第3章 シューアの補題
既約表現をつなぐ写像は、ほとんどない
前章で「表現は既約の直和に分解する」(マシュケ)と分かりました。この分解を精密に扱う——重複度の一意性を 示し、指標理論(第5章以降)を基礎づける——ために、決定的な道具が要ります。それがシューアの補題。
主張は驚くほど簡潔です。既約表現の間の“表現を保つ写像”(絡作用素)は、ゼロか同型しかない。しかも同じ 既約表現への自己準同型は、スカラー倍だけ。 たったこれだけ。でもこの一言が、表現論の骨格を支えます。 既約表現が「これ以上分けられない」ことの、写像の側からの言い換えです。
シューアの補題:既約表現間の絡作用素はゼロか同型。同じ既約への自己絡作用素はスカラー倍だけ。
絡作用素とシューアの補題
前章で導入した絡作用素——表現の掛け算と可換な線形写像——を、既約表現に対して調べます。
定義 絡作用素
表現 の間の絡作用素とは、線形写像 で
をみたすもの(表現の作用と可換)。絡作用素の全体を と書く。
定理 シューアの補題
を有限群 の複素既約表現とする。
- が同値でないなら、絡作用素は のみ:。
- (同じ既約)なら、絡作用素はスカラー倍だけ:。
証明
(1) を絡作用素とする。 は の不変部分空間( より)。 既約ゆえ ( 単射)か ()。同様に は の不変部分空間で、 既約ゆえ か 。 なら単射かつ全射=同型で、(同値)。同値でなければ 。 (2) を絡作用素とする。 は代数閉なので は固有値 をもつ。 も 絡作用素で、固有ベクトルの存在から 。(1) の議論より は 単射でない絡作用素=。ゆえに 。∎
証明の要は「絡作用素の核・像が不変部分空間になる」こと——既約性から、それらは自明( か全体)しかない。 だからゼロか同型。(2) では複素数(代数閉)だから固有値があることが効いて、自己絡作用素がスカラーに 潰れます(線形代数・第1章の複素で考える理由)。シンプルな 証明ですが、帰結は絶大です。
帰結——分解の一意性と重複度
シューアの補題の最初の果実が、前章で保留した「既約分解の重複度の一意性」です。絡作用素の空間の次元が、 重複度を数えます。
定理 重複度は絡作用素で数えられる
既約分解 ( 相異なる既約、 重複度)に対し、既約表現 との絡作用素の空間は
とくに重複度 は分解の仕方によらず一意。 が既約 。
証明
。シューアより は で ( 次元)、 で 。ゆえに次元は 。∎
「 から への絡作用素が何次元か」を数えれば、 に が何個入っているか(重複度 )が分かる。 シューアの補題(絡作用素はゼロか同型・スカラー)が、この“数え上げ”を可能にします。マシュケ(分解の存在)と シューア(重複度の一意性)で、表現の分類の枠組みが完成しました。あとは重複度をどう計算するか——それが 第5章の指標です。
可換群の既約表現はすべて1次元
シューアの補題の鮮やかな応用。可換群の複素既約表現は、すべて 次元。これは可換群の表現論を劇的に単純に します。
定理 アーベル群の既約表現
が可換群なら、 の複素既約表現はすべて 次元(=指標 )。既約表現の個数は 。
証明
可換なので、各 に対し は の作用と可換()——つまり 自身が絡作用素。既約表現の自己絡作用素はスカラー(シューア (2))だから 。 よってすべての がスカラー行列で、任意の 次元部分空間が不変。既約なら 。∎
可換群では「群の全元がスカラー行列」——だから 次元に潰れる。リー群で (非可換)の既約表現が高次元になったのと対照的です。 の既約表現が 個の 次指標 ()だけなのは、これの帰結。可換群の表現論= 次指標の理論(フーリエ解析の 離散版)です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- シューア:既約間の絡作用素はゼロか同型、自己絡作用素はスカラー。 核・像が不変部分空間になるから。 (代数閉)で (2) が効く。
- 重複度は絡作用素の次元で数える。 。だから重複度は一意(分解によらない)。
- 可換群の既約表現は全部1次元。 全元がスカラー行列(シューア)。非可換群は高次元既約をもちうる。
- 絡作用素は表現の作用と可換な写像。 ただの線形写像でなく 。表現を保つ写像。
この章のまとめ
- シューアの補題:既約表現間の絡作用素はゼロか同型、同じ既約への自己絡作用素はスカラー倍()。証明は核・像が不変部分空間+ で固有値がある。
- 帰結:既約分解の重複度 は一意(マシュケの存在+シューアの一意性で分類の枠組み完成)。
- 可換群の既約表現はすべて1次元(全元がスカラー行列)= 次指標。 の既約は 個。
- 分解の枠組みが揃った。次章では、表現を「群環の加群」として捉え直し、加群論の視点で表現論を見通します。
次章では、群環 を導入し、表現=群環の加群であること、正則表現との関係を加群論の言葉で整理します。