI=(ak)d\in I=\bigcup(a_k) ゆえ、ある nnd(an)d\in(a_n)。 すると I=(d)(an)II=(d)\subseteq(a_n)\subseteq I、つまり (an)=I(a_n)=I。以降 (an)=(an+1)==I(a_n)=(a_{n+1})=\cdots=I で止まる。∎

命題 既約分解の存在

PID RR の非零・非単元は、既約元の積に分解できる。

証明

背理法。既約元の積に書けない非零非単元 aa があるとする。aa 自身は既約でない(既約なら自明に書ける)ので a=a1b1a=a_1b_1a1,b1a_1,b_1 ともに非単元)。a1,b1a_1,b_1 の少なくとも一方(a1a_1 とする)も既約分解できない(両方できれば aa もできる)。 a1a_1aa の真の因子ゆえ (a)(a1)(a)\subsetneq(a_1)(同伴でない:b1b_1 が非単元)。同様に a1=a2b2a_1=a_2b_2 と続けると、 (a)(a1)(a2)(a)\subsetneq(a_1)\subsetneq(a_2)\subsetneq\cdots という真に増大する無限の昇鎖ができる。これは昇鎖条件に反する。 ゆえ、そのような aa は無い。∎

「分解し続けると真に増大する昇鎖ができるが、それは止まらねばならない(有限性)——だから分解は有限回で終わる」。 これが存在証明の心臓です。有限性(ネーター性)が「無限に分解し続ける」を禁じるのです。

一意性

命題 既約分解の一意性

PID RR で、p1pr=q1qsp_1\cdots p_r=q_1\cdots q_s(すべて既約元)ならば r=sr=s で、適当に並べ替えると piqip_i\sim q_i(同伴)。

証明

rr に関する帰納法。p1q1qsp_1\mid q_1\cdots q_s で、補題より p1p_1素元なので、ある qjq_j を割る(並べ替えて p1q1p_1\mid q_1)。 q1q_1 は既約で p1p_1 は非単元ゆえ q1=up1q_1=up_1uu 単元)、p1q1p_1\sim q_1。整域で消去律を使い両辺を p1p_1 で割ると p2pr=uq2qsp_2\cdots p_r=u\,q_2\cdots q_s。帰納法の仮定より r1=s1r-1=s-1r=s\Rightarrow r=s)で残りも同伴。∎

一意性の証明で**「p1p_1 が素元」がまさに効いています**(素だから積 q1qsq_1\cdots q_s を割れば、どれか一つの qjq_j を割る)。 Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] で一意性が崩れたのは、既約元が素元でなかったから——ここで前章の反例と正確に繋がります。

定理 PID ⇒ UFD

単項イデアル整域は一意分解整域。

証明

存在(分解の存在、昇鎖条件から)と一意性(同伴・順序を除いて一意、既約=素から)を合わせて UFD の定義を満たす。∎

これで前章の階層 ED ⊂ PID ⊂ UFD の主要な含意が完全に証明されました。とくに Z\mathbb Z(ED)と K[x]K[x](ED)が 一意分解をもつことが、公理から導かれたことになります。

なぜ2つの条件が要るのか

注意 存在と一意性は独立

一意分解には存在(昇鎖条件=有限性)と一意性(既約=素)の両方が要る。片方だけでは不十分:

  • 一意性(既約=素)があっても、分解が存在しない(無限に分解し続ける)環では UFD にならない。
  • 存在があっても、既約と素がずれる(Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}])と一意性が崩れる。

PID はこの両方を自動的に満たす稀な良い環——「イデアルが単項」という一条件から、昇鎖条件と既約=素が 両方導かれる(上の2補題)。だから PID は一意分解できる。有限性と素イデアルの理論、両方の合流点です。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 一意分解=存在+一意性。 どちらも証明が要る。Z\mathbb Z の素因数分解の一意性も定理(自明でない)。
  • 存在は昇鎖条件(ネーター性)から。 「無限に分解し続けられない」を保証するのが有限性。第12章のネーター環の原型。
  • 一意性は既約=素から。 PID では既約元が生成するイデアルが極大(ゆえ素)。この橋が一意性を生む。
  • PID ⇒ UFD は一方向。 UFD が PID とは限らない(Z[x]\mathbb Z[x]前章)。

この章のまとめ

  • PID ⇒ UFD の証明は2本柱。存在:PID はイデアルの昇鎖条件(ネーター的)を満たし、分解が無限に続けないので既約分解が存在する。
  • 一意性:PID では既約元=素元(p)(p) が極大ゆえ素)。素性を使って分解の一意性(同伴・順序を除く)が出る。
  • 一意分解には有限性(存在)と素イデアル論(一意性)の両方が必要。Z,K[x]\mathbb Z,K[x] の一意分解が公理から証明された。Z[5]\mathbb Z[\sqrt{-5}] の崩壊は既約≠素が原因。

整域論を終え、次章から多項式環に焦点を移します。まずはガウスの補題と「UFD 上の多項式環は UFD」を扱います。