第3章 測地線
曲がった空間で「まっすぐ」とは
前章で微分の仕方(レヴィ–チヴィタ接続)が決まりました。すると「まっすぐ進む」の意味も定まります。 微分幾何学の曲面で見た測地線を、抽象リーマン多様体へ一般化しましょう。三つの 同値な顔——自己平行(加速度ゼロ)・局所最短・方向を変えず進む——は、そのまま生きています。
いちばん本質的なのは「自己平行」。接続で測った加速度がゼロ、つまり速度ベクトルを平行移動しながら進む道です。 車でハンドルを切らずに走る軌跡。計量が入った空間では、これが「まっすぐ」の正確な意味になります。
測地線=速度ベクトルを平行移動しながら進む道()。曲がった空間の直線。
測地線の定義と方程式
定義 測地線
「加速度がゼロ」といっても、(座標で真っ直ぐ)ではありません。曲がった空間の“まっすぐ”は、 座標のまっすぐに補正項 を加えたもの。この補正が「空間の曲がりに沿って進路を 合わせる」ぶんで、計量だけから決まります(前章の )。だから測地線は内在的——面の上に住む者が、 外を見ずに「まっすぐ」を定められます。
定理 測地線の存在と一意性
各点 と各速度 に対し、 をみたす測地線が(局所的に)ただ一つ存在する。 また測地線は速さが一定( が保たれる)。
証明
測地線方程式は二階の常微分方程式で、初期位置 と初期速度 で決まる。微分方程式の存在 一意性より局所解が一意。速さ一定は、計量両立より 。∎
「点と方向を与えれば測地線が一本決まる」——ユークリッド空間で「点と向きから直線が一本」の一般化です。 速さが一定なのは計量両立の直接の帰結(平行移動が長さを保つから、速度の長さも不変)。
測地線は局所最短——長さの変分
測地線のもう一つの顔「最短経路」を、変分法で確立します。二点を結ぶ曲線の中で長さを最小にするものは、 測地線方程式をみたす——変分法のオイラー–ラグランジュ方程式が、まさに測地線方程式に なるのです。
定理 測地線の局所最短性
長さ汎関数 (または エネルギー )の 臨界点は測地線である。十分近い二点を結ぶ最短曲線は測地線であり、逆に測地線は十分短い範囲で二点間の最短経路。
証明
曲線を となめらかに変形し、エネルギー の での微分(第一変分)を計算する。部分積分と 計量両立より
( は変分ベクトル場)。これが任意の でゼロ (測地線)。ゆえに長さ・ エネルギーの臨界点は測地線。∎
第一変分に現れる ——これが自己平行の定義そのもの。「長さの臨界点」と「加速度ゼロ」が、 変分を通じて一致します。ゴムひもを面に張ると、張力で長さを縮めて測地線の形に落ち着く——これが直感的な像です。
注意 “局所”が本質——最短は近距離でのみ
測地線は「まっすぐ」であって、大域的に最短とは限らない。球面で北極と南極を結ぶ経線はどれも測地線・最短 だが、赤道を四分の三周する大円の弧は測地線でも最短でない。第8章で見るように、正曲率では測地線は共役点の 先で最短でなくなる。「測地線=最短」は局所の話——大域では完備性(第9章)と曲率(第8章)が効いてくる。 微分幾何の「局所最短性」の回収。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 測地線は ではない。 座標のまっすぐでなく、補正 を含む。空間の曲がりに 沿う“まっすぐ”。計量だけで決まり内在的。
- 測地線は「加速度ゼロ」=自己平行が定義。 最短は帰結(局所的に)。長さの変分=オイラー–ラグランジュが 測地線方程式。
- 速さは一定。 計量両立の帰結。だから測地線は弧長に比例したパラメータ(アフィンパラメータ)で走る。
- 最短は局所的にのみ保証。 遠い二点では測地線でも最短とは限らない(球の長い弧)。共役点・完備性が絡む。
この章のまとめ
- 測地線=速度を平行移動しながら進む道 (自己平行・加速度ゼロ)。座標では 。補正項が空間の曲がりに沿わせる(計量だけで決まり内在的)。
- 点と方向で一意に存在、速さは一定(計量両立)。ユークリッドの直線の一般化。
- 長さ・エネルギーの変分の臨界点が測地線(第一変分に が現れる)。局所的には最短だが、大域では共役点・完備性が絡む。
- 各点・各方向から測地線が伸びる。次章では、これを束ねた写像——指数写像 と、それが与える正規座標を導入します。
次章では、指数写像 と正規座標、測地球、そしてガウスの補題(測地線が測地球に直交する)を見ます。