数学の作り方 How to make Mathematics

第4章 L²収束・パーセバル・ギブス現象

収束の“ものさし”を変える

各点収束は脆く(第2章)、それを平均で救ったのが前章でした。この章では、収束のものさしそのものを変えます。 「各点でぴったり合うか」でなく、「全体のずれの二乗和(エネルギー)が消えるか」で測る。これが L2L^2 収束です。 関数解析で作ったヒルベルト空間 L2L^2 の言葉が、ここで完璧に働きます。

L2L^2 で測ると、フーリエ級数は何の追加条件もなく必ず収束する。各点収束のあの繊細さが嘘のように、 L2L^2 関数ならすべて OK。ものさしを賢く選ぶだけで、理論が一気に綺麗になるのです。

L2L^2(エネルギー)で測れば、フーリエ級数は L2L^2 関数に対して必ず収束する。ヒルベルト空間の幾何がそれを保証。

部分和は最良近似——L²収束

前章までと違い、いまは SNfS_Nf を「最初の NN 個の正規直交軸への直交射影」として見ます (関数解析第5章)。射影は最良近似なので、部分和は NN 次の三角多項式の中で ffL2L^2 距離で最も近い。下で体感しましょう。

項数 NN を増やすと部分和 SNS_N(朱)がターゲット(灰)に迫り、エネルギー捕捉率100%100\% に近づきます。 SNS_N は「NN 次元部分空間への射影=最良近似」。三角関数系が L2L^2完全(前章のフェイエールで示した稠密性) だから、捕捉率は 100%100\% に達する——これが L2L^2 収束です。

定理 L²収束(平均収束)

fL2[π,π]f\in L^2[-\pi,\pi] なら、フーリエ部分和は L2L^2 で収束する:

SNff22=ππSNff2dx N 0.\|S_N f-f\|_2^2=\int_{-\pi}^{\pi}|S_Nf-f|^2\,dx\ \xrightarrow{N\to\infty}\ 0.

証明

三角関数系は L2L^2正規直交基底(完全、前章ワイエルシュトラス=稠密性より)。関数解析第5章の 完全性の同値条件により、正規直交基底では任意の ffSNff20\|S_Nf-f\|_2\to0(基底展開の L2L^2 収束)。∎

各点収束(第2章)が「区分的 C1C^1」を要求し、連続でも破れたのに対し、L2L^2 収束はただ fL2f\in L^2 でよい。 不連続でも、暴れていても、二乗可積分でさえあれば必ず収束する。ものさしを変えた御利益です。

パーセバルの等式——エネルギー保存

L2L^2 収束の直接の帰結が、パーセバルの等式。関数の「エネルギー」f2\|f\|^2 が、フーリエ係数の二乗和に等しい。 関数解析で抽象的に述べたものを、三角関数系で具体化します。

定理 パーセバルの等式

fL2[π,π]f\in L^2[-\pi,\pi] のフーリエ係数 an,bna_n,b_n に対し

1πππf(x)2dx=a022+n=1(an2+bn2).\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}|f(x)|^2\,dx=\frac{a_0^2}2+\sum_{n=1}^\infty\big(a_n^2+b_n^2\big).

(複素形なら 12πf2=n=cn2\frac1{2\pi}\int|f|^2=\sum_{n=-\infty}^\infty|c_n|^2。)

証明

完全正規直交基底でのパーセバル f2=f,ek2\|f\|^2=\sum|\langle f,e_k\rangle|^2関数解析第5章)を 三角関数系に適用し、正規化定数を戻す。∎

パーセバルは物理的にはエネルギー保存——信号の総エネルギー(時間領域)が、各振動数成分のエネルギーの和 (振動数領域)に等しい。応用も鮮やか。f(x)=xf(x)=x のフーリエ係数 bn=2(1)n+1nb_n=\frac{2(-1)^{n+1}}n にパーセバルを当てると

1πππx2dx=n=14n2  2π23=41n2  n=11n2=π26.\frac1\pi\int_{-\pi}^\pi x^2dx=\sum_{n=1}^\infty\frac4{n^2}\ \Rightarrow\ \frac{2\pi^2}3=4\sum\frac1{n^2}\ \Rightarrow\ \sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6.

バーゼル問題がフーリエ級数から一瞬で解ける。「エネルギーを二通りに数える」だけで、有名な級数和が出るのです。

ギブス現象——不連続点の消えない跳ね

L2L^2 では綺麗に収束するのに、各点で見ると不連続点の近くで奇妙なことが起きます。部分和が跳びを 「行き過ぎる」——しかも項を増やしても、その行き過ぎ(オーバーシュート)が消えないのです。上のデモで矩形波・ のこぎり波を選ぶと、跳びの脇に残る小さな角(つの)が見えます。

定理 ギブス現象

跳びをもつ区分的 C1C^1 関数のフーリエ部分和 SNfS_Nf は、不連続点の近くで跳びの大きさの約 9%9\% (正確には 1π0πsinttdt120.0895\frac1\pi\int_0^\pi\frac{\sin t}t dt-\frac12\approx0.0895 倍)だけオーバーシュートする。NN\to\infty でも オーバーシュートの高さは消えず、跳ねの幅が狭くなるだけ。

ギブス現象は、第2章で見たディリクレ核の悪さ(負に潜り L¹ ノルム発散)の目に見える現れです。跳びの近くで 核の振動が ff を「掘りすぎ・盛りすぎ」る。重要なのは、これが L2L^2 収束と矛盾しないこと——オーバーシュートの 幅が 00 に縮むので、二乗積分(面積)への寄与は消える。「各点では残る跳ねが、エネルギーでは消える」。 測度論で見た「各点収束と L2L^2 収束は別物」の、これ以上ない実例です。

注意 フェイエール平均はギブスを起こさない

面白いことに、前章のチェザロ平均 σN\sigma_Nギブス現象を起こさない(非負核だから掘りすぎない)。 素の部分和 SNS_N だけがオーバーシュートする。「平均をとる」ことが、収束を救うだけでなく跳ねも抑える。 核の非負性が、ここでも効いている。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • L2L^2 収束は各点収束を意味しない。 ギブス現象がその証拠:各点では跳ねが残るのに L2L^2 では収束。ものさしが 違う(測度論の収束の諸相)。
  • L2L^2 収束は fL2f\in L^2 だけでよい。 各点収束の「区分的 C1C^1」のような条件は不要。ものさしを変えた御利益。
  • ギブスのオーバーシュートは消えない。 高さ約 9%9\%NN によらず一定。消えるのは。だから面積(エネルギー) への寄与は 00 になり L2L^2 収束と両立。
  • パーセバル=エネルギー保存。 係数の二乗和が関数のエネルギー。級数和の計算(バーゼル問題)にも使える強力な 等式。

この章のまとめ

  • L2L^2 収束:ものさしをエネルギー(2\|\cdot\|_2)に変えると、fL2f\in L^2 なら無条件で SNff20\|S_Nf-f\|_2\to0。部分和は正規直交基底への射影=最良近似関数解析)。
  • パーセバルの等式 1πf2=a022+(an2+bn2)\frac1\pi\int|f|^2=\frac{a_0^2}2+\sum(a_n^2+b_n^2)=エネルギー保存。バーゼル問題 1n2=π26\sum\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6 も導ける。
  • ギブス現象:跳びの近くで部分和が約 9%9\% オーバーシュートし、NN\to\infty でも高さは消えず幅が縮む。各点では残るが L2L^2 では消える(測度論の回収)。フェイエール平均なら起きない。
  • フーリエ級数(Part I)はここまで。次章から周期を外し、フーリエ変換——非周期関数を連続的な振動数へ分解する理論へ進みます。

次章では、周期を無限大に飛ばして、非周期関数を連続的な振動数スペクトルに分解するフーリエ変換を導入します。