数学の作り方 How to make Mathematics

第1章 体の拡大の基礎

方程式を解くとは、体を広げること

x2=2x^2=2 は有理数の中に解をもちません。x2=1x^2=-1 もそう。方程式を解くには、Q\mathbb Q2\sqrt2ii付け加えて体を広げる必要があります。QQ(2)RC\mathbb Q\subset\mathbb Q(\sqrt2)\subset\mathbb R\subset\mathbb C——数の体系を だんだん広げていくこの営みが、体論の主役です。

そしてガロアの天才的な洞察は、「体をどう広げたか」という情報が、実は群論)に翻訳できる、 というものでした。方程式の可解性という解析的な問いが、対称性の群論的な問いに化ける——それがガロア理論です。 そこへ至る第一歩として、この章では「体の拡大」を厳密に定義し、その“大きさ”を測る拡大次数を導入します。 鍵は、大きい体を小さい体の上のベクトル空間とみなすこと——線形代数がここで効きます。

体の拡大 L/KL/K の“大きさ”は、LLKK 上のベクトル空間とみた次元 [L:K][L:K](拡大次数)で測る。

体の拡大

定義 体の拡大

KK が体 LL の部分体であるとき、LLKK拡大体、この状況を体の拡大 L/KL/K という (KK基礎体LL を上の体)。

拡大 L/KL/K を調べる決定的なアイデアは、LL を「KK を係数とするベクトル空間」とみることです。LL の元は足せるし、 KK の元(スカラー)を掛けられる——まさにベクトル空間の公理(線形代数第1章)を満たします。

定義 拡大次数

拡大 L/KL/K において、LLKK 上のベクトル空間とみたときの次元 dimKL\dim_K L拡大次数 [L:K][L:K] という。 [L:K]<[L:K]<\infty のとき有限拡大、そうでないとき無限拡大という。

拡大次数の例

  • [C:R]=2[\mathbb C:\mathbb R]=2C=RRi\mathbb C=\mathbb R\oplus\mathbb R i、基底 {1,i}\{1,i\}
  • [Q(2):Q]=2[\mathbb Q(\sqrt2):\mathbb Q]=2Q(2)={a+b2}\mathbb Q(\sqrt2)=\{a+b\sqrt2\}、基底 {1,2}\{1,\sqrt2\}
  • [Q(23):Q]=3[\mathbb Q(\sqrt[3]2):\mathbb Q]=3:基底 {1,23,43}\{1,\sqrt[3]2,\sqrt[3]4\}
  • [R:Q]=[\mathbb R:\mathbb Q]=\inftyR\mathbb RQ\mathbb Q 上非可算次元)。

拡大次数を「ベクトル空間の次元」として定義したことで、線形代数の道具(基底・次元)がまるごと使えます。 その最初の、そして最も重要な帰結が次の塔の公式です。

塔の公式(拡大次数の乗法性)

体を二段階に広げたとき、次数はどうなるか。答えは「掛け算」です。

定理 塔の公式

体の拡大の塔 KLMK\subseteq L\subseteq M について [M:K]=[M:L][L:K].[M:K]=[M:L]\cdot[L:K]. 特に [M:K]<    [M:L]<[M:K]<\infty\iff[M:L]<\infty かつ [L:K]<[L:K]<\infty

証明

{αi}iI\{\alpha_i\}_{i\in I}LLKK 上の基底、{βj}jJ\{\beta_j\}_{j\in J}MMLL 上の基底とする (I=[L:K], J=[M:L]|I|=[L:K],\ |J|=[M:L])。積 {αiβj}(i,j)I×J\{\alpha_i\beta_j\}_{(i,j)\in I\times J}MMKK 上の基底であることを示せば [M:K]=I×J=IJ[M:K]=|I\times J|=|I||J| となる。

生成:任意の mMm\in MMMLL 上基底で m=jbjβj (bjL)m=\sum_j b_j\beta_j\ (b_j\in L)、各 bjb_jLLKK 上基底で bj=iaijαi (aijK)b_j=\sum_i a_{ij}\alpha_i\ (a_{ij}\in K)。代入して m=i,jaijαiβjm=\sum_{i,j}a_{ij}\alpha_i\beta_j。ゆえ {αiβj}\{\alpha_i\beta_j\}MMKK 上生成。

一次独立i,jaijαiβj=0 (aijK)\sum_{i,j}a_{ij}\alpha_i\beta_j=0\ (a_{ij}\in K) とする。j(iaijαi)βj=0\sum_j\big(\sum_i a_{ij}\alpha_i\big)\beta_j=0 で、 iaijαiL\sum_i a_{ij}\alpha_i\in L{βj}\{\beta_j\}LL 上一次独立なので各 jjiaijαi=0\sum_i a_{ij}\alpha_i=0。さらに {αi}\{\alpha_i\}KK 上一次独立なので各 aij=0a_{ij}=0。∎

証明は純粋に線形代数——「基底の積が基底になる」という二重の一次独立性の議論です。塔の公式は、拡大次数を 因数分解する道具。「[M:K][M:K] が素数なら中間体が無い」といった強い制約を生み、後のガロア理論で 中間体の存在・非存在を支配します。

塔の公式の帰結

KLMK\subseteq L\subseteq M[M:K][M:K] が有限のとき、[L:K][L:K][M:K][M:K] を割り切る。 特に [M:K][M:K] が素数なら、KKMM の間に真の中間体は無い。

証明

[L:K][M:K][L:K]\mid[M:K] は塔の公式 [M:K]=[M:L][L:K][M:K]=[M:L][L:K] から直接。[M:K]=p[M:K]=p 素数なら [L:K]{1,p}[L:K]\in\{1,p\}、 つまり L=KL=K または L=ML=M。∎

これは群論のラグランジュの定理(部分群の位数が群の位数を割る)と瓜二つの主張です。実際、 ガロア理論で「中間体 ↔ 部分群」の対応がつくと、この2つが同じ定理の二つの顔になります——伏線です。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 拡大次数はベクトル空間の次元。 [L:K]=dimKL[L:K]=\dim_K L。「体としての大きさ」ではなく「KK 上の線形空間としての次元」。[Q(2):Q]=2[\mathbb Q(\sqrt2):\mathbb Q]=2{1,2}\{1,\sqrt2\} が基底だから。
  • 塔の公式は掛け算。 [M:K]=[M:L][L:K][M:K]=[M:L][L:K]。段を重ねると次数が掛かる。ゆえ中間体の次数は全体の次数を割る。
  • L/KL/K は「LL 割る KK」ではない。 単に「KK を含む拡大体 LL」を表す記法。剰余ではない。

この章のまとめ

  • 方程式を解くには体を広げる。体の拡大 L/KL/K の大きさは、LLKK 上ベクトル空間とみた次元 [L:K][L:K](拡大次数)で測る。線形代数が土台。
  • 塔の公式 [M:K]=[M:L][L:K][M:K]=[M:L][L:K](証明は「基底の積が基底」)。中間体の次数は全体の次数を割り、素数次数なら中間体が無い——ラグランジュの定理と平行。
  • [C:R]=2[\mathbb C:\mathbb R]=2[Q(2):Q]=2[\mathbb Q(\sqrt2):\mathbb Q]=2[Q(23):Q]=3[\mathbb Q(\sqrt[3]2):\mathbb Q]=3 など。

次章は、一つの元を付け加える単拡大と、その次数を決める最小多項式を扱います。