第1章 偶然を測る — 確率空間
「確率」は、本当は何を数えているのか
サイコロで が出る確率は 。理由を聞かれたら「 通りのうち 通りだから」と答えます。 コインなら 、トランプで絵札を引くなら 。どれも**「起こりうる場合を数えて割る」**だけ。 中学以来おなじみのこのやり方で、たいていの確率は計算できます。
ところが、ほんの少し設定を変えるだけで、この足場は崩れます。たとえばこう問われたら?
区間 から「無作為に」実数を一つ選ぶ。それが ちょうどになる確率は?
「起こりうる場合」は の中の実数すべて——非可算無限個あります。「 通り ÷ 無限通り」は にしかなりません。ではどの一点も確率 。でも「どこかには必ず落ちる」のだから、 を全部足すと に ならないといけない。 を無限個足して ?——素朴な数え上げは、ここで完全に行き詰まります。
では「 に落ちる確率は?」なら答えられます。区間の長さ です。つまり連続の確率で本当に 効いているのは「場合の数」ではなく、**その事象が占める『大きさ』**でした。長さ、面積、体積——これらを厳密に 測る理論を、私たちはすでに持っています。測度論です。
確率とは「事象という集合の大きさ」。数え上げは有限のときのご利益にすぎない。本質は測度。
舞台を三つ道具で組む:標本空間・事象・確率
偶然の実験を数学にするには、まず「何が起こりうるか」を集合として書き出します。
起こりうる結果すべての集合を標本空間 と呼びます。サイコロなら 、コイン 回なら 、 から一点なら 。 の要素一つ一つ が「一回の実験結果」です。
次に事象。「偶数が出る」は 、「表が少なくとも 回」は 。 つまり事象とは の部分集合です。そして確率 は、各事象にその「起こりやすさ」= の数を 割り当てる関数。「事象 → 大きさ」という対応、まさに測度と同じ形です。
ここで一つ、意外な落とし穴があります。「 のすべての部分集合に確率を割り当てられる」とは限らないのです。 のとき、測度論の第4章で見たヴィタリ集合——長さを測れない集合——が 存在します。そんな集合に確率を与えようとすると矛盾が起きる。だから「確率を測ってよい事象」だけを、あらかじめ きちんと選んでおく必要があります。その「測ってよい事象の家族」がσ-加法族 です。
定義 σ-加法族(事象の家族)
の部分集合の集まり が次を満たすとき、 を σ-加法族という。
- (全体は事象)
- (「起こらない」も事象)
- (可算個の「または」も事象)
条件はどれも自然です。「偶数が出る」が事象なら「偶数が出ない」も事象であってほしい()。 「 が出る」「 が出る」がそれぞれ事象なら「 か 」も事象(和集合)。可算無限個の和まで許すのが ミソで、これが「 の全部の点をいっぺんに扱う」連続の議論を可能にします。有限や可算の なら、 は「全部分集合」で構いません。連続だと、区間から生成されるボレル集合族を使います。
コルモゴロフの公理:たった三つで確率論が建つ
道具がそろいました。 年、コルモゴロフは確率をこう定義しました——測度論の言葉、そのままで。
定義 確率空間(コルモゴロフの公理系)
組 が確率空間であるとは、 が 上の σ-加法族で、 関数 が次を満たすこと。
- 非負性:任意の事象 に対し 。
- 全確率:。
- 可算加法性:互いに排反な事象 ( で )に対し
これだけ。測度論の測度の定義と見比べてください。唯一の違いは条件2「全体の大きさが 」だけ。 つまり確率測度=全質量を に正規化した測度にすぎません。測度論で証明した性質は、そっくり確率でも成り立ちます。
命題 公理から自動的に出る性質
、、、 そして包除原理 。
証明
と は排反で和が だから、可算加法性(有限版)より 。 これで 。 とすれば 。 なら と 排反に分かれ、。包除は と から差し引きで出る。
素朴な数え上げは、 が有限で「どの結果も同様に確からしい」特別な場合、 として、この公理系にきちんと収まります。数え上げは一般論の一例だったわけです。
確率変数 = 可測関数、分布 = 押し出された測度
実験で本当に知りたいのは、結果そのもの より「そこから読み取る数値」——サイコロの目、 コインの表の回数、株価——であることが多い。この「結果に応じて決まる数」を確率変数と呼びます。 名前は「変数」ですが、正体は** 上の関数** です。
ただし何でもよいわけではない。「 が区間 に入る確率」を問える必要があるので、 逆像 が**必ず事象( の元)**でなければなりません。この条件を満たす関数、 それが測度論でいう可測関数です。
定義 確率変数
確率空間 上の確率変数とは、可測関数 、すなわち 任意の について となる関数のこと。
確率変数 があると、 上に新しい確率を作れます。「 が集合 に落ちる確率」を
と定めるのです。これは 上の立派な確率測度で、 の分布(法則)と呼びます。 という抽象的な舞台から を通して 上へ確率を「押し出した」もの——測度論の像測度そのものです。
ここが視点の転換点です。一度分布 が手に入れば、もとの が何だったかはもう忘れてよい。 「サイコロの目の分布」さえ分かれば、それがどんな物理的サイコロだったかは計算に要りません。 確率論の主役は、この先ずっと「分布」になります。次章はその分布を扱う道具立てから始めましょう。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 「 の全部分集合を事象にすればいい」ではない。 連続の ではヴィタリ集合が邪魔をする。 だから σ-加法族で「測ってよい事象」を絞る。有限・可算なら全部分集合でOK、という違いを押さえる。
- 「確率 = 起こらない」ではない。 から一点を選べばどの特定の値も確率 。でも何かは必ず起こる。 「確率 」と「空事象(不可能)」は別物。同様に「確率 」と「全事象(必然)」も別。
- 確率変数は「変数」でも「確率」でもなく、関数。 を入れると数が出る写像。ここを混同すると先で必ず迷う。
この章のまとめ
- 連続の偶然では数え上げが破綻する。確率の本質は「事象という集合の大きさ」=測度である。
- 舞台は確率空間 :標本空間・σ-加法族(測れる事象)・確率測度。 コルモゴロフの公理は「全質量 の測度」というだけで、測度論の全性質を継承する。
- 確率変数=可測関数 。その像測度 が分布。以後は を忘れ、分布を主役に据える。
次章では、分布を具体的に記述する道具(分布関数・密度)と、確率論に固有の最重要概念——独立性を導入します。