数学の作り方 How to make Mathematics

第6章 断面曲率と定曲率空間

曲率を一つの数に凝縮する

前章のリーマン曲率テンソル RR は成分が多く、直感が掴みにくい。そこで、RR から二平面ごとに一つの数を 取り出します。接空間の中に 22 次元平面 σ\sigma を選び、その平面が「どれだけ曲がっているか」を測る——これが 断面曲率です。22 次元曲面のガウス曲率(微分幾何)を、高次元の各二平面へ一般化した ものです。

断面曲率は、曲率テンソルの情報を完全に含みつつ(すべての二平面の値から RR が復元できる)、幾何的意味が 明快です。「その方向の面が、球のように膨らむ(正)か、鞍のように反る(負)か、平ら(零)か」。

断面曲率 K(σ)K(\sigma)=接空間の二平面 σ\sigma の曲がり具合=その方向のガウス曲率。曲率テンソルを一つの数に凝縮。

断面曲率

定義 断面曲率

接空間 TpMT_pM 内の一次独立な u,vu,v が張る二平面 σ\sigma に対し、

K(σ)=g(R(u,v)v, u)u2v2g(u,v)2K(\sigma)=\frac{g\big(R(u,v)v,\ u\big)}{|u|^2|v|^2-g(u,v)^2}

断面曲率という。分母は u,vu,v の張る平行四辺形の面積の二乗(規格化)で、KKσ\sigma だけに 依存し u,vu,v の取り方によらない。

定理 断面曲率と曲面のガウス曲率

MM の一点 pp で二平面 σ\sigma を選び、expp(σ)\exp_p(\sigma) で作った二次元部分多様体(測地的曲面)のガウス曲率は K(σ)K(\sigma) に一致する。すなわち断面曲率は「その方向の二次元断面の内在的曲がり」。

これで微分幾何の環が閉じます。曲面のガウス曲率 KK——外在的に定義したのに内在的 だった(驚異の定理)あの量——が、リーマン曲率テンソルの断面曲率として、高次元へ自然に住まいを得ました。 断面曲率の符号は、その方向の面が球型(K>0K>0)か鞍型(K<0K<0)か円柱・平面型(K=0K=0)かを表します。

三つの定曲率空間

どの点・どの二平面でも断面曲率が同じ定数 KK になる空間——定曲率空間——は、リーマン幾何の“標準模型”です。 比較定理(第10・11章)は、一般の空間をこれらと比べて調べます。KK の符号で三種類、それぞれ最も対称的な空間が 実現します。

定理 単連結定曲率空間の分類

断面曲率が定数 KK の単連結完備リーマン多様体は、次のいずれかに(相似を除いて)一致する:

  • K>0K>0球面 SnS^n(半径 1/K1/\sqrt K)。三角形の内角和 >180>180^\circ
  • K=0K=0ユークリッド空間 Rn\mathbb R^n。内角和 =180=180^\circ
  • K<0K<0双曲空間 Hn\mathbb H^n前章dx2+dy2y2\frac{dx^2+dy^2}{y^2} など)。内角和 <180<180^\circ

K>0K>0 は球面(有限で閉じている)、K=0K=0 は平らなユークリッド、K<0K<0 は双曲空間(無限に広がり、指数的に “ふくらむ”)。この三分法が、幾何のもっとも基本的な三つの世界です。球面はおなじみですが、負曲率の双曲空間は イメージしにくい。ポアンカレ円盤モデルで体感しましょう。

外周の円が「無限遠」、測地線は境界に直交する円弧です。三角形を大きくすると、内角の和が 180180^\circ から どんどん小さくなり、角の欠損 π(α+β+γ)\pi-(\alpha+\beta+\gamma) がちょうど面積(ガウス–ボンネ K=1K=-1微分幾何の負曲率版)。球面(正曲率)では三角形が“太る”(内角和 >180>180^\circ)のに 対し、双曲では“やせる”。同じガウス–ボンネが、曲率の符号で逆向きに働きます。

注意 平行線公理の三つの運命

定曲率空間は、ユークリッドの「平行線公理」の三つの運命を体現する。K=0K=0:直線外の一点を通る平行線は ちょうど一本(ユークリッド)。K>0K>0:平行線は存在しない(球面上の大円はすべて交わる)。K<0K<0:平行線は 無限に多い(双曲平面、ポアンカレ円盤で一点から交わらない測地線が無数に引ける)。二千年の平行線問題の 答えが、断面曲率の符号だった——非ユークリッド幾何の発見が、リーマン幾何を生んだ歴史の核心。

断面曲率が幾何を支配する

断面曲率の符号は、局所を超えて空間の大域的な形を左右します。次章以降の主題を先取りすると——

注意 曲率の符号が決めること(第8〜11章への地図)

  • K>0K>0(正曲率):測地線が収束する(第8章ヤコビ場・共役点)。空間は有界・コンパクトになりがち (第10章ボンネ–マイヤー:球のように閉じる)。
  • K0K\le0(非正曲率):測地線が発散し、共役点がない。空間は Rn\mathbb R^n に微分同相で、二点を結ぶ測地線が 一意(第11章カルタン–アダマール:双曲空間のように開いて広がる)。 「曲がりの符号 → 測地線の収束/発散 → 空間の大域的な形」という因果が、リーマン幾何の大河ドラマ。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 断面曲率は二平面ごとの数。 高次元では一つの数でなく、選んだ二平面に依存。曲面(22 次元)だけは一つ =ガウス曲率。全二平面の値で曲率テンソルが復元される。
  • 定曲率は三種類(KK の符号)。 球面(正)・ユークリッド(零)・双曲(負)。単連結完備ならこれで尽きる。
  • 双曲平面の内角和 <180<180^\circ、球面は >180>180^\circ ガウス–ボンネが符号で逆向き。ポアンカレ円盤では三角形が “やせる”。
  • 平行線公理は曲率で決まる。 一本(K=0K=0)・なし(K>0K>0)・無限(K<0K<0)。非ユークリッド幾何の正体。

この章のまとめ

  • 断面曲率 K(σ)K(\sigma)=接空間の二平面 σ\sigma の曲がり=その方向の二次元断面のガウス曲率。微分幾何のガウス曲率を高次元へ。全二平面の値で曲率テンソルが復元。
  • 定曲率空間は三種:球面K>0K>0、内角和 >180>180^\circ)・ユークリッドK=0K=0)・双曲空間K<0K<0、内角和 <180<180^\circ、ポアンカレ円盤)。平行線公理の三つの運命(一本・なし・無限)。
  • 曲率の符号が測地線の収束/発散を通じて大域的な形を支配する(第8〜11章)。
  • 断面曲率は方向ごとの詳しい情報。次章では、それを方向について平均した粗い曲率——リッチ曲率とスカラー曲率を導入します。

次章では、断面曲率を縮約したリッチ曲率・スカラー曲率を定義し、それらが体積の増減とどう結びつくかを見ます。