数学の作り方 How to make Mathematics

第8章 リアプノフの方法

エネルギーが減るなら、系は落ち着く

前章の線形化は強力ですが、限界があります。平衡点が双曲的でない(中心など、固有値の実部が 00)とき、 線形化では安定性を判定できませんでした。また、非線形系の大域的な安定性(近くだけでなく広い範囲からの収束)も、 局所線形化では見えません。

リアプノフの方法は、これらを乗り越えます。発想は物理的で直感的です——「エネルギー」のような量 VV を用意し、 それが時間とともに減り続けるなら、系は必ずエネルギー最小の平衡点に落ち着く。振り子が摩擦でエネルギーを失い、 やがて真下で静止するように。しかも、この VV(リアプノフ関数)を見つけさえすれば、解を一切求めずに安定性が 言える。線形化を超えた、安定性理論の一般的な方法です。制御工学(システムの安定化)で最も使われる道具でもあります。

リアプノフ関数 VV(正定値・平衡点で最小)が時間微分 V˙0\dot V\le0(減少)なら安定、V˙<0\dot V<0 なら漸近安定。解を求めずに判定。

リアプノフ関数

平衡点を原点 x=0\mathbf x_*=\mathbf 0 とします(一般性を失わない)。

定義 リアプノフ関数と軌道に沿う微分

原点の近傍で定義された C1C^1 関数 V(x)V(\mathbf x)正定値とは、V(0)=0V(\mathbf 0)=0 かつ x0\mathbf x\ne\mathbf 0V(x)>0V(\mathbf x)>0。 系 x=f(x)\mathbf x'=\mathbf f(\mathbf x) の解に沿った VV の時間微分(軌道微分)は、連鎖律より V˙(x)=V(x)f(x).\dot V(\mathbf x)=\nabla V(\mathbf x)\cdot\mathbf f(\mathbf x). (解を求めずに、VVf\mathbf f だけから計算できる。)

V˙\dot V が「解 x(t)\mathbf x(t) に沿って VV がどう変化するか」を、解を知らずに Vf\nabla V\cdot\mathbf f で与えるのがミソです (微積分の連鎖律ddtV(x(t))=Vx=Vf\frac{d}{dt}V(\mathbf x(t))=\nabla V\cdot\mathbf x'=\nabla V\cdot\mathbf f)。これが負なら VV は 軌道に沿って減る=系が「谷底」の平衡点へ向かう。

リアプノフの安定定理

定理 リアプノフの安定定理

原点を平衡点とする系 x=f(x)\mathbf x'=\mathbf f(\mathbf x) について、原点の近傍で正定値な C1C^1 関数 VV が存在して:

  1. V˙(x)0\dot V(\mathbf x)\le0(近傍で)ならば、原点はリアプノフ安定
  2. V˙(x)<0\dot V(\mathbf x)<0x0\mathbf x\ne\mathbf 0 で)ならば、原点は漸近安定
  3. V˙(x)>0\dot V(\mathbf x)>0x0\mathbf x\ne\mathbf 0 で、VV は原点でいくらでも近くに正値をとる)ならば、原点は不安定(チェタエフ)。

証明

(1 の要点。)VV 正定値ゆえ、小さな c>0c>0 の等位面 {V=c}\{V=c\} は原点を囲む閉曲線。V˙0\dot V\le0 なら軌道は VV の値を増やせない、 すなわち一度 {V<c}\{V<c\} に入った軌道は外へ出られない(等位面を横切れない)。ゆえ近くから始めた解は近くに留まる=リアプノフ安定。 (2)さらに V˙<0\dot V<0 なら VV が真に減り続け、V0V\to0(原点)へ収束=漸近安定(ラサールの不変性原理で精密化)。∎

証明の幾何的な心は「VV の等位面が原点を囲む“堀”で、V˙0\dot V\le0 の軌道はその堀を外へ越えられない」。 エネルギーの等高線に閉じ込められるイメージです。難しさは「適切な VV を見つけること」——万能の作り方は無く、 物理的なエネルギーやその変形を試すのが定石です。

振り子のエネルギー

減衰振り子 θ+cθ+sinθ=0\theta''+c\theta'+\sin\theta=0c>0c>0)で、V=12ω2+(1cosθ)V=\frac12\omega^2+(1-\cos\theta)(運動エネルギー+位置エネルギー)を リアプノフ関数にとる。軌道微分 V˙=ωω+sinθω=ω(cωsinθ)+ωsinθ=cω20\dot V=\omega\cdot\omega'+\sin\theta\cdot\omega=\omega(-c\omega-\sin\theta)+\omega\sin\theta=-c\omega^2\le0。 ゆえ原点(真下)はリアプノフ安定。c>0c>0(減衰)ではエネルギーが摩擦で減り続け、漸近安定になる。「摩擦がエネルギーを 奪うから振り子は止まる」という物理が、V˙=cω20\dot V=-c\omega^2\le0 の一行に凝縮される。

線形化を超えて

リアプノフ法の真価は、線形化が効かない場合に発揮されます。

中心か、安定か——線形化では分からない例

x=yx3, y=xy3x'=-y-x^3,\ y'=x-y^3 の原点。ヤコビ行列は (0110)\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} で固有値 ±i\pm i(純虚、中心)—— 線形化では安定性が判定できない(前章)。ところが V=x2+y2V=x^2+y^2 をとると V˙=2xx+2yy=2x(yx3)+2y(xy3)=2x42y4<0\dot V=2xx'+2yy'=2x(-y-x^3)+2y(x-y^3)=-2x^4-2y^4<0。ゆえ原点は漸近安定。非線形項 x3,y3-x^3,-y^3 が 系を安定化していた——線形化では見えなかった真実を、リアプノフ関数が暴く。

線形化が「中心(判定不能)」と言った平衡点が、実は漸近安定だった。非線形項の効果を、リアプノフ関数が正しく 捉えるのです。これが、局所線形化を超える一般的な安定性理論としての価値です。

注意 線形系のリアプノフ関数

線形系 x=Ax\mathbf x'=A\mathbf xAA の全固有値の実部 <0<0)では、任意の正定値対称行列 QQ に対しリアプノフ方程式 AP+PA=QA^\top P+PA=-Q が正定値解 PP をもち、V=xPxV=\mathbf x^\top P\mathbf x が漸近安定を示すリアプノフ関数になる。安定性理論と 線形代数の二次形式(正定値性)が結びつく。制御理論の要。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • V˙\dot V は解を求めずに計算できる。 V˙=Vf\dot V=\nabla V\cdot\mathbf f(連鎖律)。f\mathbf fVV だけから。ここがリアプノフ法の威力。
  • リアプノフ関数の作り方に王道は無い。 物理的エネルギーやその二次形式を試す。見つかれば強力、見つからなくても不安定とは限らない(十分条件)。
  • V˙0\dot V\le0 でリアプノフ安定、V˙<0\dot V<0 で漸近安定。 等号を許すと「留まる」だけ、真に負なら「収束」。
  • 線形化が非双曲(中心)でもリアプノフは使える。 非線形項の安定化/不安定化を捉える。線形化の限界を超える。

この章のまとめ

  • リアプノフ関数 VV(正定値、原点で最小)の軌道微分 V˙=Vf\dot V=\nabla V\cdot\mathbf f を、解を求めずに計算する。
  • V˙0\dot V\le0 ならリアプノフ安定、V˙<0\dot V<0 なら漸近安定V˙>0\dot V>0 で不安定)。等位面が軌道を閉じ込める幾何。「エネルギーが減れば平衡へ落ち着く」。
  • 線形化が効かない**中心(非双曲)**でも判定でき、非線形項の効果を捉える。線形系では二次形式のリアプノフ方程式と結びつく。

常微分方程式が完成しました。次章から偏微分方程式——複数変数の微分を含む方程式へ進み、一階PDEの特性曲線法を扱います。