数学の作り方 How to make Mathematics

第7章 定性理論 — 平衡点・相図・安定性

解けなくても、運命は読める

ほとんどの非線形微分方程式は、解を式で書けません。でも、私たちが本当に知りたいのは解のではなく、 振る舞いであることが多い——「この系は平衡に落ち着くのか、振動するのか、発散するのか?」 「初期のわずかなズレは、時間とともに消えるのか、増幅されるのか(安定か不安定か)?」

これらは、解を求めずに答えられます。それが定性理論です。鍵は2つ。第一に平衡点(変化が止まる点)を見つけ、 その近くで系を線形化する。第二に、線形系を固有値で分類し、平衡点の型(結節点・鞍点・渦状点・ 中心)と安定性を読む。ここで前章の etAe^{tA}線形代数の固有値が、力学系の運命を 決める道具として結実します。相図(各点の速度ベクトルの場)を描けば、系全体の流れが一目で見える。 「変化の法則から、解かずに未来の質を読む」——微分方程式論の最も実用的な視点です。

平衡点で系を線形化し、固有値で分類(結節点・鞍点・渦状点・中心)。Reλ<0\operatorname{Re}\lambda<0 なら安定。相図で流れを読む。

自励系と平衡点

定義 自励系・平衡点

時間 tt を陽に含まない系 x=f(x)\mathbf x'=\mathbf f(\mathbf x)自励系という。f(x)=0\mathbf f(\mathbf x_*)=\mathbf 0 となる点 x\mathbf x_*平衡点(不動点)という——そこでは速度が 00 で、系は止まったまま。

平衡点は「系が静止できる状態」。振り子なら真下(安定)と真上(不安定)。関心は「平衡点の近くで、系はどう振る舞うか」 ——平衡へ戻るか(安定)、離れていくか(不安定)です。それを調べるには、平衡点の近くで系を線形近似します。

線形化

定理 平衡点での線形化

x=f(x)\mathbf x'=\mathbf f(\mathbf x) の平衡点 x\mathbf x_* の近くで、u=xx\mathbf u=\mathbf x-\mathbf x_* とおくと、テイラー展開より uJu,J=Df(x)=(fixj) (ヤコビ行列).\mathbf u'\approx J\mathbf u,\qquad J=D\mathbf f(\mathbf x_*)=\Big(\frac{\partial f_i}{\partial x_j}\Big)\ (\text{ヤコビ行列}). 平衡点の局所的な振る舞いは、線形系 u=Ju\mathbf u'=J\mathbf u の固有値で(おおむね)決まる。

平衡点のまわりでは、非線形系がヤコビ行列 JJ による線形系に近似される(微積分の全微分=最良の線形近似)。 だから線形系の分類(次節)が、非線形系の平衡点の分類に転用できます。この正当化が次の定理です。

注意 ハルトマン–グロブマンの定理

平衡点が双曲的JJ の固有値の実部がすべて 0\ne0)なら、非線形系は平衡点の近傍で線形化 u=Ju\mathbf u'=J\mathbf u位相共役(連続変形で移り合う)。すなわち線形化が局所的な振る舞いを正しく捉える。中心(実部 00)だけは 線形化で判定できず、非線形項が効く(次章のリアプノフが要る)。

相図と固有値による分類

22 次元線形系 x=Ax\mathbf x'=A\mathbf x の平衡点(原点)は、AA の固有値で完全に分類されます。前章etA=cieλitvie^{tA}=\sum c_ie^{\lambda_it}\mathbf v_i を思えば当然——各モードが eλite^{\lambda_it} で成長/減衰/振動するからです。

定理 2 次元線形系の分類

AA の固有値を λ1,2\lambda_{1,2}、トレース T=trAT=\operatorname{tr}A、行列式 D=detAD=\det A、判別式 Δ=T24D\Delta=T^2-4D とすると:

  • D<0D<0(実固有値・異符号):鞍点(saddle、不安定)。
  • D>0, Δ>0D>0,\ \Delta>0(実固有値・同符号):結節点(node)。T<0T<0 なら安定、T>0T>0 なら不安定。
  • D>0, Δ<0D>0,\ \Delta<0(複素固有値):渦状点(spiral)。T<0T<0 なら安定、T>0T>0 なら不安定。T=0T=0 なら中心(center、周回)。

下で体感してください。行列 AA のスライダーを動かすと、ベクトル場と軌道が変わり、固有値と平衡点の型が判定されます。 D<0D<0 で鞍点(軌道が双曲線)、D>0D>0 で複素固有値だと渦を巻き、TT の符号で内向き(安定)か外向き(不安定)かが 決まる——固有値の実部が「収束/発散」、虚部が「振動」を支配するのが見えます。

A =

「実部 <0<0(左半平面)なら原点へ吸い込まれ、>0>0(右半平面)なら発散、虚部があれば渦を巻く」。eλt=e(α+iβ)t=eαt(cosβt+isinβt)e^{\lambda t}=e^{(\alpha+i\beta)t}= e^{\alpha t}(\cos\beta t+i\sin\beta t)——実部 α\alpha が振幅の成長/減衰、虚部 β\beta が振動を与える(オイラーの公式)。 固有値の位置と力学の運命が、この一つの式で結ばれます。

安定性

定義 安定性

平衡点 x\mathbf x_*リアプノフ安定:近くから始めた解はずっと近くに留まる。漸近安定:さらに tt\to\inftyx\mathbf x_* に収束する。どちらでもないとき不安定

定理 線形化による安定性判定

双曲的平衡点について:ヤコビ行列 JJ全固有値の実部が負なら漸近安定、実部が正の固有値が一つでもあれば不安定

振り子

減衰振り子 θ+cθ+sinθ=0\theta''+c\theta'+\sin\theta=0c>0c>0)を系 (θ,ω)(\theta,\omega) で見る。平衡点は θ=0\theta=0(真下)と θ=π\theta=\pi(真上)。 真下でのヤコビ行列の固有値は実部 <0<0(渦状点・安定:振動しながら真下へ)、真上では実固有値が異符号(鞍点・不安定)。 「振り子は真下に落ち着き、真上では倒れる」という直感が、固有値で厳密に説明される。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 安定性は固有値の実部で決まる(双曲的なら)。 全固有値の実部 <0<0 で漸近安定。一つでも実部 >0>0 なら不安定。虚部は振動を与えるだけ。
  • 中心(純虚固有値)は線形化で判定不能。 実部 00(非双曲)なので、非線形項次第で安定にも不安定にもなる。次章のリアプノフが要る。
  • リアプノフ安定と漸近安定は違う。 中心は「近くに留まる(リアプノフ安定)」が「収束しない(漸近安定でない)」。
  • 鞍点は D=detA<0D=\det A<0 固有値が異符号。安定方向と不安定方向が交差する。

この章のまとめ

  • 平衡点 f(x)=0\mathbf f(\mathbf x_*)=\mathbf 0 の近くで系を線形化(ヤコビ行列 JJ)。双曲的ならハルトマン–グロブマンで線形化が局所的振る舞いを正しく捉える。
  • 22 次元線形系は固有値で分類D<0D<0 鞍点、D>0,Δ>0D>0,\Delta>0 結節点、D>0,Δ<0D>0,\Delta<0 渦状点、T=0T=0 で中心。Reλ\operatorname{Re}\lambda が収束/発散、Imλ\operatorname{Im}\lambda が振動。
  • 安定性:全固有値の実部が負なら漸近安定、正の実部があれば不安定。中心は線形化で判定できず非線形項が効く。

次章は、線形化が効かない場合(中心など)にも使える強力な安定性判定——リアプノフの方法を扱います。