第1章 微分方程式とは・初等解法
自然は「変化の法則」で書かれている
物理も生物も経済も、法則はたいてい「変化のしかた」で語られます。速度は位置の変化、加速度は速度の変化、
人口の増え方は今の人口に比例、放射性物質の減り方は今の量に比例——。つまり自然が私たちに教えてくれるのは、
求めたい量 y(t) そのものではなく、その導関数 y′ や y′′ との関係です。
この「導関数を含む方程式」が微分方程式で、それを解いて元の量 y(t) を復元することが、この分野の営みです。
これは積分の壮大な一般化——「変化の法則から未来を計算する」ことにほかなりません。この章では、
まず微分方程式の言葉を定め、その幾何的な意味(方向場:各点で進む向きを指定する矢印の場)を可視化します。
そして最も基本的な2つの解法——変数分離形と一階線形——を手に入れます。
微分方程式 = 未知関数とその導関数の関係式。解く = 変化の法則から関数を復元する。方向場が幾何的な姿。
微分方程式の言葉
定義 常微分方程式・階数・解
未知関数 y(x) とその導関数の関係式 F(x,y,y′,…,y(n))=0 を常微分方程式(ODE)という
(最高階の導関数が n 階ならn 階)。これを満たす関数を解という。任意定数を含む解の族を
一般解、定数を特定した解を特殊解という。
n 階の一般解には n 個の任意定数が現れます(n 回積分するイメージ)。定数を決めるには、初期条件が要ります。
定義 初期値問題
n 階方程式に、一点での値 y(x0)=y0, y′(x0)=y1,…,y(n−1)(x0)=yn−1 を課したものを初期値問題(IVP)という。
(次章以降で見るように、良い条件下で解は一意に定まる。)
方向場:微分方程式の幾何
一階方程式 y′=f(x,y) は、幾何的にはこう読めます——平面の各点 (x,y) で、進むべき傾き f(x,y) を指定している。
矢印(傾き)の場を作り、その向きに沿って進む曲線が解。これが方向場(傾き場)です。
定義 方向場
一階方程式 y′=f(x,y) に対し、各点 (x,y) に傾き f(x,y) の短い線分を対応させた図を方向場(傾き場)という。
解曲線は、各点で方向場に接する曲線。
下で体感してください。方程式を選ぶと方向場(灰の線分)が描かれ、キャンバスをクリックすると、その点を通る解曲線が
引かれます。解は「各点の傾きに素直に従って進む道」——微分方程式は道順を指定する場、解はその道を辿った軌跡です。
初期条件(出発点)を決めれば、道が一本に決まる様子が見えます。
キャンバスをクリックで解曲線を追加
方向場は、解を式で求めなくても振る舞いを読める強力な視点です(第7章の定性理論の芽)。
では、実際に式で解く方法へ進みます。
変数分離形
最も基本的な解法。y の部分と x の部分に「分けて」両辺を積分します。
定理 変数分離形
dxdy=g(x)h(y) の形(変数分離形)は、h(y)=0 の範囲で
∫h(y)dy=∫g(x)dx+C
を計算して解ける。h(y∗)=0 なる y∗ は定数解(平衡解)。
証明
h(y)1dxdy=g(x) の両辺を x で積分。左辺は置換積分(微積分第7章)で ∫h(y)dy に等しい。∎
∎
例 変数分離の例
- 放射性崩壊・指数増殖 y′=ky:∫ydy=∫kdx より ln∣y∣=kx+C、y=Cekx。
- ロジスティック方程式 y′=y(1−y):∫y(1−y)dy=∫dx、部分分数分解して ln1−yy=x+C、y=1+Ce−x1。
y=0(不安定)と y=1(安定)が平衡解——上の方向場で確かめられる。
- 同心円 y′=−x/y:∫ydy=−∫xdx、2y2=−2x2+C、x2+y2= 一定。
一階線形微分方程式
y について 1 次の方程式 y′+p(x)y=q(x) は、積分因子という魔法の掛け算で解けます。
定理 一階線形と積分因子
y′+p(x)y=q(x) は、積分因子 μ(x)=e∫p(x)dx を両辺に掛けると左辺が (μy)′ にまとまり、
(μy)′=μq⇒y=μ(x)1(∫μ(x)q(x)dx+C).
証明
μ=e∫p は μ′=pμ を満たす。μy′+μpy=μq の左辺は積の微分則より μy′+μ′y=(μy)′。
両辺を積分して μy=∫μqdx+C。∎
∎
積分因子 μ=e∫p の役割は「左辺 y′+py を、完全な微分 (μy)′ に化けさせる」こと。この一手で、
あとは積分するだけ。なぜ e∫p なのかは、μ′=pμ(μ 自身が y′=py の解)を要求すれば自然に出ます。
例 一階線形の例
y′−y=x(p=−1,q=x):μ=e−x。(e−xy)′=xe−x、積分して e−xy=−(x+1)e−x+C、
y=−(x+1)+Cex。解は特殊解 −(x+1) と同次解 Cex の和——この「特殊解+同次解」の構造は
線形方程式一般で本質的になる。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 一般解は任意定数を含む。 n 階なら n 個。初期条件で定数を決めて特殊解を得る。定数を忘れると解の族の一部しか得られない。
- 変数分離で h(y)=0 の定数解を見落とさない。 y′=y(1−y) の y=0,y=1 は ∫hdy の外にある平衡解。割り算で消える。
- 積分因子は e∫p。 y′+py=q の p(y の係数、y′ の係数を 1 に正規化してから)。符号・正規化に注意。
- 方向場は「解を求めずに振る舞いを読む」道具。 式で解けなくても、平衡・漸近・安定性が見える。
この章のまとめ
- 微分方程式は「未知関数とその導関数の関係式」。一般解は任意定数を含み、初期条件で特殊解に定まる。一階 y′=f(x,y) の幾何は方向場(各点の傾き)で、解は方向場に沿う曲線。
- 変数分離形 y′=g(x)h(y):∫hdy=∫gdx。h=0 の定数解に注意。指数増殖・ロジスティック・同心円。
- 一階線形 y′+py=q:積分因子 μ=e∫p を掛けて (μy)′=μq、積分して解く。解は「特殊解+同次解」。
次章は、初等解法をさらに広げます——完全形・積分因子、ベルヌーイ・リッカチ方程式を扱います。