数学の作り方 How to make Mathematics

第11章 スキーム

アフィンを貼り合わせる

前章でアフィンスキーム (SpecR,O)(\operatorname{Spec} R,\mathcal O)——任意の環に対応する“図形”——ができました。最後の一手は、 これを貼り合わせて大域的な対象を作ること。射影多様体がアフィン地図の貼り合わせだった(第6章)ように、 一般のスキームはアフィンスキームの貼り合わせです。多様体をチャートで貼った(多様体論)のと まったく同じ発想を、Spec\operatorname{Spec} の上で行います。

スキーム=局所的にアフィンスキーム SpecR\operatorname{Spec} R に見える局所環付き空間。局所は環、大域は貼り合わせ。

スキームの定義

定義 スキーム

局所環付き空間 (X,OX)(X,\mathcal O_X)(位相空間 XX と、茎がすべて局所環である層 OX\mathcal O_X)が スキームであるとは、XX が開集合で覆え、各開集合上で (X,OX)(X,\mathcal O_X)アフィンスキーム (SpecR,O)(\operatorname{Spec} R,\mathcal O) と同型になること。スキームの間のは、局所環を局所環に写す 局所環付き空間の射(局所準同型)。

定義の構造は多様体と瓜二つです。多様体は「局所的に Rn\mathbb R^n に見える空間」でした。スキームは 「局所的に SpecR\operatorname{Spec} R(=環)に見える空間」。チャートが Rn\mathbb R^n からアフィンスキームに置き換わっただけ。 局所はアフィン(環)、大域は貼り合わせ——この一文がスキーム論のすべてを貫きます。

スキームの例

  • アフィンスキーム SpecR\operatorname{Spec} R:最も基本。SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb ZSpeck[x1,,xn]\operatorname{Spec} k[x_1,\dots,x_n]
  • 射影空間 PRn\mathbb P^n_Rn+1n+1 個のアフィン Spec\operatorname{Spec}第6章と同じ貼り方で 貼り合わせる。射影多様体はスキーム。
  • SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z 上の相対スキーム:環準同型 ZR\mathbb Z\to R =射 SpecRSpecZ\operatorname{Spec} R\to\operatorname{Spec}\mathbb Z。 「SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z 上の幾何」=数論。
  • 群スキーム:スキームかつ群(リー群の代数版)。楕円曲線は群スキーム。

なぜスキームが必要か——三つの統一

「多様体で十分では?」という問いに、スキームは三つの決定的な御利益で答えます。古典的代数幾何が扱えなかった 対象を、スキームは自然に飲み込みます。

注意 (1) 数論と幾何の統一

SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z が「11 次元の図形」になることで、整数論が幾何になる第10章)。 方程式 y2=x3+ax+by^2=x^3+ax+bSpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z 上のスキームとみなすと、各素数 pp での「還元」(mod pp の 曲線)が、SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z 上のファイバーとして幾何的に見える。数論の問い(pp で割った余りの世界)が、 幾何の問い(ファイバーの様子)になる。アンドリュー・ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明は、この 「数論=幾何」の枠組み(楕円曲線とモジュラー形式のスキーム論)の上で行われた。

注意 (2) 無限小と重複度の統一

べき零元をもつ環(Speck[x]/(x2)\operatorname{Spec} k[x]/(x^2) など)が図形になることで、無限小の厚み・重複度が正式な対象に なる(第10章)。二重点(x2=0x^2=0)、接ベクトル(Speck[ε]/(ε2)\operatorname{Spec} k[\varepsilon]/(\varepsilon^2) からの射)、変形(パラメータで図形を動かす)——古典では「極限で潰れる」ものが、スキームでは環の構造として 保たれる。ベズーの定理(第5章)の「重複度込みで数える」が、スキーム論では自然に 正当化される。

注意 (3) 族とファイバーの統一

スキームの射 XSX\to S は「SS でパラメータづけられた図形の」とみなせる。各点 sSs\in S 上のファイバー XsX_s が 「その値での図形」。SS を動かすと図形が連続的に変形する。特異点が生じたり消えたりする様子、モジュライ空間 (図形の分類空間)——これらは射 XSX\to S として統一的に扱える。「一つの図形」でなく「図形の族」を第一級の 対象にできるのが、スキームの柔軟さ。

三つの統一——数論・無限小・族——が、スキームを現代数学の中心言語にしました。古典的多様体では別々に 扱うか、そもそも扱えなかった対象が、「局所は任意の環」という一般化で一つの枠に収まります。

良いスキームの条件

任意の環を許すぶん、スキームには“変な”ものも含まれます。実用では、いくつかの良い性質を課します(名前だけ 紹介)。

注意 よく課す条件

  • 被約:構造層にべき零元なし(無限小の厚みなし=古典的)。
  • :既約かつ被約(整域の Spec\operatorname{Spec})。
  • 分離的:多様体の「ハウスドルフ性」の代数版(対角線が閉)。
  • 固有:多様体の「コンパクト性」の代数版。射影スキームは固有。
  • ネーター:局所的にネーター環(環論、無限降下を止める)。 分離的・固有は、ザリスキ位相がハウスドルフでない(第2章)ぶんを補う条件で、古典幾何の 良さ(分離・完備)を取り戻す。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • スキーム=局所的にアフィン。 多様体が局所 Rn\mathbb R^n、スキームは局所 SpecR\operatorname{Spec} R。 チャートが環になっただけ。局所は環、大域は貼り合わせ。
  • 射は局所環準同型。 ただの連続写像でなく、構造層を局所環として整合的に写す。幾何と代数が両立する射。
  • 分離・固有はハウスドルフ・コンパクトの代数版。 ザリスキ位相が粗い(非ハウスドルフ)ぶんを補う。射影スキームは 固有。
  • スキームの御利益は数論・無限小・族の統一。 多様体では扱えない対象(SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z、二重点、族)を 自然に飲み込む。

この章のまとめ

  • スキーム=局所的にアフィンスキーム SpecR\operatorname{Spec} R に同型な局所環付き空間。射は局所環準同型。多様体(局所 Rn\mathbb R^n)の代数版(局所は環)。射影多様体・群スキームはスキーム。
  • スキームの三つの統一:(1) 数論と幾何SpecZ\operatorname{Spec}\mathbb Z・フェルマー)、(2) 無限小・重複度(べき零元)、(3) 族・ファイバー(射 XSX\to S)。古典で扱えぬ対象を一つの枠に。
  • 実用では被約・整・分離的・固有・ネーターなどの良い条件を課す(ハウスドルフ・コンパクトの代数版)。
  • スキームまで到達した。最終章では、連接層・コホモロジーを一言で展望し、代数幾何の全体像と数学の中心地としての射程をまとめます。

次章では、連接層・スキーム上のコホモロジーの概観と、代数幾何の全体像・数論や他分野との結びつきを総括します。