数学の作り方 How to make Mathematics

第12章 解析接続

一部から全体を復元する

第6章の一致の定理は、「正則関数は一部の情報が全体を決める」という剛性を教えました。この章は、 その剛性を積極的に使います——小さな領域で定義された正則関数を、より広い領域へ、正則性を保ったまま延ばす。 これが解析接続です。

たとえば n0zn\sum_{n\ge0}z^nz<1|z|<1 でしか収束しませんが、その和 11z\frac1{1-z}z=1z=1 を除く全平面で正則。 「z<1|z|<1 での関数」を「z1z\ne1 の全平面の関数」へ延ばした——これが解析接続です。一致の定理により、延ばし方は 一意。ゼータ関数 ζ(s)\zeta(s) を全平面へ延ばして ζ(1)=112\zeta(-1)=-\frac1{12} を与えるのも、Γ\Gamma 関数を延ばすのも、 この手続きです。ただし経路によっては第3章の log\log のように多価になる(一周すると値が変わる)—— その制御がモノドロミー。複素解析の締めくくりとして、関数の“本当の定義域”を探ります。

解析接続:正則関数を広い領域へ一意に延ばす(一致の定理)。多価になりうる(モノドロミー)。鏡像の原理で対称的に延ばす。

解析接続と一意性

定義 解析接続

領域 D1D2D_1\subseteq D_2f1f_1D1D_1 で正則とする。D2D_2 で正則な f2f_2D1D_1f2=f1f_2=f_1 を満たすとき、f2f_2f1f_1D2D_2 への解析接続という。

定理 解析接続の一意性

D2D_2 が連結なら、f1f_1D2D_2 への解析接続は(存在すれば)一意

証明

f2,f~2f_2,\tilde f_2 がともに接続なら、D1D_1(集積点をもつ)で一致するので、一致の定理より連結な D2D_2 全体で一致。∎

「延ばし方は一通り」——だから「ζ(s)\zeta(s) の解析接続」「Γ(s)\Gamma(s) の解析接続」と、定冠詞で呼べます。実軸上の Γ(x)=0tx1etdt\Gamma(x)=\int_0^\infty t^{x-1}e^{-t}dt微積分第11章)を複素全体へ延ばす方法は一意で、その結果 Γ\Gamma0,1,2,0,-1,-2,\dots を極にもつ有理型関数になります。

べき級数による接続と自然境界

具体的な接続の方法が、べき級数の“乗り換え”です。

注意 べき級数の接続と自然境界

ffaa でのテイラー級数は収束円 za<R|z-a|<RR=R= 最近の特異点まで、第6章)で定義される。円内の別の点 bb で 再展開すると、収束円が元の円からはみ出し、ff が延びる。これを繰り返して領域を広げる(べき級数接続)。

だが、いくら延ばしても越えられない壁もある。f(z)=n0z2n=z+z2+z4+z8+f(z)=\sum_{n\ge0}z^{2^n}=z+z^2+z^4+z^8+\cdotsz<1|z|<1 で正則だが、 単位円周上の稠密な点すべてが特異点で、円板の外へ一切延ばせない自然境界)。この関数の“本当の定義域”は 単位円板ちょうど。解析接続には限界があることもある。

モノドロミー定理

接続を異なる経路で行うと、行き先で値が食い違うことがあります(多価性)。それを制御するのがモノドロミー定理です。

定理 モノドロミー定理

ff を領域内の点から出発し、2つの経路に沿って解析接続する。2経路が(特異点を跨がずに)ホモトピックなら、接続の結果は一致する。 特に単連結領域では、解析接続は経路によらず一価の正則関数を定める。

logz\log z を思い出してください(第3章)。原点を避けて接続すると、00 のまわりを一周するごとに値が 2πi2\pi i 増える——経路(何周するか)で値が変わる多価関数です。原点という特異点があるため、C{0}\mathbb C\setminus\{0\} は 単連結でなく、モノドロミー定理の一価性が成り立たない。逆に、単連結領域(穴なし)では、どう接続しても一価。 多価性の根源は、領域の穴(位相幾何の基本群)にある——複素解析とトポロジーが出会う場所です。

注意 リーマン面:多価関数を一価にする

logz\log zz\sqrt z の多価性を解消するには、定義域を「C\mathbb C を何枚も重ねて貼り合わせた面」(リーマン面)に取り替える。 logz\log z なら螺旋階段状の無限葉の面、z\sqrt z なら 22 葉の面。その上では log, \log,\sqrt{\ } が一価の正則関数になる。 多価関数の「本当の定義域」はリーマン面——複素幾何代数幾何への扉。

鏡像の原理

対称性を使って、接続を具体的に実行する強力な手法です。

定理 シュワルツの鏡像の原理

ff が上半平面の領域 D+D^+ で正則、実軸の一部 II 上で連続かつ実数値をとるとする。このとき ff は下半平面へ f(zˉ)=f(z)f(\bar z)=\overline{f(z)} で正則に解析接続される(実軸に関する鏡像で延ばす)。

証明

(要点。)g(z)=f(zˉ)g(z)=\overline{f(\bar z)} は下半平面 DD^-D+D^+ の鏡像)で正則(zˉ\bar z の共役の共役で正則性が保たれる)。II 上で ff が実数値ゆえ g=fg=f が実軸で連続に接続し、モレラの定理(三角形積分の消滅)で境界 II を跨いでも正則。∎

「実軸上で実数値なら、下半平面へは鏡に映すように延びる」。境界での対称性(実数値、または円周上で f=1|f|=1 など)が あれば、接続が明示的に書ける。等角写像の構成や、境界値問題(偏微分方程式)で使われる実用的な原理です。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 解析接続は一意(連結なら)。 一致の定理の帰結。ζ,Γ\zeta,\Gamma の「延ばし方」は一通り。だから well-defined。
  • 接続できないこともある(自然境界)。 z2n\sum z^{2^n} は単位円板の外へ延ばせない。「本当の定義域」が有界なこともある。
  • 多価性の根源は領域の穴(非単連結)。 単連結ならモノドロミー定理で一価。log\log が多価なのは 00 を避けるため C{0}\mathbb C\setminus\{0\} が非単連結だから。
  • 鏡像の原理は境界での実数値(等)が前提。 実軸で実数値、または円周で f=1|f|=1 など、対称性の条件が要る。

この章のまとめ

  • 解析接続:正則関数を広い領域へ延ばす。連結なら一意(一致の定理)。ζ,Γ\zeta,\Gamma の全平面への延長がその例。べき級数接続で領域を広げるが、自然境界で止まることもある。
  • モノドロミー定理:ホモトピックな経路の接続は一致。単連結なら一価。多価性(log, \log,\sqrt{\ })の根源は領域の穴=基本群。多価関数の本当の定義域はリーマン面
  • 鏡像の原理:境界で実数値なら鏡像で正則に延びる。対称性を使う具体的な接続法。

これで複素解析は完結です。「複素数で微分できる」というたった一つの条件から、コーシーの積分定理・無限回微分可能性・ 留数計算・等角写像・解析接続という、実解析では望めない美しい世界が広がりました。ここで培った正則性・特異点・ 等角性の視点は、リーマン面代数幾何フーリエ解析偏微分方程式・数論(ゼータ関数)へと受け継がれていきます。おつかれさまでした。