数学の作り方 How to make Mathematics

第11章 熱方程式とラプラス方程式

拡散する熱と、静まりかえった平衡

前章の波動方程式(双曲型)は、情報を有限速度で運び、振動を永久に保ちました。この章の主役は、対照的な2つ—— 熱方程式(放物型)とラプラス方程式(楕円型)です。

熱方程式 ut=kuxxu_t=k\,u_{xx} は、熱が拡散していく様子を記述します。その性質は波動とは正反対——でこぼこな初期分布が 瞬時になめらかになり(平滑化)、時間とともに一様へ向かう。一方ラプラス方程式 Δu=0\Delta u=0 は、時間が経って 落ち着いた平衡状態(定常温度、静電ポテンシャル)を表します。その解=調和関数は、実は複素解析で すでに出会っていました——正則関数の実部・虚部です。ここで微分方程式と複素解析が再会し、平均値性・最大値原理という 美しい性質が共有されます。拡散と平衡、2つの基本方程式の性格を見極めます。

熱方程式(放物)は平滑化して一様へ。ラプラス方程式(楕円)の解=調和関数複素解析)は平均値性・最大値原理をもつ。

熱方程式と基本解

定理 熱方程式の基本解(熱核)

熱方程式 ut=kuxxu_t=k\,u_{xx}<x<-\infty<x<\infty)の基本解(熱核)Φ(x,t)=14πktex2/(4kt)(t>0).\Phi(x,t)=\frac{1}{\sqrt{4\pi kt}}\,e^{-x^2/(4kt)}\qquad(t>0). 初期分布 u(x,0)=u0(x)u(x,0)=u_0(x) に対する解は、熱核との畳み込み u(x,t)=Φ(xy,t)u0(y)dy.u(x,t)=\int_{-\infty}^\infty\Phi(x-y,t)\,u_0(y)\,dy.

熱核 Φ\Phi は、t=0t=0 で一点に集中していた熱(デルタ関数)が、時刻 tt で正規分布(ガウス関数、微積分第11章)に 広がった形。分散が 2kt2kt で時間とともに広がる——熱が拡散する様子そのものです。任意の初期分布は、各点の熱を 熱核で広げて重ね合わせ(畳み込み)れば得られます。この解から、熱方程式の際立った2つの性質が出ます。

命題 熱方程式の性質:平滑化と無限速度

  • 平滑化t>0t>0 で解 u(x,t)u(x,t)xx について CC^\infty(無限回微分可能)。初期分布がどんなにギザギザでも、瞬時に滑らかになる。
  • 無限伝播速度t>0t>0 の任意の点の解が、初期分布の全体に依存する(熱核が全域で正)。一点の熱が瞬時に(微小だが)全域に届く。

熱核が滑らかで全域で正であることが、これらを生みます。波動方程式が「不連続を保って有限速度で運ぶ」のと 正反対に、熱方程式は「不連続を瞬時にならして無限速度で拡散する」。この不可逆性(時間を逆向きにすると 熱核が発散し解けない)が、熱の物理(エントロピー増大)に対応します。

定理 熱方程式の最大値原理

有界領域での熱方程式の解の最大値・最小値は、初期時刻または空間境界でとる(内部・後の時刻で新たな極値を作らない)。

「熱は勝手に集中しない」——最大温度は初期か境界にあり、内部で自然に温度が上がることはない。物理的に自然な この性質が、解の一意性・安定性を保証します。

ラプラス方程式と調和関数

時間が経って熱の流れが止まった定常状態ut=0u_t=0)は、ラプラス方程式を満たします。

定義 ラプラス方程式・調和関数

Δu=uxx+uyy=0\Delta u=u_{xx}+u_{yy}=0ラプラス方程式、その解を調和関数という(定常温度分布、静電ポテンシャル、非圧縮渦なし流れ)。

調和関数は、実は初めてではありません。複素解析第2章で「正則関数の実部・虚部は調和関数」と 証明しました。ここで微分方程式と複素解析が再会します。調和関数は、正則関数の理論(複素解析)から 豊かな性質を受け継ぎます。

定理 平均値性と最大値原理

調和関数 uu について:

  • 平均値性u(P)u(P) は、PP を中心とする任意の円周(球面)上の uu平均に等しい。
  • 最大値原理:定数でない調和関数は、領域の内部で最大・最小をとらない(境界でとる)。

証明

(平均値性。)調和関数は局所的に正則関数 ff の実部(複素解析第2章の調和共役)ゆえ、コーシーの積分公式 f(P)=12π02πf(P+reiθ)dθf(P)=\frac1{2\pi}\int_0^{2\pi}f(P+re^{i\theta})d\theta の実部をとると平均値性。最大値原理は、これと複素解析第11章の 議論から(平均が最大なら周上すべて最大=定数)。∎

「調和関数の値は周りの平均」——だから内部に飛び出た山も谷もできない(平均が中心を決めるので、内部で最大に なれない)。複素解析の最大値原理がそのまま調和関数に効く。定常温度が内部で自然に最高に ならない(複素解析で予告した物理)ことの、数学的な理由です。微分方程式(ラプラス方程式)と 複素解析(正則・調和)が、平均値性・最大値原理を共有する——2つの分野が一つになる場所です。

注意 ディリクレ問題

「境界での値を指定して、内部の調和関数を求める」のがディリクレ問題。最大値原理より解は一意(2つの解の差は 境界で 00 の調和関数=内部でも 00)。円板ではポアソン核による積分公式で解ける。存在の一般論は 変分法・ソボレフ空間(発展的PDE)へ。等角写像(複素解析第11章)で領域を円板に移して解くのが古典的技法。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 熱方程式は平滑化&無限速度。 t>0t>0 で瞬時に CC^\infty、初期の不連続が消える。波動(有限速度・不連続保持)と正反対。時間反転で解けない(不可逆)。
  • ラプラス方程式の解=調和関数=正則関数の実部。 複素解析と直結。平均値性・最大値原理を共有。
  • 最大値原理が一意性を与える。 熱・ラプラスとも、内部で新たな極値を作らないので、境界/初期値で解が一意に定まる。
  • 型ごとに条件が違う。 熱(放物)は初期条件、ラプラス(楕円)は境界値(ディリクレ問題)。

この章のまとめ

  • 熱方程式 ut=kuxxu_t=ku_{xx}基本解(熱核)は広がるガウス関数。解は初期分布との畳み込み平滑化(瞬時に CC^\infty)と無限伝播速度——波動と正反対、不可逆。最大値原理が成り立つ。
  • ラプラス方程式 Δu=0\Delta u=0 の解=調和関数正則関数の実部平均値性(値は周りの平均)と最大値原理複素解析から受け継ぐ。
  • ディリクレ問題(境界値から内部を復元)は最大値原理より一意。微分方程式と複素解析が再会する。

最終章は、これらのPDEを実際に解く一般的技法——変数分離・フーリエ・グリーン関数を扱います。