数学の作り方 How to make Mathematics

第5章 被覆空間とガロア対応

基本群を、空間の階層として見る

前章までで基本群 π1(X)\pi_1(X) を計算しました。この章では、π1(X)\pi_1(X)幾何的な裏側——被覆空間の理論を見ます。 円周の基本群の証明で、p:RS1p:\mathbb R\to S^1(螺旋)という被覆を使いました。R\mathbb RS1S^1 を無限回 巻きつく“ほどけた”空間で、そこへ持ち上げると計算が単純になった。この「空間をほどく」被覆の理論を一般化します。

そして、この章のハイライトはガロア対応です——空間 XX の被覆たちと、基本群 π1(X)\pi_1(X) の部分群たちが、 一対一に対応する。しかも「正規部分群 ↔ 正規被覆」「被覆変換群 = 剰余群」と、体論・ガロア理論の基本定理まったく同じ構造が現れる。中間体と部分群の対応(ガロア理論)が、被覆と部分群の対応(トポロジー)と鏡のように 対応するのです。π1\pi_1 が「トポロジーのガロア群」だと分かる、美しい章です。

被覆 ↔ π1\pi_1 の部分群の一対一対応(ガロア対応)。正規被覆 ↔ 正規部分群、被覆変換群 = 剰余群。ガロア理論と同型の構造。

被覆写像と持ち上げ

定義 被覆写像

連続な全射 p:X~Xp:\tilde X\to X被覆写像とは、各点 xXx\in X に近傍 UU があって、p1(U)p^{-1}(U)X~\tilde X 内の 互いに交わらない開集合の和 αVα\bigsqcup_\alpha V_\alpha(各 VαV_\alphaUU に同相)になること。X~\tilde X被覆空間という。

「各点の近傍の上に、X~\tilde X ではばらばらの“葉”が重なっている」。RS1\mathbb R\to S^1 なら、円周の弧の上に R\mathbb R の区間の列が 乗る。被覆の要は、道とホモトピーが一意に持ち上がることです(前章の一般化)。

定理 持ち上げの一意存在

被覆 p:X~Xp:\tilde X\to X について:

  • 道の持ち上げXX の道 γ\gamma と始点の逆像 x~0\tilde x_0 に対し、γ~(0)=x~0\tilde\gamma(0)=\tilde x_0 の持ち上げ γ~\tilde\gamma が一意に存在。
  • ホモトピーの持ち上げ:道ホモトピーも一意に持ち上がる。ゆえ p:π1(X~)π1(X)p_*:\pi_1(\tilde X)\to\pi_1(X)単射
  • 持ち上げ判定:写像 f:YXf:Y\to XYY 弧状連結・局所単連結)が X~\tilde X へ持ち上がる     fπ1(Y)pπ1(X~)\iff f_*\pi_1(Y)\subseteq p_*\pi_1(\tilde X)

持ち上げ判定が、次のガロア対応の心臓です。「ff が被覆へ持ち上がるか」が「基本群の部分群の包含」で決まる—— 幾何の問題が代数の包含関係に翻訳されます。

普遍被覆

被覆の中で最も“ほどけた”もの——単連結な被覆が、すべての被覆の頂点に立ちます。

定義 普遍被覆

単連結な被覆空間 X~\tilde Xπ1(X~)={e}\pi_1(\tilde X)=\{e\})を普遍被覆という。XX が「良い」空間(弧状連結・局所単連結)なら 普遍被覆が一意に存在し、他のすべての被覆を被覆する(頂点)。

RS1\mathbb R\to S^1R\mathbb R が円周の普遍被覆(単連結)。普遍被覆は「XX のループをすべてほどききった空間」で、その上では π1\pi_1 が消える。普遍被覆から、XX の対称性——被覆変換群——が見えます。

被覆変換群

定義 被覆変換群

被覆 p:X~Xp:\tilde X\to X被覆変換(デック変換)とは、pp を保つ同相 φ:X~X~\varphi:\tilde X\to\tilde Xpφ=pp\circ\varphi=p、 葉を葉へ移す)。被覆変換全体は群 Deck(X~/X)\mathrm{Deck}(\tilde X/X) をなす。

RS1\mathbb R\to S^1 の被覆変換は「tt+nt\mapsto t+nnZn\in\mathbb Z)」=整数だけずらす写像で、群は Zπ1(S1)\mathbb Z\cong\pi_1(S^1)。一般に、 普遍被覆の被覆変換群は基本群そのものになります。

定理 普遍被覆の被覆変換群 = 基本群

X~\tilde XXX の普遍被覆なら Deck(X~/X)π1(X)\mathrm{Deck}(\tilde X/X)\cong\pi_1(X)XX~/π1(X)X\cong\tilde X/\pi_1(X)(基本群の作用で割った商)。

XX = 普遍被覆を基本群で割ったもの」。S1=R/ZS^1=\mathbb R/\mathbb Z(実直線を整数で割る)がその原型です。基本群が、普遍被覆に 自由に作用する対称性の群として姿を現す——π1\pi_1 の最も幾何的な意味です。

ガロア対応

いよいよ本章の頂点。XX の被覆と π1(X)\pi_1(X) の部分群が、完全に対応します。

定理 被覆空間のガロア対応

「良い」空間 XX(弧状連結・局所単連結)について、次の対応 (被覆 p:X~X)  (部分群 pπ1(X~)π1(X))\big(\text{被覆 }p:\tilde X\to X\big)\ \longleftrightarrow\ \big(\text{部分群 }p_*\pi_1(\tilde X)\le\pi_1(X)\big) は、XX の(基点つき連結)被覆の同型類π1(X)\pi_1(X)部分群の一対一対応を与える。さらに:

  1. 被覆の葉数 = 部分群の指数 [π1(X):H][\pi_1(X):H]
  2. 普遍被覆 ↔ 自明部分群 {e}\{e\}XX 自身 ↔ 全体 π1(X)\pi_1(X)(包含を逆にする)。
  3. Hπ1(X)H\trianglelefteq\pi_1(X)正規部分群    \iff 被覆が正規(ガロア)被覆。このとき Deck=π1(X)/H\mathrm{Deck}=\pi_1(X)/H

証明

(要点。)部分群 HH に対し、普遍被覆 X~\tilde XHH の作用で割った X~/H\tilde X/H が対応する被覆。持ち上げ判定 (前述)が対応の逆を与え、well-defined と全単射を保証する。指数=葉数は、被覆のファイバー p1(x0)p^{-1}(x_0) が 剰余類 π1(X)/H\pi_1(X)/H と対応することから。正規性の部分は被覆変換群の推移性と結びつく。∎

これはガロア理論の基本定理の完全な鏡像です。対応表を並べると一目瞭然:

注意 ガロア理論との対応

トポロジー(被覆)体論・ガロア理論(体の拡大)
被覆 X~X\tilde X\to X中間体 KFLK\subseteq F\subseteq L
部分群 Hπ1(X)H\le\pi_1(X)部分群 HGal(L/K)H\le\mathrm{Gal}(L/K)
普遍被覆 ↔ {e}\{e\}分解体 LL{e}\{e\}
XXπ1(X)\pi_1(X)基礎体 KKGal\mathrm{Gal} 全体
葉数 = 指数拡大次数 = 指数
正規被覆 ↔ 正規部分群ガロア中間体 ↔ 正規部分群
被覆変換群 =π1/H=\pi_1/HGal(F/K)=G/H\mathrm{Gal}(F/K)=G/H

π1(X)\pi_1(X) は「トポロジーのガロア群」。空間をほどく(被覆)ことと、体を広げる(拡大)ことが、同じ群論的構造で 支配されている。数学の異なる分野に同じパターンが宿る——圏論が捉えようとする普遍性の一例。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 被覆 ↔ 部分群(包含を逆に)。 大きい被覆(葉が多い)↔ 小さい部分群。普遍被覆 ↔ {e}\{e\}ガロア対応と同じ向き。
  • 葉数=指数。 nn 重被覆 ↔ 指数 nn の部分群。RS1\mathbb R\to S^1 は無限重({e}Z\{e\}\le\mathbb Z、指数 \infty)。
  • 正規被覆 ↔ 正規部分群、Deck=π1/H\mathrm{Deck}=\pi_1/H ガロア理論の Gal(F/K)=G/H\mathrm{Gal}(F/K)=G/H と同型。
  • 普遍被覆は単連結。 すべてのループをほどいた空間。X=X~/π1(X)X=\tilde X/\pi_1(X)。「良い」空間で存在。

この章のまとめ

  • 被覆写像は道・ホモトピーを一意に持ち上げ、p:π1(X~)π1(X)p_*:\pi_1(\tilde X)\to\pi_1(X) は単射。持ち上げ判定fπ1(Y)pπ1(X~)f_*\pi_1(Y)\subseteq p_*\pi_1(\tilde X))が幾何を代数に翻訳。
  • 普遍被覆(単連結)は XX のループをほどききった空間で、その被覆変換群 = 基本群X=X~/π1(X)X=\tilde X/\pi_1(X)S1=R/ZS^1=\mathbb R/\mathbb Z)。
  • ガロア対応:被覆 ↔ π1\pi_1 の部分群(葉数=指数、正規被覆 ↔ 正規部分群、Deck=π1/H\mathrm{Deck}=\pi_1/H)。ガロア理論と同型の構造で、π1\pi_1 は「トポロジーのガロア群」。

ホモトピー論を終え、次章からホモロジー論——各次元の穴を数える、より計算しやすい不変量に進みます。