第7章 分離拡大と完全体
「重根」がガロア理論を壊す
ガロア群の元は「根を共役な根へ写す入れ替え」でした(第2章)。n 次の最小多項式なら、n 個の相異なる根への
n 通りの入れ替えが欲しい。ところが——多項式が重根をもつと、相異なる根の数が減り、入れ替えが足りなくなります。
「重根をもたない」条件が分離性です。うれしいことに、標数 0 の体(Q,R,C)や有限体では、既約多項式は
必ず分離的——重根の心配は要りません。分離性が問題になるのは標数 p の“不完全な”体だけです。だから多くの場合、
正規性さえ気にすれば十分(分離性は自動)。この章で分離性を整理し、正規+分離=ガロア(次章)への
最後のピースを埋めます。締めくくりは、拡大を単拡大に還元する強力な原始元定理です。
分離拡大 = 各元の最小多項式が重根をもたない。標数 0 と有限体では自動。埋め込みの個数がちょうど [L:K] になる。
分離多項式
定義 分離多項式・分離的元
K[x] の多項式 f が分離的とは、分解体で重根をもたない(相異なる degf 個の根をもつ)こと。
代数的元 α が分離的とは、その最小多項式が分離的なこと。
重根の有無は、微分を使って係数の計算だけで判定できます(環論第11章の判別式の発想)。
命題 重根の判定
f が重根をもつ ⟺gcd(f,f′)=1(f と導関数 f′ が共通因子をもつ)。特に f 既約なら、f が分離的 ⟺f′=0。
証明
α が f の重根 ⟺(x−α)2∣f⟺(x−α)∣f かつ (x−α)∣f′(積の微分則より f′ も α を根にもつ)
⟺α が f,f′ の共通根。f 既約なら、f∤f′(degf′<degf)ゆえ gcd(f,f′) は 1 か f。f′=0 なら gcd=1(分離的)、
f′=0 なら f∣f′=0 で全根が重根。∎
∎
「既約なら f′=0 で分離的」が鍵。では f′=0(形式微分が消える)はいつ起きるか——標数 p でのみです。
定理 標数 0・有限体では既約 ⇒ 分離
標数 0 の体、または有限体上では、既約多項式は分離的。
証明
標数 0:f 既約(degf=n≥1)なら f′ は次数 n−1 の非零多項式(先頭項 nanxn−1、n=0)。ゆえ f′=0 で分離的。
標数 p の有限体 Fq:f′=0 なら f(x)=g(xp) の形。だが Fq ではフロベニウス a↦ap が全射なので
各係数 bi=cip と書け、g(xp)=(∑cixi)p(次章のフロベニウス)、これは f の既約性に反する。ゆえ f′=0。∎
∎
多くの体(標数 0・有限体)では分離性は自動。非分離が起きるのは、標数 p の無限体(Fp(t) など)に限られます。
それを区別するのが完全体です。
完全体
定義 完全体
すべての既約多項式が分離的である体を完全体という。標数 0 の体、有限体はすべて完全体。
標数 p の体 K が完全 ⟺ フロベニウス x↦xp が全射(K=Kp)。
例 非完全体
K=Fp(t)(Fp 上の有理関数体)は完全でない。t は Kp に無い(t=sp となる s∈K が無い)。実際
f(x)=xp−t は K 上既約だが、分解体で f=(x−pt)p(フロベニウス (x−a)p=xp−ap)と重根 pt のみをもつ非分離多項式。
これが非分離現象の典型例。
埋め込みの個数と分離次数
分離性の意味は、「埋め込みの個数」に現れます。これがガロア群の大きさを支配します。
定理 埋め込みの個数
有限拡大 L/K、K を代数閉包とする。K を固定する埋め込み L→K の個数を分離次数 [L:K]s とすると、
[L:K]s≤[L:K],等号成立⟺L/K が分離的.
特に完全体上の有限拡大は常に分離的で、埋め込みはちょうど [L:K] 個。
証明
単拡大 K(α) では、埋め込みは α をその最小多項式 m の根へ写すもので、個数= m の相異なる根の個数 ≤degm=[K(α):K]。
等号 ⟺m が分離的(重根なし)。一般の有限拡大は単拡大の塔に分け、同型延長定理で個数を掛け合わせる(分離次数も乗法的)。∎
∎
「相異なる根が degm 個そろう(分離的)とき、埋め込みも [L:K] 個そろう」。重根があると根が減り、埋め込みも減る。
この個数が、次章でガロア群 ∣Gal(L/K)∣ の大きさを決めます。
原始元定理
分離拡大には、著しく便利な性質があります——一つの元で生成できる(単拡大になる)。
定理 原始元定理
有限分離拡大 L/K は単拡大:ある γ∈L で L=K(γ)(γ を原始元という)。
特に標数 0・有限体上の有限拡大は常に単拡大。
証明
(K 無限体の場合の要点。)L=K(α,β)(2元生成に帰着)とする。α の共役 αi、β の共役 βj(分離ゆえ相異なる)を使い、
c∈K を「γ=α+cβ が αi+cβj(j= 元の添字)と一致しない」ように選ぶ(K 無限なので有限個の禁止値を避けられる)。
すると β は K(γ) 上、mβ(x) と mα(γ−cx) の共通根としてただ一つに決まり β∈K(γ)、
ゆえ α=γ−cβ∈K(γ)、L=K(γ)。有限体の場合は乗法群が巡回(次章)ゆえ生成元が原始元。∎
∎
原始元定理のおかげで、「分離拡大の研究は単拡大 K(γ)≅K[x]/(mγ) の研究に帰着」できます。多くの証明が
これで簡単になり、ガロア理論の議論を単拡大で済ませられます。標数 0 ならいつでも使えるので、実用上ほぼ常に
「有限拡大=単拡大」と思ってよい——強力な定理です。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 標数 0・有限体では分離性は自動。 非分離は標数 p の非完全体(Fp(t))でのみ。多くの場面で分離性は気にしなくてよい。
- 重根判定は gcd(f,f′)。 既約なら f′=0⟺ 分離的。f′=0(非分離)は標数 p でのみ起こる。
- 分離次数 [L:K]s=埋め込みの個数。 ≤[L:K] で、等号 ⟺ 分離的。ガロア群の大きさを決める。
- 原始元定理は分離性が必要。 分離拡大は単拡大。標数 0 なら常に成立。非分離だと単拡大にならないことがある。
この章のまとめ
- 分離的 = 最小多項式が重根をもたない(gcd(f,f′)=1)。標数 0 と有限体では既約 ⇒ 分離(自動)。非分離は非完全体(Fp(t))でのみ。
- 完全体(既約は必ず分離)は標数 0・有限体を含む。埋め込みの個数 [L:K]s≤[L:K]、等号 ⟺ 分離的——ガロア群の大きさを支配。
- 原始元定理:有限分離拡大は単拡大 K(γ)。分離拡大の研究を単拡大に帰着できる。標数 0 なら常に成立。
正規性と分離性が揃いました。次章は、両者を満たす拡大——ガロア拡大とガロア群を定義します。