第8章 不確定性原理
時間と振動数は、同時に絞れない
短く鋭いパルス(時間で局在)を考えます。第5章の演算規則を思い出すと、 を時間方向に縮める (、 大)と、変換は ——振動数方向に広がる。逆に、純粋な単一振動数の波 (振動数で局在)は、時間方向に無限に広がる(永遠に続くサイン波)。つまり、時間でも振動数でも同時に鋭く することはできない。片方を絞れば、他方が必ず広がる。
これは技術の未熟さではなく、フーリエ変換に内在する原理的な限界です。音楽で「一瞬の音」ほど音高が あいまいになる、量子力学で「位置」と「運動量」が同時に確定しない——すべて同じ数学的事実の顔です。まず 体感しましょう。
時間の幅 を小さくすると(時間で鋭く)、振動数側 は広がります。逆も同様。二つの広がりの積 は、どう動かしても で一定——これが不確定性原理の下限で、ガウス関数はそれを ちょうど達成します。
時間で鋭い信号は振動数で広がる。広がりの積 には下限があり、同時にゼロにできない。
広がりを測る——分散
「関数の広がり」を定量化します。 を(規格化した)分布とみなし、その標準偏差を広がりとします (確率論の分散と同じ発想)。 の中心を としておきます。
定義 時間・振動数の広がり
と規格化し、
を時間の広がり・振動数の広がりという( の分散)。
不確定性原理(定量版)
定理 ハイゼンベルクの不確定性原理
(適切な減衰をもつ)なら
等号が成り立つのは がガウス関数のときに限る。
証明
鍵は「微分↔ 倍」(第5章)とプランシュレル(第7章)。 は振動数側の重み付き積分だが、 規則 とプランシュレルにより時間側に引き戻せる:。 次にコーシー–シュワルツ(関数解析)を と に当てる:
左辺の実部は、部分積分より (境界項は減衰で消える、)。よって 。等号はコーシー–シュワルツの 等号条件 、すなわち (ガウス)のとき。∎
証明の美しさを味わってください。フーリエ解析の道具——微分↔掛け算(第5章)、プランシュレル(第7章)、 そして関数解析のコーシー–シュワルツ——が三つ揃って、原理的限界が導かれます。 等号を達成するのがガウスなのは、上のデモで積が常に ちょうどだった理由。ガウスは「時間と振動数に 最もバランスよく局在した」唯一の形なのです。
量子力学との一致
この定理は、量子力学のハイゼンベルクの不確定性原理そのものです。翻訳辞書はこうです。
注意 位置と運動量の不確定性
量子力学では、粒子の状態は波動関数 ()。位置の分布は 、運動量の分布は (運動量 )。上の定理はそのまま
——位置と運動量を同時に確定できない、という物理法則になる。関数解析第12章で 「観測量=自己共役作用素」と述べたが、位置作用素 と運動量作用素 が交換しない ()ことの帰結。不確定性は、フーリエ変換が位置基底と運動量基底を結ぶことの数学的必然。
物理の根本原理が、フーリエ変換の一性質として自然に出てくる。抽象的に積み上げた解析が、世界の仕組みを 言い当てている——フーリエ解析の射程の広さを示す好例です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 不確定性は測定の未熟さでない。 フーリエ変換に内在する原理的限界。どんな信号・粒子にも成り立つ数学的事実。
- 「広がり」は分散(標準偏差)で測る。 の広がり。ピークの高さや台の幅とは別の、確率論的なものさし。
- 等号はガウスだけ。 ガウスが「最も局在した」最適な形。他の関数では積が より大きい(もっと広がる)。
- 積に下限があるだけで、片方は絞れる。 時間をいくらでも鋭くできる——ただしその代償に振動数が必ず広がる。 ゼロにできないのは積。
この章のまとめ
- 不確定性原理 :時間の広がりと振動数の広がりを同時にゼロにできない。片方を絞れば他方が広がる。フーリエ変換に内在する原理的限界。
- 証明は微分↔掛け算(第5章)+プランシュレル(第7章)+コーシー–シュワルツ(関数解析)。等号を達成するのはガウス関数のみ(最も局在した形)。
- 量子力学の位置–運動量の不確定性 と同一。位置作用素と運動量作用素が交換しないことの帰結。
- 次章では、変換の演算規則(微分↔掛け算)を武器に、フーリエ変換で微分方程式——とくに熱方程式——を解きます。
次章では、フーリエ変換が微分を掛け算に変える性質を使って、熱方程式などの偏微分方程式を実際に解きます。