第11章 最大値原理と等角写像
「最大値は必ず境界でとる」——正則関数の剛性、再び
正則関数の絶対値 は、領域の内部で最大値をとれません。最大は必ず境界にある——これが最大値原理です。 第2章で見た「実部・虚部は調和関数」の帰結でもあり(調和関数の最大値も境界)、静電場の ポテンシャルが内部で極大にならない(物理的にも自然)ことに対応します。
この原理から、正則写像の“大きさ”を制御するシュワルツの補題が出て、それが単位円板の自己同型 (第3章で見たメビウス変換)を完全に決定します。そして究極がリーマンの写像定理—— 「単連結領域(全平面を除く)は、どんな複雑な形でも、必ず単位円板と等角同型」。どんな領域も円板に化けられる。 第2章の等角写像で予告した「難しい領域を簡単な領域に移す」技術の、理論的な到達点です。 写像論のクライマックスへ進みます。
最大値原理: の最大は境界。ここからシュワルツの補題、円板の自己同型、そしてリーマンの写像定理(単連結領域は円板と等角同型)。
最大値原理
定理 最大値原理
が領域 で正則かつ定数でないなら、 は の内部で最大値をとらない。 が有界で が閉包で連続なら、 の最大は境界でとる。
証明
開写像定理より、定数でない正則 の像 は開集合。もし が内点 で最大なら、 は の縁にあり、 が の近傍を含む(開)ことに反する(近傍には の点がある)。ゆえ内部で最大をとらない。∎
証明は前章の開写像定理一発。「像が開なら、内部の点の値のまわりにはもっと大きい値がある」——だから内部で 最大になれない。別証として、コーシーの積分公式から出る平均値性( は周上の平均)を使うこともできます (平均が最大なら周上すべて最大=定数)。この原理を、定義域が円板の写像に適用したのがシュワルツの補題です。
シュワルツの補題
定理 シュワルツの補題
が単位円板 から への正則写像で とする。このとき さらに、ある で となるか なら、 は回転 。
証明
とおく。 ゆえ は で除去可能(第7章)で 上正則、。 上で ()。最大値原理より で 、 で (全 )。 すなわち 、。等号成立時、 が内点で最大 をとるので最大値原理より 定数 、。∎
「円板を円板に写し原点を固定するなら、必ず縮小する(か回転)」。この一見地味な補題が、円板の“かたち”を保つ 写像をすべて決定します。まず、その写像を用意します。
メビウス変換と円板の自己同型
第3章で見たメビウス変換 ()は、円・直線を円・直線に写す等角写像でした。 そのうち、単位円板を単位円板に写すものが自己同型です。
定理 単位円板の自己同型
から への正則な全単射(自己同型)は、ちょうど の形(ブラシュケ因子×回転)に限る。
証明
(要点。) は を に写し( を使う)、 を に写す自己同型で 。 逆に自己同型 に対し、 となる をとり、 と合成すると は を固定する自己同型。 シュワルツの補題を両向きに適用すると 、ゆえ回転。したがって は上の形。∎
「円板の対称性(自己同型群)」が、 実パラメータ( と回転 )のメビウス変換で尽くされる。 これは双曲幾何(ポアンカレ円板)の等長変換群でもあり、シュワルツの補題の精密版が距離の言葉になります。
定理 シュワルツ–ピックの定理
正則なら、双曲距離(ポアンカレ計量 )を増やさない: 等号成立は が自己同型のとき。
シュワルツの補題を「原点固定」から解放した形で、 は双曲距離の縮小写像。等角写像が双曲幾何と結びつく、 美しい定理です。円板の中では、正則写像は距離を縮めるしかない。
リーマンの写像定理
写像論の頂点です。「どんな単連結領域も、円板と本質的に同じ」。
定理 リーマンの写像定理
全体でない単連結領域 は、単位円板 と等角同型(正則な全単射 が存在)。 の一点と方向を指定すれば、 は一意。
証明
(証明の骨子。) から への単射正則写像の族 を考え、「 を最大にする 」を探す。族が 正規族(モンテルの定理的なコンパクト性)ゆえ、極大化する が存在。それが全射(さもなくば ブラシュケ因子と平方根で をさらに大きくでき矛盾)で等角同型。∎
証明は「導関数を最大化する写像を選ぶ」変分的な議論で、関数の族のコンパクト性(正規族)を使います。含意は 絶大です。円板・上半平面・複雑な多角形・翼の外側——単連結でありさえすれば、すべて等角に移り合う。だから 第2章で予告した「難しい領域でのラプラス方程式を、円板に移して解く」が、原理的にいつでも 可能だと保証される。 全体だけが例外(リウヴィルより の非定数正則写像は無い)なのも味わい深い点です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 最大値原理: の最大は境界。 内部で最大なら定数。調和関数(実部)も同様。最小値は に零点があれば内部でとりうる()が、零点が無ければ に最大値原理で最小も境界。
- シュワルツの補題は 、。 円板を円板へ・原点固定なら縮小か回転。前提を外すとシュワルツ–ピック(双曲距離の縮小)。
- リーマンの写像定理は単連結かつ 。 全体は円板と等角同型でない(リウヴィル)。穴があると(非単連結)成り立たない。
- 等角同型は正則な全単射(逆も正則)。 単なる全単射でなく角度を保つ。領域の「複素解析的な同一視」。
この章のまとめ
- 最大値原理:定数でない正則 の は内部で最大をとらない(開写像定理から)。最大は境界。
- シュワルツの補題:、 なら (等号で回転)。これが円板の自己同型(メビウス )を決定し、シュワルツ–ピック(双曲距離の縮小)へ精密化。
- リーマンの写像定理: でない単連結領域は単位円板と等角同型。どんな領域も円板に移せる( 全体のみ例外)。
最終章は、正則関数を領域外へ延ばす——解析接続・鏡像の原理・モノドロミーを扱います。