第6章 連立線形系と行列指数関数
の解 を、行列に一般化する
複数の量が絡み合って変化する系——捕食者と被食者、連成振動、化学反応の濃度——は、複数の未知関数の 連立微分方程式になります。( はベクトル、 は行列)の形です。
一見複雑ですが、スカラーの の解が だったことを思い出してください。連立系の解も、 まったく同じ形————で書けます。ここで は行列の指数関数。「行列を指数の肩に乗せる」 という一見奇妙な操作が、連立線形系を一挙に解く鍵です。そして の計算は、線形代数の固有値・対角化・ ジョルダン標準形にそっくり帰着します。微分方程式と線形代数が、ここで完全に一つになる。 高階方程式もすべて一階の連立系に書き直せるので、これは線形 ODE の統一理論でもあります。
連立線形系 の解は 。行列指数関数 は固有値・ジョルダン標準形で計算する。
連立線形系と行列指数関数
定義 行列指数関数
行列 に対し、 (全平面で収束する整関数の行列版、絶対収束)を行列指数関数という。。
定理 連立線形系の解
定数行列 による同次連立系 の解は 一意(ピカール–リンデレフ、 はリプシッツ)。
証明
(項別微分:)。 で 。ゆえ初期値問題の解。∎
スカラーの が、そのまま行列版 に一般化される。証明も同じ (べき級数の項別微分)。問題は を具体的に計算することで、ここで線形代数が主役になります。
固有値による計算
が対角化できれば、 は対角成分の指数関数に落ちます。
定理 対角化可能なとき
(対角化)なら ゆえ解は固有ベクトル を使い 。
証明
( 対角)ゆえ 。 は対角成分 。∎
「各固有方向で、独立に 倍で進む」——連立系が、固有ベクトルの向きに分解すると 個の独立な スカラー方程式 に化ける。線形代数の対角化(座標を固有ベクトルにとると 変換が単純になる)の、力学的な意味そのものです。固有値 が各モードの成長率を決めます。
例 連立系の解
:固有値 (特性方程式 )、 固有ベクトル 。解 。両固有値が負ゆえ原点へ収束 (安定、次章)。
ジョルダン標準形と重複固有値
対角化できない(固有ベクトルが足りない)場合は、ジョルダン標準形で計算します。
定理 ジョルダン細胞の指数関数
ジョルダン細胞 ( は冪零、右上に )について、 と は可換なので ( 冪零ゆえ級数は有限)。
対角化できる場合の解は純粋な の重ね合わせでしたが、対角化できない(重複固有値で固有ベクトル不足)と の多項式因子が付きます——これが第4章の重根 の、連立系版の正体です。 線形代数のジョルダン標準形の指数関数への応用が、ここでそのまま微分方程式の解に現れます。
高階方程式は一階の連立系
すべての高階線形方程式は、一階の連立系に書き直せます。これが連立系の理論を「線形 ODE の統一理論」にします。
命題 高階 → 一階連立系
階方程式 は、 とおくと (コンパニオン行列)という一階連立系になる。この行列の固有値=特性方程式の根。
だから第4章の特性方程式は、コンパニオン行列の固有値方程式にほかならず、重根 ↔ ジョルダン細胞、 というきれいな対応がつきます。線形 ODE の理論は、すべて と に統一される。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- は のときのみ。 行列は非可換なので、指数法則が一般には崩れる。 が成り立つのは が可換だから。
- の計算は固有値・ジョルダン標準形。 対角化可能なら の重ね合わせ、不可能なら の多項式因子(重根)。
- 固有値の実部が安定性を決める。 なら (収束)。次章の相図の基礎。
- 高階も連立系に帰着。 コンパニオン行列。特性方程式=その固有値方程式。線形理論は に統一。
この章のまとめ
- 連立線形系 の解は (行列指数関数、スカラー の一般化、)。
- は線形代数で計算:対角化可能なら 、ジョルダン標準形なら の多項式因子つき(重根の連立系版)。
- 高階方程式はコンパニオン行列の一階連立系に帰着し、特性方程式=固有値方程式。線形 ODE は に統一される。
線形理論が完成しました。次章から定性理論——解を求めずに、平衡点・相図・安定性を読む技術に入ります。