数学の作り方 How to make Mathematics

第4章 指数写像と正規座標

接空間から多様体へ——測地線で写す

前章で、各点 pp・各方向 vv から測地線が一本伸びました。これを一斉に束ねます。接ベクトル vTpMv\in T_pM に、 「pp から速度 vv で測地線を時間 11 だけ走った到達点」を対応させる——これが指数写像です。リー群exp\exp が直線を群に巻きつけたのと同じ精神を、リーマン多様体で展開します(実際、リー群の指数写像はこの特別な 場合)。

指数写像は「平らな接空間 TpMT_pM を、曲がった多様体 MM の上へ、測地線に沿って貼りつける」操作。これによって、 曲がった空間の一点のまわりを、平らなベクトル空間の座標で扱えるようになります。

指数写像 expp:TpMM\exp_p:T_pM\to M=方向 vv の測地線を時間 11 走った点。平らな接空間を測地線で多様体へ貼りつける。

指数写像と正規座標

定義 指数写像

pMp\in MvTpMv\in T_pM に対し、γv\gamma_vγv(0)=p, γv(0)=v\gamma_v(0)=p,\ \gamma_v'(0)=v の測地線とする。指数写像

expp(v)=γv(1)\exp_p(v)=\gamma_v(1)

で定める(vv が十分小さければ定義される)。expp(tv)=γv(t)\exp_p(tv)=\gamma_v(t)——放射状の測地線。

expp(tv)=γv(t)\exp_p(tv)=\gamma_v(t) に注目してください。接空間の原点を通る直線 ttvt\mapsto tv(方向 vv)が、多様体上の 測地線 γv\gamma_v に写る。接空間の“まっすぐ”が、多様体の“まっすぐ”へ対応する。前章の測地線の存在一意性から、 expp\exp_p は原点近傍でなめらかに定義できます。

定理 exp は局所微分同相・正規座標

expp\exp_p の原点 0TpM0\in T_pM での微分は恒等写像 idTpM\mathrm{id}_{T_pM}。よって逆関数定理により、expp\exp_p00 の近傍から pp の近傍への微分同相TpMT_pM の正規直交基底を使えば、pp のまわりの座標 (測地正規座標)が得られ、そこでは

gij(p)=δij,Γijk(p)=0g_{ij}(p)=\delta_{ij},\qquad \Gamma^k_{ij}(p)=0

(原点で計量がユークリッド、接続係数が消える)。

証明

ddtexpp(tv)0=γv(0)=v\frac{d}{dt}\exp_p(tv)\big|_0=\gamma_v'(0)=v より d(expp)0=idd(\exp_p)_0=\mathrm{id}。可逆なので逆関数定理で局所微分同相。 正規座標では放射状測地線が座標の直線 tvtv に一致するので、t=0t=0 で測地線方程式から Γijk(p)=0\Gamma^k_{ij}(p)=0、 基底が正規直交なので gij(p)=δijg_{ij}(p)=\delta_{ij}。∎

正規座標の御利益は絶大です。任意の点 pp で、そこだけ見れば空間はユークリッドに一致するgij(p)=δij, Γ(p)=0g_{ij}(p)=\delta_{ij},\ \Gamma(p)=0)。 一階の情報まで平らにできる。だから「原点で一階微分が消える」座標で計算すれば、多くの公式が簡単になります。 ただし二階微分は消せない——そこに曲率が宿ります(第5章)。曲がりは二階の情報、というのが核心です。

測地球とガウスの補題

指数写像で、接空間の球を多様体へ写すと測地球が得られます。そして、放射状の測地線が測地球面に直交する ——ガウスの補題。これは「距離を測地線で測る」正当化の土台です。

定義 測地球・測地距離

expp({v<r})\exp_p(\{|v|<r\})測地球 B(p,r)B(p,r)、その境界 expp({v=r})\exp_p(\{|v|=r\})測地球面という (rr が十分小さいとき)。

定理 ガウスの補題

pp を中心とする放射状の測地線は、測地球面に直交する。したがって、expp\exp_p による正規座標で、原点からの 放射方向は他の方向と直交し、pp から expp(v)\exp_p(v) への最短経路は放射状測地線 γv\gamma_v で、距離は v|v| に 一致する。

証明

測地球面上を動く変分に対し、放射方向 r\partial_r とのエネルギー第一変分(前章)を 計算すると、測地線が自己平行(γγ=0\nabla_{\gamma'}\gamma'=0)ゆえ境界項だけが残り、g(r,球面接方向)=0g(\partial_r,\text{球面接方向})=0 が出る。これで放射測地線が球面に直交し、放射方向へ動くのが最短だと従う。∎

ガウスの補題は、日常の「同心円と半径は直交する」の曲がった版です。だからこそ「pp から近くの点への最短距離= 放射状測地線の長さ=v|v|」が保証され、第1章で「距離=曲線長の下限」と定義したものが、局所では測地線で 実現されると分かります。指数写像・正規座標・ガウスの補題は、この後の曲率計算・比較幾何すべての足場です。

注意 正規座標での計量の展開——曲率が顔を出す

正規座標で計量を原点のまわりで展開すると

gij(x)=δij13k,lRikjl(p)xkxl+O(x3)g_{ij}(x)=\delta_{ij}-\tfrac13\sum_{k,l}R_{ikjl}(p)\,x^k x^l+O(|x|^3)

となる(RR は第5章のリーマン曲率テンソル)。一次の項が無い(Γ(p)=0\Gamma(p)=0)のに、二次の項に曲率がそのまま 現れる。「一階では平ら、二階で曲がる」が式で見える。ユークリッドからのずれの主要項が曲率——次章の主題を 先取りする式。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • expp\exp_p は接空間 TpMT_pM(平ら)から多様体 MM(曲がった)への写像。 放射状の直線 tvtv を測地線 γv\gamma_v に 写す。リー群exp\exp はこの特別な場合。
  • 正規座標で消せるのは一階まで。 gij(p)=δij, Γ(p)=0g_{ij}(p)=\delta_{ij},\ \Gamma(p)=0 にできるが、二階微分(曲率)は消せない。 曲がりは二階の情報。
  • ガウスの補題=放射測地線が測地球面に直交。 「半径と同心円は直交」の曲がった版。最短距離が放射測地線で 実現される根拠。
  • expp\exp_p は局所同相。 遠くでは測地線が交差したり共役点を作ったりして全単射でなくなる(第8章)。局所の話。

この章のまとめ

  • 指数写像 expp(v)=γv(1)\exp_p(v)=\gamma_v(1)=方向 vv の測地線の到達点。放射状の直線 tvtv を測地線 γv\gamma_v に写す。d(expp)0=idd(\exp_p)_0=\mathrm{id} より局所微分同相
  • 正規座標では原点で gij(p)=δij, Γijk(p)=0g_{ij}(p)=\delta_{ij},\ \Gamma^k_{ij}(p)=0——一階まで平らにできる(が二階=曲率は消せない)。計量の二次展開に曲率が現れる。
  • ガウスの補題:放射測地線は測地球面に直交。ゆえに近くの点への最短経路は放射測地線で、距離は v|v|。第1章の距離の定義が局所で測地線により実現。
  • 一階で平ら、二階で曲がる。次章では、その「二階のずれ」を測る量——リーマン曲率テンソルを定義します。

次章では、共変微分の非可換性としてリーマン曲率テンソルを定義し、その対称性を調べます(微分幾何の一般化)。