第2章 分布と独立性
前章で「確率論の主役は分布」と言いました。では分布そのものを、どう手に取って計算するのか。
そしてこの分野を測度論から分けている決定的な概念——独立性——を導入します。
分布を一本の関数で捉える:分布関数
分布 PX は「R の集合 → 確率」という関数で、集合を相手にするので扱いにくい。
そこで、一点までの累積という一変数関数に情報を圧縮します。
定義 分布関数(累積分布関数 CDF)
確率変数 X の分布関数を FX(x)=P(X≤x) と定める。
FX は「x 以下に落ちる確率」。x を左から右へ動かすと確率が溜まっていくので、F は
単調増加(広義)、右連続、そして x→−∞ で 0、x→+∞ で 1。逆にこの三性質をもつ関数は
必ずある分布の分布関数になります。F さえ決まれば分布は完全に決まる——集合を相手にする代わりに、
一本のグラフを見ればよいわけです。区間の確率も差で読めます:P(a<X≤b)=F(b)−F(a)。
分布には大きく二つの顔があります。
離散型:X が飛び飛びの値 x1,x2,… しか取らない。各値の確率
p(xk)=P(X=xk) を確率質量関数と呼び、F は階段状に跳ね上がります(跳びの高さ=その点の確率)。
サイコロ、コインの表回数(二項分布)、稀な事象の回数(ポアソン分布)など。
連続型:F がなめらかに増え、ある関数 f≥0 を使って
F(x)=∫−∞xf(t)dt,P(a<X≤b)=∫abf(t)dt
と書ける。この f を確率密度関数(PDF)と呼びます。密度は「確率そのもの」ではなく
確率の込み具合——微小区間 [x,x+dx] の確率が f(x)dx。全体で ∫−∞∞f=1。
連続型では P(X=x)=0 なので、一点の確率は密度で語れないことに注意(第1章のつまずき)。
注意 測度の言葉ではひとつ
離散も連続も、測度論では同じ枠に収まります。分布 PX を、離散なら「点に質量を置いた測度」、
連続なら「密度 f に対するルベーグ測度の積分」と見るだけ。密度 f は
ラドン–ニコディム微分 f=dλdPX に他なりません。両者を統一的に扱えるのが、
測度論を土台にしたご利益です。混合型(一部が離散・一部が連続)も自然に入ります。
何度も戻る代表選手
具体的な計算のため、頻出の分布を顔なじみにしておきましょう。
- ベルヌーイ Ber(p):1(成功)を確率 p、0 を 1−p。あらゆる「はい/いいえ」の素。
- 二項 Bin(n,p):独立なベルヌーイ試行 n 回の成功数。P(X=k)=(kn)pk(1−p)n−k。
- ポアソン Poi(λ):P(X=k)=e−λλk/k!。単位時間に稀に起こる事象の回数(放射線、来客)。
- 一様 U[a,b]:密度 f=b−a1(区間内で平ら)。「無作為に選ぶ」の標準形。
- 指数 Exp(λ):密度 λe−λx (x≥0)。待ち時間。「無記憶性」をもつ。
- 正規(ガウス) N(μ,σ2):密度 2πσ1e−(x−μ)2/(2σ2)。
釣鐘型。第6章で見るように、多くの偶然を足すと必ず現れる「万物の帰着先」。
確率論の宝:独立性
ここからが、確率論を測度論から分ける核心です。測度論には無い、確率だけの主役概念——独立性。
直感は「一方の情報が他方の確率を変えない」。コインを 2 枚投げる。1 枚目が表と分かっても、
2 枚目が表の確率は 1/2 のまま。互いに影響しない。これを数式にすると、驚くほど簡潔になります。
定義 独立性
事象 A,B が独立とは P(A∩B)=P(A)P(B)。
確率変数 X,Y が独立とは、任意の(ボレル)集合 B1,B2 について
P(X∈B1, Y∈B2)=P(X∈B1)P(Y∈B2).多数 X1,…,Xn が独立とは、任意の組で同時確率が各確率の積に分解すること。
「独立 = 確率が積で決まる」。この一行が、この先すべての大定理(大数の法則・中心極限定理)の
エンジンになります。分布関数・密度でも同じことで、独立なら同時分布が周辺分布の積:
FX,Y(x,y)=FX(x)FY(y)、密度なら fX,Y(x,y)=fX(x)fY(y)。
なぜ「積」なのか。測度論の言葉では、独立とは同時分布が直積測度になること。
2 変数の同時分布が、それぞれの分布の「掛け算(直積)」で作られる——だからフビニの定理が使え、
2 重の期待値が積に分解します(次章で活躍)。独立性は「直積測度」の確率的な名前なのです。
注意 独立と排反はまるで別物(最頻出の混同)
「排反」A∩B=∅(同時に起こらない)と「独立」P(A∩B)=P(A)P(B) を混同しがち。むしろ逆に近い:
P(A),P(B)>0 の排反事象は、A が起きたら B は絶対起きない=強く依存していて、独立ではない。
「排反」は集合の話、「独立」は確率の積の話。別次元の概念だと肝に銘じる。
独立な和の分布:たたみ込み
独立性の最初のご褒美。独立な X,Y の和 X+Y の分布が、きれいな公式で書けます。
X+Y≤z になるのは、平面 (x,y) で x+y≤z の領域。独立だから同時密度は fX(x)fY(y)。
これを領域で積分して z で微分すると、和の密度は
定理 たたみ込み(畳み込み)
独立な連続型 X,Y の和 Z=X+Y の密度は
fZ(z)=∫−∞∞fX(x)fY(z−x)dx=(fX∗fY)(z).離散型なら和 P(Z=z)=∑xP(X=x)P(Y=z−x)。
「和の分布 = 密度のたたみ込み」。フーリエ解析で「たたみ込みは変換すると積になる」と学びました。
だから確率変数の和は、うまい変換を通すと積になるはず——この着想が第6章の特性関数(分布のフーリエ変換)へ
まっすぐ繋がり、中心極限定理の証明を動かします。今は「独立な和はたたみ込み、変換で積になりそう」と覚えておけば十分です。
具体例:独立な Poi(λ) と Poi(μ) の和は Poi(λ+μ)。
独立な正規 N(μ1,σ12) と N(μ2,σ22) の和は N(μ1+μ2, σ12+σ22)。
正規は足しても正規のまま(自己再生性)——これも後で効きます。
この章のまとめ
- 分布は分布関数 F(x)=P(X≤x)で一本化できる(単調・右連続・端で 0,1)。
離散は確率質量、連続は密度(F=∫f)。測度論では両者は同じ枠で、密度=ラドン–ニコディム微分。
- 独立 = 確率が積で決まる(P(A∩B)=P(A)P(B))。同時分布が周辺分布の直積測度。
「排反」とは別物——むしろ排反は強い依存。
- 独立な和の分布はたたみ込み fX∗fY。「変換すれば積になる」予感が、特性関数と CLT への伏線。
次章では、分布から一つの代表値と散らばりを取り出す——期待値と分散、そしてそれらを縛る基本不等式へ進みます。