数学の作り方 How to make Mathematics

第5章 代数閉包と作図可能数

すべての方程式が解ける、究極の体

分解体は「一つの多項式」の全根を含む体でした。では、すべての多項式の根を一度に含む究極の体はあるのか? それが代数閉体・代数閉包です。C\mathbb C が代表例で、「任意の複素係数多項式は複素根をもつ」(代数学の基本定理)を満たします。

この章は2つの話題を扱います。前半は代数閉包の存在と一意性——どんな体にも、その代数閉包が本質的に一意に 存在する(証明はツォルンの補題)。後半は、体論の華やかな応用作図可能数です。定規とコンパスで作図できる数は、 拡大次数が 22 のべきの拡大に住む——この一言で、古代ギリシャ以来 20002000 年の三大難問「立方体倍積・角の三等分・ 円積問題」がすべて不可能だと証明できます。拡大次数という抽象概念が、コンパスの限界を暴くのです。

代数閉包:すべての多項式が分解する究極の拡大(存在・一意)。作図可能数22 べき次数の拡大に住む数——三大作図問題は不可能。

代数閉体と代数閉包

定義 代数閉体・代数閉包

Ω\Omega代数閉体とは、Ω\Omega 上の任意の非定数多項式が Ω\Omega 内に根をもつ(=一次式に分解する)こと。 KK の代数拡大 K\overline K が代数閉体であるとき、K\overline KKK代数閉包という。

定理 代数閉包の存在と一意性(シュタイニッツ)

任意の体 KK に対し、代数閉包 K\overline K が存在し、KK を固定する同型を除いて一意。

証明

(存在の要点、アルティンの構成。)各非定数多項式 fK[x]f\in K[x] に変数 xfx_f を用意し、多項式環 R=K[{xf}]R=K[\{x_f\}] を作る。 イデアル I=({f(xf)})I=(\{f(x_f)\}) は真のイデアル(有限個の f(xf)f(x_f)11 を生成しないことを、分解体を使って確かめる)。 クルルの定理(ツォルン)で II を含む極大イデアル MM をとると、K1=R/MK_1=R/MKK の拡大で、 KK の全多項式が K1K_1 で根をもつ。これを可算回繰り返して和をとると、すべての多項式が分解する代数拡大 K\overline K を得る。 一意性は前章の同型延長定理をツォルンで無限次に拡張して示す。∎

存在も一意性も、選択公理(ツォルン)に依存します。Q\overline{\mathbb Q}前章の代数的数体)は Q\mathbb Q の代数閉包で、 C\mathbb CR\mathbb R の代数閉包。C\mathbb C が代数閉体であること=代数学の基本定理は、複素解析(リウヴィルの定理)や ガロア理論で証明されます(純代数的な証明もある)。

注意 代数学の基本定理

C\mathbb C は代数閉体(任意の複素係数多項式は複素根をもつ)。純代数的な証明は「奇数次多項式は実根をもつ(中間値定理、 微積分)」+「C\mathbb C に指数 22 の拡大しかないこと」を、ガロア理論とシロー理論で組み合わせる。 解析を最小限(中間値定理だけ)に抑えて代数で押し切る、ガロア理論の見事な応用。

作図可能数

定規(目盛りなし)とコンパスで作図できる点・長さを、体論の言葉で捉えます。

定義 作図可能数

平面に 0,10,1 が与えられているとき、定規とコンパスで有限回の操作(2直線の交点・直線と円の交点・2円の交点)で 得られる点の座標を作図可能数という。

作図の各ステップ(直線・円の交点を求める)は、高々2次方程式を解くことに相当します。だから作図可能数は 「2次拡大を積み重ねた塔」に住みます。

定理 作図可能数の特徴づけ

α\alpha が作図可能     \iff 2次拡大の塔 Q=K0K1Kmα\mathbb Q=K_0\subseteq K_1\subseteq\cdots\subseteq K_m\ni\alpha(各 [Ki+1:Ki]=2[K_{i+1}:K_i]=2)が存在する。 このとき [Q(α):Q][\mathbb Q(\alpha):\mathbb Q] は**22 のべき**。

証明

交点の座標は、既知の座標の体上で高々2次方程式の解ゆえ、各作図ステップで次数が 11 倍か 22 倍。よって作図可能数は 2次拡大の塔に入る。塔の公式(第1章)より [Km:Q]=2m[K_m:\mathbb Q]=2^mQ(α)Km\mathbb Q(\alpha)\subseteq K_m ゆえ [Q(α):Q]2m[\mathbb Q(\alpha):\mathbb Q]\mid2^m、すなわち 22 のべき。逆に2次拡大は作図で実現できる(平方根が作図可能)。∎

「作図可能 ⇒ 拡大次数が 22 のべき」——この必要条件だけで、三大問題が瞬殺されます。

三大作図不能問題

定理 三大作図問題の不可能性

定規とコンパスだけでは、次はいずれも不可能

  1. 立方体の倍積(体積2倍= 23\sqrt[3]2 の作図):[Q(23):Q]=3[\mathbb Q(\sqrt[3]2):\mathbb Q]=322 のべきでない。
  2. 角の三等分(一般角、例 60°60° の三等分= cos20°\cos20°):cos20°\cos20°8x36x1=08x^3-6x-1=0 の根で [Q(cos20°):Q]=3[\mathbb Q(\cos20°):\mathbb Q]=3
  3. 円積問題(円と同面積の正方形= π\sqrt\pi の作図):π\pi は超越的(第3章)ゆえ [Q(π):Q]=[\mathbb Q(\pi):\mathbb Q]=\inftyπ\sqrt\pi も作図不能。

証明

いずれも「作図可能なら次数が 22 のべき」の対偶。(1)(2) は次数 3322 のべきでない)、(3) は次数無限(π\pi 超越)。 23\sqrt[3]2x32x^3-2cos20°\cos20°8x36x18x^3-6x-1(三倍角公式 cos60°=4cos320°3cos20°\cos60°=4\cos^3 20°-3\cos20°cos60°=1/2\cos60°=1/2 から)はともに Q\mathbb Q 上既約(有理根なし、環論第10章)で次数 33。∎

20002000 年間解けなかった(というより解けないと証明できなかった)難問が、「拡大次数が 22 のべきか」という 一行の判定で決着する。作図という幾何的操作の限界が、体の拡大次数という代数に完全に翻訳されたからです。 同じ原理で「正 nn 角形が作図可能     n\iff n がフェルマー素数がらみの形」(ガウス)も出ます(第11章)。

つまずきポイント

注意 よくある誤解

  • 作図可能 ⇒ 22 べき次数(必要条件)。 逆(22 べき次数 ⇒ 作図可能)は一般には成り立たない(ガロア群が 22 群である必要がある)。三大問題の否定には必要条件で十分。
  • 角の三等分は「一般の角」で不可能。 特定の角(90°90° など)は三等分できる。「任意の角を三等分する一般的作図法は無い」。
  • 代数閉包の存在は選択公理に依存(ツォルン)。Q\overline{\mathbb Q}Q\mathbb Q の、C\mathbb CR\mathbb R の代数閉包。
  • 代数学の基本定理は「代数」だけでは証明できないR\mathbb R の順序・完備性=中間値定理を少し使う)。純代数の定理ではない。

この章のまとめ

  • 代数閉包は「すべての多項式が分解する代数拡大」。存在・一意(ツォルンの補題)。Q\overline{\mathbb Q}C\mathbb C(代数学の基本定理)。
  • 作図可能数は2次拡大の塔に住み、[Q(α):Q][\mathbb Q(\alpha):\mathbb Q] が**22 のべき**(必要条件)。作図=2次方程式を解く操作の積み重ね。
  • 三大作図問題は不可能:立方体倍積(23\sqrt[3]2、次数3)・角の三等分(cos20°\cos20°、次数3)・円積問題(π\pi 超越、次数∞)。22 べきでないので作図不能。

体の拡大の基礎が完成しました。次章からガロア理論に入り、まず良い拡大の条件——正規拡大を扱います。