⟐ 数学の作り方 How to make Mathematics

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第2章 基本群

「穴」を、ループの引っかかりで捉える

穴のある空間で、その穴の周りにゴムひもを一周させる。穴が無ければ、ひもは一点に縮められる。穴があれば、 引っかかって縮められない。この**「ループが縮められるか」**を代数にしたものが、基本群です。

アイデアはこうです。空間の中のループ(出発点に戻る道)を集め、「連続変形(ホモトピー)で移り合うループは同じ」 とみなす。そして「ループを2本つなぐ」という演算を入れると——驚くべきことに、これが群になります。 単位元は「縮められるループ」、逆元は「逆向きに辿るループ」。空間の穴の構造が、群 π1\pi_1 という代数的対象に 完全に翻訳される。しかもこの対応は関手的——空間の連続写像が群の準同型を誘導し、ホモトピー同値な空間は 同型な基本群をもつ。幾何を代数に変換する、この分野の最初の本格的な機械です。

ループを「ホモトピーで移り合うもの」で割り、連結で群にしたのが基本群 π1\pi_1。空間の穴を群で捉える。

道とループのホモトピー

定義 道・ループ・道のホモトピー

XX の道とは連続写像 γ:[0,1]→X\gamma:[0,1]\to X。γ(0)=γ(1)=x0\gamma(0)=\gamma(1)=x_0 のとき x0x_0 を基点とするループという。 2つの道 γ0,γ1\gamma_0,\gamma_1(同じ端点)が道ホモトピック(γ0≃γ1\gamma_0\simeq\gamma_1)とは、端点を固定したまま連続変形する ホモトピー H:[0,1]×[0,1]→XH:[0,1]\times[0,1]\to X(H(s,0)=γ0, H(s,1)=γ1H(s,0)=\gamma_0,\ H(s,1)=\gamma_1、H(0,t)=H(0,t)= 始点・H(1,t)=H(1,t)= 終点で固定)が あること。

「端点を固定して連続変形」が道ホモトピー。穴を回るループは、端点を固定したままでは穴を越えられず、 縮められない——ここに穴の情報が宿ります。ループの集合を、この同値関係で割ります。

ループの積と基本群

定義 ループの積

基点 x0x_0 のループ γ,δ\gamma,\delta の積(連結) γ⋅δ\gamma\cdot\delta を「前半で γ\gamma、後半で δ\delta を辿る」ループ (γ⋅δ)(s)={γ(2s)(0≤s≤12)δ(2s−1)(12≤s≤1)(\gamma\cdot\delta)(s)=\begin{cases}\gamma(2s)&(0\le s\le\tfrac12)\\ \delta(2s-1)&(\tfrac12\le s\le1)\end{cases} で定める。

この積は、ループそのものでは結合法則すら(速さの違いで)厳密には成り立ちません。ところがホモトピー類で割ると、 すべてが群の公理を満たします。

定理 基本群

基点 x0x_0 のループのホモトピー類全体 π1(X,x0)\pi_1(X,x_0) は、積 [γ]⋅[δ]=[γ⋅δ][\gamma]\cdot[\delta]=[\gamma\cdot\delta] で群をなす (基本群)。単位元は定値ループ [cx0][c_{x_0}]、[γ][\gamma] の逆元は逆向きループ [γˉ][\bar\gamma](γˉ(s)=γ(1−s)\bar\gamma(s)=\gamma(1-s))。

証明

(要点。)積がホモトピー類でwell-defined(γ≃γ′,δ≃δ′\gamma\simeq\gamma',\delta\simeq\delta' なら γ⋅δ≃γ′⋅δ′\gamma\cdot\delta\simeq\gamma'\cdot\delta')。 結合法則:(γ⋅δ)⋅η(\gamma\cdot\delta)\cdot\eta と γ⋅(δ⋅η)\gamma\cdot(\delta\cdot\eta) は「区切りの位置」が違うだけで、辿る速さを連続に付け替える ホモトピーで移り合う。単位元:cx0⋅γ≃γc_{x_0}\cdot\gamma\simeq\gamma(前半の停止を縮める再パラメータ化)。逆元:γ⋅γˉ≃cx0\gamma\cdot\bar\gamma\simeq c_{x_0} (途中まで行って引き返すループは、折り返し点を始点へ縮めて定値に)。∎

「ループそのものでは崩れる群の公理が、ホモトピー類で割ると成り立つ」——群論で剰余群を作ったのと 同じ精神で、変形の自由度が群構造を生みます。[γ⋅γˉ]=[cx0][\gamma\cdot\bar\gamma]=[c_{x_0}](行って戻れば縮む)が逆元を与えるのが直感的です。

基点と関手性

命題 基点の取り替え

XX が弧状連結なら、基点 x0,x1x_0,x_1 を結ぶ道 α\alpha が同型 π1(X,x0)≅π1(X,x1)\pi_1(X,x_0)\cong\pi_1(X,x_1) ([γ]↦[αˉ⋅γ⋅α][\gamma]\mapsto[\bar\alpha\cdot\gamma\cdot\alpha])を与える。ゆえ基点によらず π1(X)\pi_1(X) と書ける。

基点は、弧状連結なら本質的でありません(道で運べば同型)。より重要なのが、空間の写像が群の準同型を誘導するという 関手性です。これが「幾何 → 代数」の翻訳を機能させます。

定理 誘導準同型と関手性

連続写像 f:(X,x0)→(Y,y0)f:(X,x_0)\to(Y,y_0) は、準同型 f∗:π1(X,x0)→π1(Y,y0), [γ]↦[f∘γ]f_*:\pi_1(X,x_0)\to\pi_1(Y,y_0),\ [\gamma]\mapsto[f\circ\gamma] を誘導する。 (idX)∗=id(\mathrm{id}_X)_*=\mathrm{id}、(g∘f)∗=g∗∘f∗(g\circ f)_*=g_*\circ f_*(関手性)。

「連続写像 ff を、ループ γ\gamma に施す(f∘γf\circ\gamma)」だけで群の準同型ができる。π1\pi_1 は**空間の圏から群の圏への 関手**です。関手性の帰結として、基本群がホモトピー不変になります。

定理 ホモトピー不変性

X≃YX\simeq Y(ホモトピー同値)ならば π1(X)≅π1(Y)\pi_1(X)\cong\pi_1(Y)。特に可縮空間の基本群は自明 {e}\{e\}。

証明

ホモトピー同値写像 f:X→Y, g:Y→Xf:X\to Y,\ g:Y\to X(g∘f≃idg\circ f\simeq\mathrm{id})について、f∗,g∗f_*,g_* が互いに逆の同型を与える (ホモトピックな写像は同じ誘導準同型を与えることを使う)。可縮なら一点にホモトピー同値、π1(点)={e}\pi_1(\text{点})=\{e\}。∎

「ホモトピー同値なら基本群が同型」——だから第1章の「不変量で区別する」戦略が機能します。 基本群が違えば、空間はホモトピー同値ですらない。次章で、この威力を円周 S1S^1 で見ます。

定義 単連結

π1(X)={e}\pi_1(X)=\{e\}(すべてのループが縮められる)の弧状連結空間を単連結という。可縮空間・Rn\mathbb R^n・SnS^n(n≥2n\ge2)は単連結。

「単連結」は集合と位相・複素解析で「穴が無い」として使ってきた概念の、正確な定義です (コーシーの積分定理が単連結で成り立ったのは、π1=0\pi_1=0 でループが縮むから)。分野をまたぐ伏線がここで回収されます。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 基本群はループの「ホモトピー類」の群。 ループそのものでは結合法則すら崩れる。類で割って初めて群。
  • 積は「順につなぐ」、逆元は「逆向き」、単位元は「縮むループ」。 γ⋅γˉ≃\gamma\cdot\bar\gamma\simeq 定値(行って戻れば縮む)。
  • 弧状連結なら基点は無視できる。 道で運んで同型。だが非連結だと成分ごとに別の基本群。
  • π1\pi_1 は一般に非可換。 8の字(2つの穴)の基本群は非可換な自由群(次章)。可換とは限らない。

この章のまとめ

  • 基点 x0x_0 のループを道ホモトピーで割り、連結(積)を入れると基本群 π1(X,x0)\pi_1(X,x_0)(群)。単位元=縮むループ、逆元=逆向き。変形の自由度が群の公理を保証する。
  • 弧状連結なら基点によらず π1(X)\pi_1(X)。連続写像 ff は準同型 f∗f_* を誘導し、π1\pi_1 は関手(幾何 → 代数)。
  • ホモトピー不変性:X≃YX\simeq Y なら π1(X)≅π1(Y)\pi_1(X)\cong\pi_1(Y)。可縮なら自明。π1={e}\pi_1=\{e\} が単連結(複素解析・集合位相の「穴なし」の正体)。

次章は、最初の非自明な計算——円周の基本群 π1(S1)≅Z\pi_1(S^1)\cong\mathbb Z を巻き数で捉え、驚くべき応用を導きます。