第4章 ファン・カンペンの定理
空間を分割して、基本群を組み立てる
(前章)は計算できました。では、もっと複雑な空間——8の字(2つの穴)、トーラス、種数 の曲面——の 基本群は? 一つ一つ持ち上げで計算するのは大変です。そこで、空間を単純な部分に分割し、部分の基本群から 全体を組み立てる定理が欲しくなります。それがファン・カンペンの定理です。
アイデアは群論の生成元と関係式そのものです。空間 を2つの開集合 の和に分けると、 は と を「重なり で貼り合わせた」群——融合積になる。 の生成元を合わせ、 重なりで生じる関係を課す。空間を貼り合わせる操作が、群を貼り合わせる操作に翻訳されるのです。これで 円周の花束(自由群)、球面(単連結)、曲面( つの関係をもつ群)の基本群が一気に計算でき、群論と トポロジーが深く結びつきます。
ファン・カンペン: なら (融合積)。空間の貼り合わせ=群の貼り合わせ。
自由積と融合積
まず、群を「貼り合わせる」演算を群論から用意します。
定義 自由積・融合積
群 の自由積 は、 の元を交互に並べた語からなる群(両者の間に関係を課さない、最も自由な合体)。 が共通の部分群 を(準同型 で)もつとき、 の像を同一視した融合積 は、 を「 の元が両側で一致する」関係で割った群。
自由積は「関係なしの合体」(直積と違い非可換)、融合積は「共通部分で貼り合わせた合体」。 生成元と関係式の言葉で、 なら です。これが基本群の貼り合わせを記述します。
ファン・カンペンの定理
定理 ファン・カンペン(ザイフェルト–ファン・カンペン)の定理
( 開、 が弧状連結、共通の基点 )とする。包含の誘導準同型で すなわち の生成元を合わせ、 のループが 側・ 側で表す元を等しいとする関係を課したもの。
証明
(要点。) 内の任意のループは、 を通るたびに区切って、 内の道と 内の道の連結に分解できる (コンパクト性による有限分割、ルベーグ数)。ゆえ の元で生成される(全射性)。ホモトピーも 同様に分解して、生じる関係が「 のループの 表示と 表示の一致」だけであることが示せる(融合積の普遍性)。∎
「ループを 部分と 部分に切り分け、重なりでの表し方をそろえる」。空間の被覆 が、群の融合積に 翻訳される。証明の分割にはコンパクト性が効いています。具体例で威力を見ましょう。
計算例
例 円周の花束(8 の字)は自由群
個の円周を一点で束ねた花束 の基本群は、 元生成の自由群 。 (各円周が生成元 、関係は無い=自由積 。 が可縮なので融合が自明。) 8の字()は ——非可換(:2つの穴を回る順序が効く)。
例 球面は単連結
()は を「北極を除く」「南極を除く」(ともに可縮な に同相)でとると、 は で弧状連結。 ゆえ融合積も 。すなわち (単連結、)。 だけが例外()。
例 トーラスと種数 g の曲面
トーラス は正方形の対辺を貼り合わせた空間で、ファン・カンペンより ( 面を貼る関係 が「経線と緯線が可換」を与える)。種数 の曲面 は ( 個の生成元と つの関係)。曲面の穴の数 が、基本群の生成元と関係に直接現れる。
トーラスの は、群論第12章のトーラスの基本群で予告した表示です。 穴の数(種数)という幾何が、生成元と関係式という代数に翻訳される。これらの基本群が互いに非同型なので (花束は非可換自由群、トーラスは可換、球面は自明)、これらの空間は互いにホモトピー同値でない——不変量で 形を区別する戦略が完成します。
注意 任意の群が基本群になる
逆に、任意の群 は、ある空間の基本群として実現できる( の表示から、 個の円周の花束に 個の円板を貼って空間を作る)。だから「基本群で空間を分類する」問題は、群論そのものと同じくらい豊か (そして群の同型判定が決定不能なので、空間の分類も一般には難しい)。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- ファン・カンペンは融合積(自由積とは限らない)。 重なり が非自明な基本群をもつと、その分の関係が課される。 可縮なら自由積。
- 8の字の基本群は非可換な自由群 。 トーラス(可換 )と混同しない。8の字は 、トーラスは関係 で可換化。
- ()は単連結、 だけ 。 高次元球面のループは縮む。 次元の穴が無い。
- 開集合+弧状連結が仮定。 が弧状連結でないと定理が崩れる。基点を共有する。
この章のまとめ
- ファン・カンペンの定理: なら (融合積)。空間の貼り合わせが群の貼り合わせに翻訳される。証明の分割にコンパクト性。
- 計算:円周の花束 は自由群 (8の字は非可換 )、()は単連結、トーラス 、種数 の曲面は 生成 関係。穴の数が基本群に現れる。
- 任意の群が基本群になる(生成元と関係式から空間を作る)。トポロジーと群論が深く結びつく。
次章は、 の理論の幾何的な裏側——被覆空間と、部分群とのガロア対応を扱います。