第6章 断面曲率と定曲率空間
曲率を一つの数に凝縮する
前章のリーマン曲率テンソル は成分が多く、直感が掴みにくい。そこで、 から二平面ごとに一つの数を 取り出します。接空間の中に 次元平面 を選び、その平面が「どれだけ曲がっているか」を測る——これが 断面曲率です。 次元曲面のガウス曲率(微分幾何)を、高次元の各二平面へ一般化した ものです。
断面曲率は、曲率テンソルの情報を完全に含みつつ(すべての二平面の値から が復元できる)、幾何的意味が 明快です。「その方向の面が、球のように膨らむ(正)か、鞍のように反る(負)か、平ら(零)か」。
断面曲率 =接空間の二平面 の曲がり具合=その方向のガウス曲率。曲率テンソルを一つの数に凝縮。
断面曲率
定義 断面曲率
接空間 内の一次独立な が張る二平面 に対し、
を断面曲率という。分母は の張る平行四辺形の面積の二乗(規格化)で、 は だけに 依存し の取り方によらない。
定理 断面曲率と曲面のガウス曲率
の一点 で二平面 を選び、 で作った二次元部分多様体(測地的曲面)のガウス曲率は に一致する。すなわち断面曲率は「その方向の二次元断面の内在的曲がり」。
これで微分幾何の環が閉じます。曲面のガウス曲率 ——外在的に定義したのに内在的 だった(驚異の定理)あの量——が、リーマン曲率テンソルの断面曲率として、高次元へ自然に住まいを得ました。 断面曲率の符号は、その方向の面が球型()か鞍型()か円柱・平面型()かを表します。
三つの定曲率空間
どの点・どの二平面でも断面曲率が同じ定数 になる空間——定曲率空間——は、リーマン幾何の“標準模型”です。 比較定理(第10・11章)は、一般の空間をこれらと比べて調べます。 の符号で三種類、それぞれ最も対称的な空間が 実現します。
定理 単連結定曲率空間の分類
断面曲率が定数 の単連結完備リーマン多様体は、次のいずれかに(相似を除いて)一致する:
- :球面 (半径 )。三角形の内角和 。
- :ユークリッド空間 。内角和 。
- :双曲空間 (前章の など)。内角和 。
は球面(有限で閉じている)、 は平らなユークリッド、 は双曲空間(無限に広がり、指数的に “ふくらむ”)。この三分法が、幾何のもっとも基本的な三つの世界です。球面はおなじみですが、負曲率の双曲空間は イメージしにくい。ポアンカレ円盤モデルで体感しましょう。
外周の円が「無限遠」、測地線は境界に直交する円弧です。三角形を大きくすると、内角の和が から どんどん小さくなり、角の欠損 がちょうど面積(ガウス–ボンネ 、 微分幾何の負曲率版)。球面(正曲率)では三角形が“太る”(内角和 )のに 対し、双曲では“やせる”。同じガウス–ボンネが、曲率の符号で逆向きに働きます。
注意 平行線公理の三つの運命
定曲率空間は、ユークリッドの「平行線公理」の三つの運命を体現する。:直線外の一点を通る平行線は ちょうど一本(ユークリッド)。:平行線は存在しない(球面上の大円はすべて交わる)。:平行線は 無限に多い(双曲平面、ポアンカレ円盤で一点から交わらない測地線が無数に引ける)。二千年の平行線問題の 答えが、断面曲率の符号だった——非ユークリッド幾何の発見が、リーマン幾何を生んだ歴史の核心。
断面曲率が幾何を支配する
断面曲率の符号は、局所を超えて空間の大域的な形を左右します。次章以降の主題を先取りすると——
注意 曲率の符号が決めること(第8〜11章への地図)
- (正曲率):測地線が収束する(第8章ヤコビ場・共役点)。空間は有界・コンパクトになりがち (第10章ボンネ–マイヤー:球のように閉じる)。
- (非正曲率):測地線が発散し、共役点がない。空間は に微分同相で、二点を結ぶ測地線が 一意(第11章カルタン–アダマール:双曲空間のように開いて広がる)。 「曲がりの符号 → 測地線の収束/発散 → 空間の大域的な形」という因果が、リーマン幾何の大河ドラマ。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 断面曲率は二平面ごとの数。 高次元では一つの数でなく、選んだ二平面に依存。曲面( 次元)だけは一つ =ガウス曲率。全二平面の値で曲率テンソルが復元される。
- 定曲率は三種類( の符号)。 球面(正)・ユークリッド(零)・双曲(負)。単連結完備ならこれで尽きる。
- 双曲平面の内角和 、球面は 。 ガウス–ボンネが符号で逆向き。ポアンカレ円盤では三角形が “やせる”。
- 平行線公理は曲率で決まる。 一本()・なし()・無限()。非ユークリッド幾何の正体。
この章のまとめ
- 断面曲率 =接空間の二平面 の曲がり=その方向の二次元断面のガウス曲率。微分幾何のガウス曲率を高次元へ。全二平面の値で曲率テンソルが復元。
- 定曲率空間は三種:球面(、内角和 )・ユークリッド()・双曲空間(、内角和 、ポアンカレ円盤)。平行線公理の三つの運命(一本・なし・無限)。
- 曲率の符号が測地線の収束/発散を通じて大域的な形を支配する(第8〜11章)。
- 断面曲率は方向ごとの詳しい情報。次章では、それを方向について平均した粗い曲率——リッチ曲率とスカラー曲率を導入します。
次章では、断面曲率を縮約したリッチ曲率・スカラー曲率を定義し、それらが体積の増減とどう結びつくかを見ます。