数学の作り方 How to make Mathematics

第10章 Homとテンソルの随伴

テンソルとHomは対になっている

前二章で、テンソル積(右完全)とHom(左完全)が対照的にふるまうのを見ました。この対照は偶然ではありません。 テンソルとHomは随伴という深い関係で結ばれています。圏論の随伴を、加群論で最も 基本的かつ有用な形で見る章です。

随伴の中身は、プログラミングでいうカリー化——「二つの引数をとる関数」を「一つの引数をとって、 関数を返す関数」に変換する操作の代数版です。Hom(MN,P)Hom(M,Hom(N,P))\operatorname{Hom}(M\otimes N,P)\cong\operatorname{Hom}(M,\operatorname{Hom}(N,P))。 この一つの同型が、完全性の左右も、加群の特殊類(次章)も、統一的に説明します。

テンソル ⊣ Hom:Hom(MN,P)Hom(M,Hom(N,P))\operatorname{Hom}(M\otimes N,P)\cong\operatorname{Hom}(M,\operatorname{Hom}(N,P))。カリー化の代数版。完全性の左右を決める。

テンソル–Hom随伴

定理 テンソル–Hom随伴

RR 加群 M,N,PM,N,P に対し、自然な同型

HomR(MRN, P)  HomR(M, HomR(N,P))\operatorname{Hom}_R(M\otimes_R N,\ P)\ \cong\ \operatorname{Hom}_R\big(M,\ \operatorname{Hom}_R(N,P)\big)

が成り立つ。すなわち RN-\otimes_R NHomR(N,)\operatorname{Hom}_R(N,-)左随伴NHom(N,)-\otimes N\dashv\operatorname{Hom}(N,-)圏論)。

証明

左辺の φ:MNP\varphi:M\otimes N\to P に、m(nφ(mn))m\mapsto(n\mapsto\varphi(m\otimes n)) を対応させると右辺の元。 逆に右辺の ψ:MHom(N,P)\psi:M\to\operatorname{Hom}(N,P) から、双線形写像 (m,n)ψ(m)(n)(m,n)\mapsto\psi(m)(n) が定まり、テンソルの普遍性 (第8章)で MNPM\otimes N\to P が一意に対応。両者は互いに逆で自然。∎

証明の心臓は「双線形写像 M×NPM\times N\to P」を二通りに読むこと——「MNM\otimes N からの線形写像」(テンソルの 普遍性)とも、「MM から Hom(N,P)\operatorname{Hom}(N,P) への線形写像」(引数を一つずつ食べる)とも見える。両者が一致 するのがカリー化。この同型が自然圏論)であることが、随伴 NHom(N,)-\otimes N\dashv\operatorname{Hom}(N,-) の 定義そのものです。

随伴が完全性の左右を決める

前章で「テンソルは右完全、Homは左完全」と天下りに述べましたが、随伴がその理由を与えます。圏論の 保存定理——左随伴は余極限を保存、右随伴は極限を保存——の直接の帰結です。

定理 随伴から完全性が従う

RN-\otimes_R N は左随伴だから余極限(直和・余核・全射)を保存——ゆえに右完全HomR(N,)\operatorname{Hom}_R(N,-) は 右随伴だから極限(積・核・単射)を保存——ゆえに左完全。完全性の左右は、随伴の左右で決まる。

これで前章がすっきり整理されます。「なぜテンソルは右完全でHomは左完全か」——それは「テンソルが左随伴、 Homが右随伴だから」。圏論で証明した一般定理(右随伴は極限保存・左随伴は余極限保存)を、 加群に当てはめただけ。抽象的な随伴が、具体的な完全性を予言します。個別に確かめる代わりに、随伴の左右を 見れば完全性が分かる——これが圏論的視点の御利益です。

注意 随伴のもう一つの顔——Hom-Hom

テンソル–Hom随伴のほかに、Hom\operatorname{Hom} どうしの結合則 Hom(M,Hom(N,P))Hom(N,Hom(M,P))\operatorname{Hom}(M,\operatorname{Hom}(N,P))\cong\operatorname{Hom}(N,\operatorname{Hom}(M,P)) もある。これらの同型は、 加群の圏が閉モノイダル圏(テンソルという「掛け算」と、その随伴 Hom という「内部Hom」をもつ)である ことの現れ。圏論の言葉で言えば、加群の圏 R-ModR\text{-Mod} は最も基本的な閉モノイダル アーベル圏。テンソル・Hom・完全系列という加群論の道具立ては、この構造の各側面。

随伴と加群の特殊類——次章への橋

随伴の視点は、次章の加群の特殊類(射影・入射・平坦)を統一的に導きます。「ある関手を完全にする加群」として 定義できるのです。

注意 完全性を回復する加群(第11章の予告)

関手は一般に完全性を壊すが、相手の加群が特別なら壊れない——

  • RN-\otimes_R N完全(左端の単射も保つ)になる NN平坦加群
  • HomR(P,)\operatorname{Hom}_R(P,-)完全(右端の全射も保つ)になる PP射影加群
  • HomR(,I)\operatorname{Hom}_R(-,I)完全になる II入射加群。 テンソル–Hom随伴のもとで、これらは互いに双対的に関係する(射影と入射は矢印を逆にした双対、平坦は射影に近い)。 「関手の完全性を回復する加群」という一つの発想が、三つの特殊類を統一する。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • テンソル ⊣ Hom(テンソルが左)。 Hom(MN,P)Hom(M,Hom(N,P))\operatorname{Hom}(M\otimes N,P)\cong\operatorname{Hom}(M,\operatorname{Hom}(N,P))。 カリー化。向き(どちらが左随伴か)を取り違えない。
  • 完全性の左右は随伴の左右から。 左随伴(テンソル)は余極限保存=右完全、右随伴(Hom)は極限保存=左完全。 圏論の一般定理。
  • 随伴は「自然な」同型。 単なる全単射でなく、M,N,PM,N,P について自然。自然性が随伴の定義。
  • 特殊類=関手を完全にする加群。 平坦(テンソルを完全に)・射影(Hom(P,-)を完全に)・入射(Hom(-,I)を完全に)。 次章の主題。

この章のまとめ

  • テンソル–Hom随伴 Hom(MN,P)Hom(M,Hom(N,P))\operatorname{Hom}(M\otimes N,P)\cong\operatorname{Hom}(M,\operatorname{Hom}(N,P))カリー化の代数版。NHom(N,)-\otimes N\dashv\operatorname{Hom}(N,-)(テンソルが左随伴)。
  • 完全性の左右は随伴の左右から:左随伴テンソルは余極限保存=右完全、右随伴Homは極限保存=左完全圏論の保存定理)。個別確認が不要になる。
  • 加群の圏は閉モノイダルアーベル圏(テンソルと内部Hom)。随伴の視点が加群論の道具立てを統一。
  • Part III(テンソルと完全性)はここまで。次章では、「関手の完全性を回復する加群」——射影・入射・平坦加群を、随伴の視点で導入します。

次章では、射影加群・入射加群・平坦加群を、それぞれ Hom・テンソルを完全にする加群として定義し、特徴づけます。