第4章 分解体
多項式の「全部の根」を、一つの体に集める
x3−2 の根は 32, ω32, ω232(ω は 1 の原始 3 乗根)。Q(32) には実根 32 しか
入らず、複素根は外にある。全部の根を含む最小の体を作らないと、方程式の対称性(根の入れ替え)を語れません。
その体が分解体です。
分解体は、ガロア理論の主役です。方程式のガロア群とは「分解体の自己同型群」——分解体の中で根をどう入れ替えられるか、
の群だからです。この章では分解体を定義し、それが必ず存在し(根が無ければ作ってしまう)、しかも
同型を除いて一意であることを証明します。とくに一意性の証明で使う「同型の延長定理」は、次章以降の
正規性・ガロア理論の議論で繰り返し使う基本技術です。
分解体 = 多項式が一次式の積に分解する最小の体。存在(根を作って添加)と一意性(同型の延長)が成り立つ。
根の存在(クロネッカー)
まず「どんな多項式にも、どこかに根がある」ことを保証します。根が無ければ、剰余環で作ってしまう——環論の発想です。
定理 クロネッカーの定理
体 K 上の任意の非定数多項式 f に対し、f が根をもつような K の拡大体が存在する。
証明
f の既約因子 p(x) をとる(K[x] は UFD)。L=K[x]/(p) は体(p 既約 ⇒ (p) 極大、環論第4章)で、
K を部分体として含む。α=xmodp∈L とおくと p(α)=p(x)modp=0、すなわち α は p(ゆえ f)の根。∎
∎
R[x]/(x2+1)≅C で i を「作った」(環論第2章)のと同じ手口です。根が無いなら、多項式を割って
新しい体を作り、そこに根を住まわせる。これを繰り返せば全根を添加できます。
分解体の定義と存在
定義 分解体
K 上の多項式 f(次数 ≥1)に対し、f が一次式の積 f=c(x−α1)⋯(x−αn) に分解し、かつ
L=K(α1,…,αn)(全根で生成される)となる拡大 L/K を、f の分解体という。
定理 分解体の存在
任意の f∈K[x](次数 n≥1)は分解体をもち、[L:K]≤n!。
証明
n に関する帰納法。クロネッカーで f の根 α1 をもつ拡大 K1=K(α1) をとる([K1:K]≤n、最小多項式の次数)。
K1 上で f=(x−α1)g、degg=n−1。帰納法の仮定より g の分解体 L/K1 があり [L:K1]≤(n−1)!。L で f は
一次式に完全分解し、L=K(α1,…,αn)。塔の公式より [L:K]≤n⋅(n−1)!=n!。∎
∎
「根を一つ添加して次数を下げ、残りに帰納法」。次数の上界 n! は、n 個の根を順に添加する各段の次数の積で、
対称群 Sn の位数と一致します——分解体のガロア群が Sn の部分群になる伏線です。
同型の延長と一意性
分解体の一意性を示す鍵は、「基礎体の同型を、分解体の同型に延長できる」という定理です。これはガロア理論の心臓部の技術で、丁寧に証明します。
定理 同型の延長定理
体同型 σ:K→K′ が多項式 f∈K[x] をその係数に施して f′∈K′[x] に写すとする。L を f の分解体、L′ を f′ の分解体とすると、
σ は同型 σ~:L→L′ に延長できる。しかも、その延長の個数は高々 [L:K] 個。
証明
[L:K] に関する帰納法。L=K なら自明。L=K なら、f の根 α∈L∖K をとり、その K 上最小多項式 p(f の既約因子)を考える。
σ で p は p′∈K′[x](f′ の既約因子)に写る。p′ は L′ で根 β をもつ。K(α)≅K[x]/(p)、K′(β)≅K′[x]/(p′) で、
σ が p↦p′ を与えるので、同型 K(α)→K′(β), α↦β(σ を延長)が作れる(第2章の共役の同型)。
L は f の K(α) 上の分解体、L′ は f′ の K′(β) 上の分解体で [L:K(α)]<[L:K]、帰納法の仮定より
K(α)→K′(β) は σ~:L→L′ に延長できる。個数:p′ の相異なる根の個数(≤degp)×帰納法の個数 ≤[L:K]。∎
∎
証明の要は、根 α をその共役 β(p′ の根)に写す同型を作り、段階的に延長すること。「基礎体の対称性は、
分解体の対称性に持ち上がる」——この持ち上げが、K=K′ のときガロア群の元を生みます(第8章)。一意性は系です。
系 分解体の一意性
K 上の多項式 f の分解体は、K を固定する同型を除いて一意。
証明
σ=idK(K=K′、f=f′)に延長定理を適用。f の2つの分解体 L,L′ に対し、idK が同型 L→L′ に延長でき、
これは K を固定する同型。ゆえ L≅L′。∎
∎
「分解体は本質的に一つ」——だから「f の分解体」と定冠詞で呼べます。x3−2 の分解体は Q(32,ω)、次数 6
(実根と ω を添加、3×2)で、そのガロア群が S3 になります(第9章のインタラクティブ)。
つまずきポイント
注意 よくある誤解
- 分解体は「全根を含む最小の体」。 一つの根だけでは足りない(Q(32) は x3−2 の分解体でない、複素根が外)。全根で生成する。
- 存在は根を作って添加。 クロネッカー(K[x]/(p) で根を製造)を繰り返す。次数は高々 n!。
- 一意性は同型の延長から。 「基礎体の同型が分解体の同型に延長できる」が心臓。idK の延長が2つの分解体を結ぶ。
- 延長の個数が [L:K] に届くかは分離性次第(第7章)。ちょうど [L:K] 個になるのがガロア拡大の特徴。
この章のまとめ
- クロネッカーの定理:K[x]/(既約因子) で根を作れるので、任意の多項式はどこかで根をもつ。
- 分解体(全根で生成される最小の体)は、根を一つずつ添加して存在し([L:K]≤n!)、同型の延長定理により同型を除いて一意。
- 同型の延長定理(基礎体の同型 → 分解体の同型、個数 ≤[L:K])は、正規性・ガロア群の議論の基本技術。x3−2 の分解体は Q(32,ω)、次数 6。
次章は、すべての代数方程式が解ける究極の拡大——代数閉包と、定規とコンパスの作図可能数を扱います。