数学の作り方 How to make Mathematics

第2章 正則関数・調和関数・等角性

正則関数は「角度を保つ」変換である

前章で正則性を代数的に(コーシー–リーマン方程式)捉えました。この章では、その幾何的な意味を見ます。 結論を先に言うと——正則関数(で微分が 00 でないところ)は、局所的に角度を保つ変換(等角写像)です。 複素数の掛け算が「回転+拡大」だったこと(前章)の、なめらかな関数版です。

もう一つの顔は、物理とのつながり。正則関数の実部・虚部は、それぞれ調和関数(ラプラス方程式を満たす)になります。 調和関数は静電場のポテンシャル、定常温度分布、非圧縮流体の流れなどを記述する、物理の主役。だから複素解析は 偏微分方程式(ラプラス方程式)や流体力学の強力な道具になります。「正則関数を一つ知ることは、 一組の調和関数を知ること」——この橋を、この章で架けます。

正則関数は f0f'\ne0角度を保つ(等角)。その実部・虚部は調和関数(ラプラス方程式の解)。

調和関数

定義 調和関数

C2C^2 関数 u(x,y)u(x,y)調和とは、ラプラス方程式 Δu=2ux2+2uy2=0\Delta u=\frac{\partial^2 u}{\partial x^2}+\frac{\partial^2 u}{\partial y^2}=0 を満たすこと。

定理 正則 ⇒ 実部・虚部は調和

f=u+ivf=u+iv が領域 DD で正則なら(後に示すように u,vu,vCC^\infty)、u,vu,v はともに調和関数。

証明

コーシー–リーマン方程式 ux=vy, uy=vxu_x=v_y,\ u_y=-v_x(前章)を微分する。uxx=vyxu_{xx}=v_{yx}uyy=vxyu_{yy}=-v_{xy}シュワルツの定理(偏微分の順序交換、vvC2C^2)より vyx=vxyv_{yx}=v_{xy} なので uxx+uyy=vyxvxy=0u_{xx}+u_{yy}=v_{yx}-v_{xy}=0vv も同様に Δv=0\Delta v=0。∎

証明は CR 方程式を微分してシュワルツの定理(順序交換)を使うだけ。逆に、調和関数 uu が与えられたとき、 それを実部にもつ正則関数を作れるか——その虚部を調和共役といいます。

定義 調和共役

調和関数 uu に対し、f=u+ivf=u+iv が正則となる調和関数 vvuu調和共役という。

命題 調和共役の存在

単連結領域上の調和関数 uu には、調和共役 vv が(定数差を除いて)存在する。

証明

vv は CR 方程式 vx=uy, vy=uxv_x=-u_y,\ v_y=u_x を満たすべき。この (vx,vy)(v_x,v_y) が「ポテンシャルをもつ」(積分可能)条件は y(uy)=x(ux)\partial_y(-u_y)=\partial_x(u_x) すなわち uyy=uxx-u_{yy}=u_{xx}、= uu が調和。単連結なら微積分の線積分v(x,y)=(uydx+uxdy)v(x,y)=\int(-u_y\,dx+u_x\,dy) が経路によらず定まる。∎

「調和関数は、正則関数の半分」。uu を決めれば vv が(本質的に)決まり、f=u+ivf=u+iv が復元できる。だから 「調和関数を扱う=正則関数を扱う」で、複素解析の道具(等角写像・コーシーの公式)が調和関数=物理のポテンシャル 問題に丸ごと使えるのです。

等角性

正則関数の幾何的な意味を、いよいよ明かします。f(z0)0f'(z_0)\ne0 なら、ffz0z_0 で角度を保ちます。

定理 正則写像の等角性

ffz0z_0 で正則、f(z0)0f'(z_0)\ne0 とする。z0z_0 で交わる2つの滑らかな曲線の像は、同じ角度で交わる (ffz0z_0等角=角度と向きを保つ)。

証明

z0z_0 を通る曲線 z(t)z(t)z(0)=z0z(0)=z_0)の像は w(t)=f(z(t))w(t)=f(z(t))w(0)=f(z0)z(0)w'(0)=f'(z_0)z'(0)(連鎖律)。接ベクトルの偏角は argw(0)=argf(z0)+argz(0)\arg w'(0)=\arg f'(z_0)+\arg z'(0)。2曲線の接ベクトル z1(0),z2(0)z_1'(0),z_2'(0) の像は、どちらも偏角に同じ argf(z0)\arg f'(z_0) が 加わるので、なす角 argz2(0)argz1(0)\arg z_2'(0)-\arg z_1'(0) は不変。∎

証明の核心は「f(z0)f'(z_0) を掛けると、すべての接ベクトルの偏角に同じ角 argf(z0)\arg f'(z_0) が加わる」こと。全部が 同じだけ回転するから、相対的な角度は保たれる。まさに前章の「複素数の掛け算=回転+拡大」の帰結です。 下で体感してください。直交する格子が、正則写像でどう写るか——交点では像も直交したままです (f0f'\ne0 の点で)。

定義域 z
→ f →
像 f(z)

z2z^2 は角度を 22 倍に開く…と思いきや、格子の交点(z00z_0\ne0)では像も直交しています。角度を 22 倍にするのは 「原点からの偏角」の話で、局所的な交差角は保たれる。原点だけは f(0)=0f'(0)=0臨界点で、そこでは等角性が 崩れます(角度が 22 倍に開く)。1/z1/z やメビウス変換が「円と直線を円と直線に写す」のも、等角性の現れです。

注意 臨界点では等角でない

f(z0)=0f'(z_0)=0 の点では等角性が崩れ、角度が kk 倍(f(z)f(z0)c(zz0)kf(z)-f(z_0)\sim c(z-z_0)^kkk 倍)に開く。z2z^2 の原点、z3z^3 の原点など。 「f0f'\ne0」が等角性の条件。逆に、等角なめらか写像は正則(または反正則)——等角性は正則性とほぼ同値。

物理への応用

注意 調和関数と等角写像で解く物理

静電場・定常熱伝導・非圧縮渦なし流れのポテンシャルは、すべて2次元では調和関数(ラプラス方程式、偏微分方程式)。 複雑な形状 DD でのラプラス方程式を解くには、DD を簡単な形(円板・上半平面)へ等角写像で移す。等角写像は ラプラス方程式を保つ(調和関数を調和関数に写す)ので、簡単な形で解いてから引き戻せばよい。第11章の等角写像は、 この「難しい領域を簡単な領域に移す」技術。複素解析が工学(翼まわりの流れ、静電容量の計算)で使われる理由。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 実部・虚部は調和(ラプラス方程式の解)。 逆に、単連結領域の調和関数は正則関数の実部(調和共役が存在)。「調和関数 ↔ 正則関数」。
  • 等角=局所的に角度を保つ。 大域的な形は歪んでも、各交点での交差角は保たれる(f0f'\ne0)。z2z^2 の格子の像も交点では直交。
  • 臨界点 f=0f'=0 では等角でない。 角度が倍増する。z2z^2 の原点など。
  • 等角性は「回転+拡大」の局所版。 f(z0)f'(z_0) が局所的な回転角 argf\arg f' と拡大率 f|f'| を与える。

この章のまとめ

  • 正則関数 f=u+ivf=u+iv の実部・虚部は調和関数Δu=Δv=0\Delta u=\Delta v=0、CR+順序交換から)。単連結領域では調和関数に調和共役が存在し、正則関数を復元できる。
  • 正則写像は f0f'\ne0 の点で等角(角度と向きを保つ)。理由は「f(z0)f'(z_0) を掛けると全接ベクトルが同じ角だけ回転」。臨界点 f=0f'=0 では角度が倍増。
  • 調和関数=物理のポテンシャル、等角写像=領域の付け替え。複素解析がラプラス方程式・流体・静電場を解く道具になる。

次章は、正則関数の宝庫——べき級数と、指数・対数など初等関数の複素への拡張を扱います。