数学の作り方 How to make Mathematics

第5章 指数写像

無限小から有限へ

これまで、リー群を単位元で微分してリー環(無限小の対称性)を得ました。今度は逆——無限小のリー環から、 有限の対称性であるリー群へ登る橋を架けます。それが指数写像です。

直感はこうです。リー環の元 XX は「単位元での初速度」でした。ならば「その初速度で群の中を進み続けたら、 どこに着くか」。速度 XX で時間 tt だけ進んだ到達点が exp(tX)\exp(tX)。無限小の一歩を無限回積み重ねて、有限の 変換を作る——微分の逆、積分にあたる操作です。実は名前どおり、これは指数関数の一般化になります。

指数写像 exp:gG\exp:\mathfrak g\to G=リー環の元 XX(初速度)で群の中を進み続けた到達点。無限小を積み上げて有限の対称性にする。

行列指数関数

行列群では、指数写像は行列指数関数——おなじみの exe^x の級数を行列に当てたもの——として明示的に 書けます。微分方程式で連立線形系を解いた etAe^{tA} と同じものです。

定義 行列指数関数

行列 XX に対し

exp(X)=eX=n=0Xnn!=I+X+X22+X36+\exp(X)=e^X=\sum_{n=0}^\infty\frac{X^n}{n!}=I+X+\frac{X^2}2+\frac{X^3}6+\cdots

関数解析の絶対収束により、すべての行列で収束)。exp(0)=I\exp(0)=I

この級数は Xnn!=eX<\sum\frac{\|X\|^n}{n!}=e^{\|X\|}<\infty より必ず収束します(第2章で触れた完備性の御利益)。 tt を掛けた exp(tX)\exp(tX) を考えると、これがちょうど 1パラメータ部分群になります。

定理 exp は1パラメータ部分群を生む

XgX\in\mathfrak g に対し γ(t)=exp(tX)\gamma(t)=\exp(tX) は、

  1. γ(0)=I\gamma(0)=Iγ(0)=X\gamma'(0)=X(初速度が XX)、
  2. γ(s+t)=γ(s)γ(t)\gamma(s+t)=\gamma(s)\gamma(t)1パラメータ部分群第3章)、
  3. ddtexp(tX)=Xexp(tX)\dfrac{d}{dt}\exp(tX)=X\exp(tX)(微分方程式 γ=Xγ\gamma'=X\gamma の解) をみたす。

証明

級数を項別微分すると ddt(tX)nn!=ntn1Xnn!=X(tX)n1(n1)!=Xexp(tX)\frac{d}{dt}\sum\frac{(tX)^n}{n!}=\sum\frac{n t^{n-1}X^n}{n!}=X\sum\frac{(tX)^{n-1}}{(n-1)!}=X\exp(tX)t=0t=0XXγ(s+t)=γ(s)γ(t)\gamma(s+t)=\gamma(s)\gamma(t) は、XXtXtX が可換なので級数の積が指数法則をみたすことから (e(s+t)X=esXetXe^{(s+t)X}=e^{sX}e^{tX})。∎

規則 3「γ=Xγ\gamma'=X\gamma」に注目してください。これは「各瞬間の速度が、現在位置に初速度 XX を掛けたもの」 ——一定の“無限小回転” XX を積分し続ける運動。exp(tX)\exp(tX) は、無限小の対称性 XX を有限時間ぶん積み上げた 到達点なのです。

指数写像を体感する——直線が群に巻きつく

SO(2)\mathrm{SO}(2) で指数写像の姿を見ましょう。リー環 so(2)\mathfrak{so}(2)11 次元(無限小回転 XX の実数倍)、 群 SO(2)=S1\mathrm{SO}(2)=S^1 は円。exp(tX)\exp(tX) は角 tt の回転です。下で動かしてください。

まっすぐな接直線(リー環 RX\mathbb R\cdot X)が、exp\exp によって円(群 SO(2)\mathrm{SO}(2))へ巻きついていきます。 リー環の元 tXtX(接直線上の高さ tt)が、円上の角 tt の点 exp(tX)=(cost,sint)\exp(tX)=(\cos t,\sin t) に写る。弧長 tt と 角 tt が対応します。そして ttt+2πt+2\pi は同じ点に着く——周期性exp\exp の核が 2πZ2\pi\mathbb Z)。 平らな直線を、曲がった群へ巻き取る——これが指数写像の幾何的な姿です。

exp の計算例

  • X=(0110)X=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}so(2)\mathfrak{so}(2)):exp(tX)=(costsintsintcost)\exp(tX)=\begin{pmatrix}\cos t&-\sin t\\\sin t&\cos t\end{pmatrix}=角 tt の回転。X2=IX^2=-I より級数がオイラーの公式に化ける。
  • X=diag(a1,,an)X=\mathrm{diag}(a_1,\dots,a_n)(対角):exp(X)=diag(ea1,,ean)\exp(X)=\mathrm{diag}(e^{a_1},\dots,e^{a_n})
  • 反対称 XXso(n)\mathfrak{so}(n))→ expX\exp X は回転(直交行列)。反エルミート → ユニタリ。リー環の条件が群の条件に写る

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • exp は級数で定義(行列群)。 eX=Xn/n!e^X=\sum X^n/n!。数の指数関数の一般化。det=1\det=1 や直交性は級数から従う (deteX=etrX\det e^X=e^{\operatorname{tr}X} など)。
  • eX+YeXeYe^{X+Y}\ne e^Xe^Y(一般に)。 X,YX,Y が可換なときだけ指数法則が成り立つ。非可換だとずれる——そのずれが BCH公式(次章)で、リー括弧が効いてくる。
  • exp は直線を群に巻きつける。 リー環(平ら)→ 群(曲がった)。SO(2)\mathrm{SO}(2) では周期的に巻く。だから 全単射でない(核 2πZ2\pi\mathbb Z)。
  • exp(tX)\exp(tX) の初速度が XX t=0t=0 での速度がリー環の元 XX を回収する。exp は「微分の逆」(積分的)操作。

この章のまとめ

  • 指数写像 exp:gG\exp:\mathfrak g\to G=リー環の元 XX で群を進み続けた到達点。行列群では行列指数関数 eX=Xn/n!e^X=\sum X^n/n!(必ず収束)。
  • exp(tX)\exp(tX) は初速度 XX1パラメータ部分群で、γ=Xγ\gamma'=X\gamma をみたす(無限小 XX の積分)。
  • 幾何的には平らな直線(リー環)を曲がった群へ巻きつけるSO(2)\mathrm{SO}(2) では円に周期的に巻き(核 2πZ2\pi\mathbb Z)。リー環の条件(反対称・トレース0)が群の条件(直交・det=1\det=1)に写る。
  • ただし eX+YeXeYe^{X+Y}\ne e^Xe^Y(非可換)。次章では、この積のずれを支配する式——BCH公式と、exp が局所同相であることを見ます。

次章では、expXexpY=exp(X+Y+12[X,Y]+)\exp X\exp Y=\exp(X+Y+\frac12[X,Y]+\cdots)(BCH公式)と、exp が単位元近傍で座標を与えること(局所同相)を扱います。