第5章 リーマン曲率テンソル
曲がりを「微分の非可換性」で測る
前章で、正規座標を使えば一階の情報まで平らにできる、でも二階=曲率は消せないと見ました。では曲率を、 どう厳密に取り出すか。微分幾何学で予告した方法——共変微分の順序を変えたときの ずれ——を、リーマン多様体で本格的に展開します。
直感はこうです。平らな空間では、ベクトルを平行移動した結果は経路によらない(微分の順序が交換可能)。 曲がった空間では、閉じた道を一周して平行移動すると、ベクトルが回転して戻る(微分幾何の 球面の例)。この「一周のずれ」を無限小で測るのが、 の非可換性。それが リーマン曲率テンソルです。
リーマン曲率テンソル=共変微分の順序交換のずれ 。平坦なら 、曲がっていれば非ゼロ。
リーマン曲率テンソル
定義 リーマン曲率テンソル
ベクトル場 に対し
をリーマン曲率テンソルという。座標では 、 はクリストッフェル記号とその微分で書ける(=計量の二階微分まで)。
の項は、 が可換でない分の補正で、これを入れると が各点の値だけで決まる テンソルになります(微分幾何で確認した仕組み)。微分を含む定義なのに、展開すると 微分項が相殺して純粋な代数量になる——「非可換性という現象が、点ごとの数に凝縮される」のが要点です。
定理 R はテンソル
は の各々について関数線形。ゆえに 点での値は だけで決まる(微分の履歴に よらない)。
曲率テンソルの対称性
レヴィ–チヴィタ接続の曲率には、豊かな対称性があります。 と 四つ添字を下げて書くと見やすい。これらは断面曲率・リッチ曲率(第6・7章)や一般相対論のアインシュタイン方程式で 本質的です。
定理 曲率の対称性
は次をみたす:
- 反対称:。
- 対交換:。
- 第一ビアンキ恒等式:。
- 第二ビアンキ恒等式:(微分の恒等式)。
反対称性(1)は「二平面の向きを反転すると符号が変わる」、対交換(2)は計量両立から来ます。これらの対称性で、 次元での曲率テンソルの独立成分は 個に減ります—— 次元で 個(ガウス曲率)、 次元で 個、 次元(時空)で 個。第二ビアンキ恒等式(4)は微分に関する恒等式で、これを縮約すると アインシュタイン方程式の保存則(第12章)が出ます。
注意 第二ビアンキ恒等式が物理を守る
第二ビアンキ恒等式を二回縮約すると、アインシュタインテンソル が (発散ゼロ)をみたすことが従う。一般相対論では、これがエネルギー・運動量の保存 を保証する(アインシュタイン方程式 、第12章)。純粋に幾何的な恒等式が、 物理の保存則を強制する——リーマン幾何が相対論の骨格である理由。
平坦性の判定
曲率テンソルは「その空間がどれだけユークリッドから外れているか」を測ります。 は「局所的に平ら」の 正確な意味です。
定理 平坦 ⟺ 局所ユークリッド
リーマン多様体が (曲率テンソルが恒等的にゼロ) 各点の近傍で計量がユークリッド計量 に (座標変換で)一致する(局所平坦)。このとき平行移動は経路によらない。
なら、平行移動が経路によらなくなり、正規直交枠を平行移動で大域的に広げてユークリッド座標が作れる。 逆にユークリッドなら で 。曲率テンソルは、平坦からのずれを完全に捉える——一点でも なら、その空間はどんな座標でも平らにできません。円柱が (平面を丸めただけ、微分幾何の 驚異の定理)で球面が 、という区別がここに含まれます。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 曲率は微分の非可換性。 のずれ。平坦で 、曲がって非ゼロ。 は テンソル化のための補正。
- はテンソル(各点で決まる)。 微分を含む定義なのに、展開すると微分項が消え代数量になる。「非可換性が 点ごとの数に凝縮」。
- は「局所」平坦。 大域では円柱・トーラスのように でも曲がって見える(内在的には平ら)。 局所ユークリッドと大域の形は別。
- 独立成分は 。 次元で (ガウス曲率)、 次元で 。次元で曲率の“豊かさ”が違う。
この章のまとめ
- リーマン曲率テンソル =共変微分の順序交換のずれ=平行移動の経路依存。展開すると微分項が消えテンソル(各点で決まる)。
- 豊かな対称性(反対称・対交換・第一/第二ビアンキ)。独立成分 ( 次元で 、 次元で )。第二ビアンキが相対論の保存則を強制。
- ⟺ 局所ユークリッド。曲率テンソルは平坦からのずれを完全に捉える。
- 曲率テンソルは成分が多い。次章では、これを二平面ごとの一つの数に凝縮した断面曲率を導入し、定曲率空間(球面・平坦・双曲)を見ます。
次章では、断面曲率(各二平面のガウス曲率)を定義し、正・零・負の定曲率空間——球面・ユークリッド・双曲——を、ポアンカレ円盤で体感します。