数学の作り方 How to make Mathematics

第6章 指標の直交関係

指標を「座標」にする

前章で、指標が表現を完全に決めると分かりました。でも「なぜトレースだけで十分か」の核心はまだ見ていません。 その答えが、この章の主役——既約指標の直交関係です。既約指標たちは、類関数の空間の中で正規直交系を なす。だから任意の表現の指標を、既約指標という“座標軸”で展開でき、各既約の重複度が内積で読める。

これは関数解析フーリエ解析の「正規直交基底への展開」の、有限群 表現論版です。フーリエ級数が関数を三角関数(正規直交基底)で展開したように、表現の指標を既約指標で展開する。 直交関係が、その展開の係数(重複度)を内積で取り出す公式を与えます。

既約指標は類関数の内積で正規直交系。任意の表現の指標を既約指標で展開でき、重複度が内積で読める。

類関数の内積

まず、指標を測る内積を定めます。共役類のサイズで重み付けた、自然な内積です。

定義 類関数の内積

GG 上の類関数 φ,ψ\varphi,\psi(共役類で一定な関数)に対し

φ,ψ=1GgGφ(g)ψ(g)=1GCCφ(C)ψ(C)\langle\varphi,\psi\rangle=\frac1{|G|}\sum_{g\in G}\varphi(g)\overline{\psi(g)}=\frac1{|G|}\sum_{C}|C|\,\varphi(C)\overline{\psi(C)}

(右は共役類 CC ごとの和、C|C| は類のサイズ)を内積とする。

1Gg\frac1{|G|}\sum_g は前章までの群平均(マシュケの平均化と同じ)。指標は類関数なので、この内積は共役類 ごとの和で計算できます。この内積のもとで、既約指標が直交する——それが次の定理です。

第一直交関係

定理 第一直交関係(行の直交)

GG の相異なる既約表現の指標 χ1,,χr\chi_1,\dots,\chi_r は、上の内積のもとで正規直交系をなす:

χi,χj=δij={1(i=j)0(ij).\langle\chi_i,\chi_j\rangle=\delta_{ij}=\begin{cases}1&(i=j)\\0&(i\ne j).\end{cases}

証明

χV,χW=dimHomG(V,W)\langle\chi_V,\chi_W\rangle=\dim\mathrm{Hom}_G(V,W) を示せばよい(するとシューア(第3章)で i=ji=j なら 11iji\ne j なら 00)。任意の線形写像 T0:VWT_0:V\to W を群平均した T=1GgρW(g)T0ρV(g)1T=\frac1{|G|}\sum_g\rho_W(g)T_0\rho_V(g)^{-1} は絡作用素で、この対応は絡作用素の空間 HomG(V,W)\mathrm{Hom}_G(V,W) への 射影を与える。その射影のトレースを計算すると

1Ggtr(ρW(g)()ρV(g)1)=1GgχW(g)χV(g)=χW,χV\frac1{|G|}\sum_g\mathrm{tr}\big(\rho_W(g)\,(\cdot)\,\rho_V(g)^{-1}\big)=\frac1{|G|}\sum_g\chi_W(g)\overline{\chi_V(g)}=\langle\chi_W,\chi_V\rangle

χV(g1)=χV(g)\chi_V(g^{-1})=\overline{\chi_V(g)})。射影のトレース=像の次元 =dimHomG(V,W)=\dim\mathrm{Hom}_G(V,W)。∎

証明の心臓は、またしても群平均とシューアの補題です。「線形写像を群平均すると絡作用素になり、その空間の 次元がちょうど指標の内積」。シューア(絡作用素はゼロか同型・スカラー)から、異なる既約は直交(dim=0\dim=0)、 同じ既約は正規(dim=1\dim=1)。マシュケの平均化と、シューアの補題という前半の二大道具が、ここで一つの美しい 等式に結晶します。

重複度・既約性の判定

直交関係の御利益は絶大です。表現の指標を既約指標で展開すれば、各既約の重複度が内積で計算できる。 分解を実際に手で行えるようになります。

定理 重複度と既約性の判定

表現 VimiViV\cong\bigoplus_i m_i V_iViV_i 既約)の指標 χV\chi_V について、

  1. 重複度 mi=χV,χim_i=\langle\chi_V,\chi_i\rangleVVViV_i が何個含まれるか)。
  2. ノルム χV,χV=imi2\langle\chi_V,\chi_V\rangle=\sum_i m_i^2
  3. 既約性の判定VV が既約     χV,χV=1\iff\langle\chi_V,\chi_V\rangle=1

証明

χV=imiχi\chi_V=\sum_i m_i\chi_i第5章、直和は指標の和)。直交関係より χV,χj=imiχi,χj=mj\langle\chi_V,\chi_j\rangle=\sum_i m_i\langle\chi_i,\chi_j\rangle=m_jχV,χV=imi2\langle\chi_V,\chi_V\rangle=\sum_i m_i^2。 既約     \iff ただ一つの mi=1m_i=1 で他が 00     mi2=1\iff\sum m_i^2=1。∎

これで表現論が完全に計算になりました。表現 VV の指標を求め、既約指標との内積を取れば、各既約が何個 含まれるか(重複度 mim_i)が分かる。「χV,χV=1\langle\chi_V,\chi_V\rangle=1 なら既約」という判定は特に実用的—— 指標のノルムを計算するだけで既約性が分かります。フーリエ級数で「係数=関数と基底の内積」だったのと まったく同じ構造(関数解析)です。

注意 指標は類関数の正規直交“基底”

既約指標は正規直交系だが、実は類関数の空間全体の正規直交基底になる(次章)。類関数の空間の次元は 共役類の数、だから既約表現の個数=共役類の数(第7章)。任意の類関数を既約指標で展開できる——表現論が、 共役類の上の“フーリエ解析”になる。可換群なら共役類=元、既約指標=11 次指標で、これはまさに有限アーベル群の フーリエ変換。表現論は非可換版フーリエ解析、という見方ができる。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 内積は群平均(共役類で重み付け)。 1Ggφψ=1GCCφ(C)ψ(C)\frac1{|G|}\sum_g\varphi\overline\psi=\frac1{|G|}\sum_C|C|\varphi(C)\overline{\psi(C)}。 類のサイズ C|C| を忘れない。
  • 既約指標は正規直交系。 χi,χj=δij\langle\chi_i,\chi_j\rangle=\delta_{ij}。証明はシューア+群平均。フーリエの正規直交基底と 同じ役割。
  • 重複度=内積 χV,χi\langle\chi_V,\chi_i\rangle 表現の分解が内積計算になる。既約性は χV,χV=1\langle\chi_V,\chi_V\rangle=1
  • 指標は類関数の基底。 だから既約表現の個数=共役類の数(次章)。表現論=非可換フーリエ解析。

この章のまとめ

  • 類関数の内積 φ,ψ=1Ggφψ\langle\varphi,\psi\rangle=\frac1{|G|}\sum_g\varphi\overline\psi(群平均、共役類で重み付け)。
  • 第一直交関係:既約指標は正規直交系 χi,χj=δij\langle\chi_i,\chi_j\rangle=\delta_{ij}。証明は χV,χW=dimHomG(V,W)\langle\chi_V,\chi_W\rangle=\dim\mathrm{Hom}_G(V,W)+シューア+群平均。
  • 帰結:重複度 mi=χV,χim_i=\langle\chi_V,\chi_i\rangle既約性     χV,χV=1\iff\langle\chi_V,\chi_V\rangle=1。表現の分解が内積計算に。フーリエ解析の正規直交基底展開と同じ構造。
  • 既約指標が正規直交系だと分かった。次章では、これを表にまとめた指標表を構成し、行・列の直交と既約表現の個数を確定します。

次章では、指標表(既約指標 × 共役類)を構成し、行・列の直交関係、既約表現の個数=共役類の数を確立します。