第2章 部分多様体と正則値定理
「方程式の解集合」は、なぜ多様体になるのか
球面 は の解集合、円周は の解集合です。(行列式 の行列)も 「」という方程式の解集合。方程式で切り出された図形が、なめらかな多様体になる——これは偶然でしょうか?
答えは正則値定理が与えます。「方程式 の解集合は、 が正則値( の微分がそこで“つぶれない”値)なら、 なめらかな部分多様体になる」。しかも次元は「変数の数 − 方程式の数」。この定理のおかげで、方程式で定義された 無数の空間が、いちいち手でチャートを作らなくても多様体だと分かります。前提として、写像の「階数」と、 はめ込み・埋め込み・沈め込みという写像の三分類を整えます。これらは微積分の陰関数定理・逆関数定理の 多様体版で、線形代数の階数が幾何を支配します。
正則値定理: が正則値なら はなめらかな部分多様体(次元 = 定義域次元 − 値域次元)。方程式の解集合が多様体になる仕組み。
階数とはめ込み・沈め込み
なめらかな写像 の各点での「線形近似」が、微分(ヤコビ行列)です。その階数で写像を分類します。
定義 微分の階数と3分類
はめ込みは「低次元を高次元へ、つぶさずに差し込む」(曲線を平面に描く)。ただし自己交差はありうる(8の字の はめ込み)。埋め込みはそれを禁じ、像が本当の部分多様体になります。沈め込みは「高次元を低次元へ、なめらかに 射影する」。これらは局所的に標準形をもちます。
定理 階数定理(局所標準形)
が の近傍で一定階数 なら、適当なチャートで は線形写像 の形になる。 特にはめ込みは局所的に包含 、沈め込みは局所的に射影 。
これは微積分の逆関数定理の一般化です。「なめらかな写像は、階数が一定なら局所的に線形写像 (線形代数)と同じ形」——微分(線形近似)が、非線形写像の局所的な姿を完全に決める。沈め込みの 標準形が、正則値定理を生みます。
正則値定理
定義 正則値・臨界値
が の正則値とは、 のすべての点で が沈め込み( が全射)であること。 そうでない値(ある逆像点で が全射でない)を臨界値という。 なら は自明に正則値。
定理 正則値定理
が の正則値なら、 は のなめらかな部分多様体で、次元は 。
証明
で は沈め込みゆえ、階数定理より適当なチャートで (射影)。この座標で は、残りの座標 で径数づけられる の開集合= 次元のチャート。各点でこれが成り立つので は部分多様体。∎
証明は沈め込みの局所標準形(射影)一発です。「 を課すと、 個の座標が固定され、残り 個が自由= 次元」。微積分の陰関数定理( なら解ける)の多様体版で、「方程式 値」の解集合が 自動的に多様体になる。実例で威力を見ます。
例 正則値定理で多様体を作る
- 球面:、 は で全射。 は正則値( 上 )ゆえ は 次元多様体。
- 特殊線形群 : は沈め込み、 は正則値。 は次元 の多様体(リー群)。
- 直交群 :(対称行列)、 は正則値。 は次元 の多様体。
「行列式 」「」といった方程式で定義される行列群が、自動的になめらかな多様体(リー群)になる—— 正則値定理のおかげです。手でチャートを作る必要はありません。
ホイットニーの埋め込み定理
抽象的に定義された多様体は、実は必ず の中に埋め込めます。
定理 ホイットニーの埋め込み定理
次元の(第二可算な)多様体は、(実は )に埋め込める。すなわち、抽象的な多様体はすべて ユークリッド空間の部分多様体として実現できる。
「チャートで抽象的に定義した多様体も、結局は の中の曲がった図形」。だから「多様体 = の部分多様体」と 思っても本質的に損はありません(抽象的定義は、外の空間への依存を消せるのが利点)。次元 で埋め込めるのは 微分位相幾何の基本定理です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- はめ込み ≠ 埋め込み。 はめ込みは局所的(自己交差可、8の字)、埋め込みは大域的に単射+像への同相。埋め込みの像が真の部分多様体。
- 正則値定理は「正則値」が前提。 の全点で が全射。臨界値だと解集合が特異点をもちうる( は原点で交差)。
- 次元は「変数 − 方程式」。 の正則値の逆像は 次元。 は 次元。
- 抽象多様体も に埋め込める(ホイットニー)。だが「外の空間なしで内在的に定義できる」ことが多様体論の強み。
この章のまとめ
- 写像 を微分の階数で分類:はめ込み( 単射)・沈め込み( 全射)・埋め込み(はめ込み+像への同相)。階数定理で局所的に線形写像の標準形。
- 正則値定理:正則値 の逆像 は次元 のなめらかな部分多様体(沈め込みの局所標準形から、陰関数定理の多様体版)。 が実例。
- ホイットニーの埋め込み定理: 次元多様体は に埋め込める。抽象多様体も の部分多様体。
次章は、正則値定理を本当に使えるものにする——サードの定理(ほとんどの値は正則値)を扱います。